寒がりで寝相の悪いルームメイトができました

◯夕方・電車の中
 冬休みに入って数日が経った12月29日。七生と啓はJRの自由席に並んで座っている。網棚の上には大きなボストンバッグが2つ、啓はお土産が入った紙袋を膝の上にのせている。車内はそこそこ混み合っていて、家族連れや帰省目的と思われる学生の姿も多い。

 窓の外は雪景色。札幌市内はまだうっすらと雪が積もった程度だが、北上するにつれて雪の量は増える。反対に建物は減っていき、田畑の間にぽつりぽつりと家屋が佇む寂しい風景が広がっている。

 雪景色を眺める啓の横で、七生は母親とメッセージのやりとりをしている。

七生『今、電車。1時間後くらいに旭川駅に着く』
母『了解、お友だちも一緒?』
七生『そう』
母『次はもっと早く言いなさいよね。部屋の掃除、全然終わってないんだから』
七生『ごめんって。着いたらまた連絡する』

 七生がスマホをポケットにしまうと、それを待っていたかのように啓が話しかけてくる。

啓「お母さん、大丈夫そ?」
七生「うん、大丈夫。旭川駅まで車で迎えに来てくれるってさ」
啓「ななみんちは旭川市にあるの?」
七生「正確には旭川の隣町になるんだけどさ。道民でも名前を知らないような小さい町だから、旭川ってことにしてる」
啓「あー、確かに北海道の町って札幌と旭川と函館くらいしか知らねぇわ」

 それから急に緊張した表情で頬に手を当てる。

啓「あー、どうしよ。だんだん緊張してきた。結婚挨拶に行くときの気分というか?」
七生「……結婚挨拶、したことあんの?」
啓「いやないけど」

 冗談で言った言葉だと理解しつつも、七生は胸がドキドキしてしまう。啓の方を見ないようにして平静を装う。

七生(結婚挨拶……って何だよ。付き合っているわけでもないのに。あー……もう! なんか最近、啓のことになると頭の中がぐちゃぐちゃ……)

 雪景色の中を電車は進んでいく。


◯1時間後・旭川駅

 電車を降り、駅の外まで出てきた2人。辺りはもう暗い。はらはらと雪が降っており、駅舎の屋根や街路樹にらもっさりと雪が積もっている。
 駅前の停車スペースに母親の車を探す七生、すぐに黒いミニバンから七生を呼ぶ声が聞こえてくる。

母「七生! 七生! こっちだよ!」

 七生はミニバンの後部座席に乗り込む。啓も礼儀正しく挨拶をして七生に続く。

啓「初めまして、七生くんのルームメイトの黒川啓です。年末年始の忙しいときにお邪魔してすみません」
母(朗らかに笑って)「なんもなんも。年末年始なんて除雪しかすることないんだから、ゆっくりしていって」

 車は走りだす。


◯時間経過・七生の実家

 雪が積もった田畑の真ん中に、住宅が1軒建っている。住宅の庭は広く樹木や果樹が植えられていて、農機具をしまうための大きな倉庫もある。付近にはぽつりぽつりと何軒かの住宅が建っているが、ごみごみした札幌市内の風景と比べると別世界のよう。

 啓と七生が玄関をくぐると、七生の父と祖母が出迎えてくれる。2人の到着を心待ちにしていた模様。

父「七生、おかえり」
七生「ただいま」
祖母「よう来たなぁ、お盆ぶりか?」
七生「ん、そうだよ」

 暖かな家族の風景を、少し離れたところから見つめる啓。
 すぐに夕食の時間となる。ダイニングテーブルの上に並べられたご馳走(大根煮しめ、カボチャの煮物、大根と人参の酢の物、昆布巻など北海道の田舎らしい料理)食事を初めてすぐ、父が啓に話しかける。

父(気さくな口調で)「啓くんは、東京の人だったか?」
啓「はい。東京生まれの東京育ちです」
父「何でわざわざ北海道の学校に来たんだ、大変だろうに」
啓「きっかけは祖父母に勧められたことですね。それで自分でも色々調べてみて、身軽なうちに北海道暮らしをしてみるのも悪くないなと思って」
母「お父さんとお母さんは反対しなかったの?」
啓「うーん、反対はされなかったですね。(冗談っぽく)うち放任主義なんで、あはは」

 七生は食事をしながら会話を聞き、啓の会話術に感嘆する。

七生(本当のことは言ってないんだけどな……でも嘘も言ってないんだよなぁ……)

 黙々と食事をする七生の目の前で、会話は続く。

母「年末年始、東京には帰らなくて良かったの? ご両親、心配してない?」
啓「帰ろうかとも思ったんですけど、飛行機が高くって」
母「ああ、確かにね。予約も取れないしねぇ」
啓「そうなんです。だから年末年始は寮で寂しく過ごそうと思ってたので、七生くんに誘ってもらって助かりました」

 啓、七生の家族に向かって頭を下げる。いやいや気にしないで〜、と朗らか雰囲気の家族たち。

父「まぁ正直、七生が友達を連れてくるって連絡をもらったときは驚いたけどな。中学生までは……なぁ(皆に呼びかける)そんなタイプじゃなかったから」
母「休みの日は、部屋にこもってゲームばかりしているような子だったもんね」

 料理をつつきながら不満げな表情の七生。

七生「……別に友達がいなかったわけじゃないからね。最近はオンラインで会えるから、わざわざ家に呼ぶ必要ねぇし」

 わいわい賑やかな時間が過ぎる。


◯夜11時頃・実家の七生の部屋

 8畳くらいの子ども部屋。小学生がよく使っている勉強机と、ゲームがぎっしり詰まった本棚。ベッドが一つと床には布団が敷かれている。ルームウェアを着て寝支度を終えた啓は、ばふっと布団にダイブする。

啓「あー・・・・・・楽しかった。久しぶりにこんなにしゃべったわー……」

 七生、申し訳なさげに啓を見る。

七生「うちの家族、うるさかったしょ?」
啓「いや、別にうるさくはなかったよ。賑やかだなとは思ったけど」
七生「俺が友達を連れてきたからはしゃいでるんだよ。いつもはもっと静か・・・・・・だと思う、多分」

 啓と七生、同時に今日一日の家族の様子を思い出す。「ほらもっと食べなさい、若いんだから」と料理を皿に盛ってくる母、「ビール飲むか? 駄目? じゃあ日本酒はどうだ?」と尋ねてくる酔っぱらいの父、「仏さんに上がってたお菓子、2人で食べな」とにこにこの祖母。食事を終えたあともジュースやお菓子を食べながらずっとみんなでおしゃべりをしていた。

 七生はベッドの端に腰を下ろす。足下には布団に寝転んで羽毛布団を抱きしめる啓がいる。

七生(うかがうように)「田舎過ぎてびっくりしなかった?」
啓「ん?」
七生「コンビニもゲーセンもなくてさ、田んぼと畑しかないじゃん。JR線は何年も前に廃線になっちゃったし、小学校に行くにもスクールバスを使わないといけないし・・・・・・本当に何もなくて不便な街なんだよ」
啓「んー・・・・・・」

 七生は同意を求めたつもりだったが、啓は考え込んだまま答えない。真面目な表情で空中を見つめている。

啓「俺は、何もないことが悪いことだとは思わないけど」
七生「・・・・・・そう? でもつまんなんくない?」
啓「確かに東京にはいろんなものがあるけどさ。でも何というか、ものがたくさんあるから幸せとは限らないというか……うーん、何て言えばいいんだろ」

 啓はしばらく難しい顔をして考えていたが、やがてふぁぁと欠伸をする。

啓「やべ、眠い。寝てもいい?」
七生「まぁ……いーけど。(時計を見て)もう11時だし」
啓「ん、じゃあ寝るわ。おやすみ……」

 啓は羽毛布団にもぐりこんで目を閉じる。七生はベッドの端に腰かけたまま、こんもり膨らんだ羽毛布団を見つめる。

七生(そりゃ疲れるよな。朝早くからばたばた荷物の準備してたし。初対面の人間と話をすんのもストレスだっただろうし)

 七生はまだそこまで眠くはなかったが、啓が寝てしまったらすることもないのでベッドに入る。電気を消すためにリモコンを持ち、ふと寂しい気持ちになる。

七生(今夜は一緒に寝ないのか……そりゃそうか。万が一、家族に見られたら変に思われるもんな……)

 電気を消して羽毛布団をかぶる。

七生(背中、さむ……)


◯翌日の朝食時

 啓、七生、父、母、祖母でダイニングテーブルを囲っている。朝食メニューは白米にみそ汁、卵焼き、昨晩の残りのおかずが数品。一足早く食事を終えた母が、食後のお茶を淹れながら啓と七生に尋ねる。

母「2人とも、今日は何をする予定なの?」
七生「うーん・・・・・・特に何も考えてないけど」
母「行きたいところがあるなら言ってね。車、出すよ」
七生「そう言われてもなぁ・・・・・・札幌から帰ってきてわざわざ行きたいところもないというか・・・・・・」
母「じゃあ雪遊びでもしてきたら。中学の頃のスキーウェア、取ってあるよ。啓くんはお父さんのを着ればいいんだし」
七生(呆れて)「雪遊びって、小学生じゃないんだから・・・・・・ん?」

 七生がふと隣を見ると、啓がお箸を片手に瞳をきらきらと輝かせている。「雪遊び⁉ してみたい!」との啓の思いがひしひしと伝わってくる。七生、思わずお箸を落っことすところ。

啓「え・・・・・・まじですんの?」


〇時間経過・自宅付近の高台

 七生の自宅から少し離れたところにある高台。高台の上にはまばらな林が広がっており、高台下の田畑に向けて30mほどの滑らかな斜面となっている。斜面と田畑には雪がどっさり積もり、さながら天然のスキー場。天気がいいため、遥か遠くの山脈までよく見える。

 啓は農業用の運搬そり(農機具や薪を運ぶために使う物で、大人が2人余裕で乗れる大きさ)に乗って、高台から滑り降りてくる。昨晩積もったばかりの新雪を撒き散らしながら、「わー!!」と子どものような叫び声を上げている。
 斜面を滑り降り、そりが止まってしまっても腹を抱えて笑っている。

啓「あーはっはっは! なんだこれ、たのしー!!」

 転がるようにしてそりから下り、またせこせこ坂を上ってくる啓を、七生は斜面の上から見下ろしている。

七生(そんなに大声で笑うほどか? そり遊びなんて子どもの遊びだと思うけど……)

 ちなみに七生は中学生の頃のちょっと子どもげなスキーウェアを着用。頭には耳あてつきの毛糸帽子、もこもこのネックウォーマーを着用。そして啓はといえば、七の父から借りた落ち着いたデザインのスキーウェアを着ている。シンプルな毛糸帽子とネックウォーマーも父から借りた物。

 息を切らして坂を上り切った啓、笑顔で七生を誘う。

啓「ななみんも一緒に滑ろーよ」
七生「え……いや、俺はいいかな……」
啓(七生の手を引っ張って)「そんなこと言わずにさ。絶対楽しいって。ほら」
七生「えー……」

 啓にぐいぐいと手を引っ張っられて、七生は渋々そりの乗る。七生が前、啓が後ろ。大人が子どもを抱きかかえるような格好。

啓「行くぞ!」

 啓の掛け声でそりは滑り出す。さっきまでよりも重さがあるため、そりはどんどん加速する。そして斜面の終盤あたりに差しかかったとき、バランスを崩して派手に転倒してしまう。

啓「わーっ!!」
七生「ぎゃーっ!!」

 そりはひっくり返り、雪の中に放り出される七生と啓。もつれあいながら転がって、顔も帽子もウェアも雪まみれ。ようやく坂の下まで転がり落ちたとき、七生は啓の上に乗っかってしまっていた。

啓(仰向けで空を仰ぎながら)「あははははっ! 死ぬかと思った!」
七生(啓にラッコ抱きされながら)「だから俺はいいって言ったじゃん! 怪我したらどーすんだよ!」

 啓は大爆笑だが、七生はぷりぷりとご機嫌ななめ。啓の腹の上から下りようとするけれど、啓が腰回りをぎゅっと抱きしめてくるので下りられない。

七生(狼狽えて)「な、なんだよ……離せってば……」 
啓「んー……」

 啓は曖昧な笑顔で少し考え、手袋を脱ぐ。それから七生の頬についた雪を指先で払う。いきなり触れられて、恥ずかしさから顔が赤くなる七生。
 啓は七生の頬に触れたまま、真面目な声で話し出す。

啓「俺は、ななみんちが何もなくてつまらないとは思わないけど。少なくとも俺はななみんちに来れて良かったと心から思ってるよ」
七生「……そう、なの?」
啓「母子家庭だったから、あんな風に大勢で食卓を囲むことなんてなかったしさ。つーか母親は基本的に俺のことを無視してたから、黙々と飯を食うことが当たり前だったというか」
七生(そういえばこいつんち、そういう感じだったんだっけ……)
啓「公園とか遊園地に連れてってもらった記憶もないからなー。友達と遊ぶことがなかったわけじゃないけど、こんな育ちだからいつも疎外感みたいなものが付きまとってたんだよ。だからこんな風に、げらげら笑いながら誰かと遊ぶのは初めて」

 啓は七生の顔を見つめて幸せそうに笑う。

啓「本当に感謝してる。ありがと、ななみん♡」

 今まで見た中で一番の笑顔、啓が心の底から感謝しているのだとわかる。七生の目には、啓の笑顔チカチカと眩しく輝いて見える。ただでさえ赤かった顔にさらに熱が上る。

七生(うわ……何だよもう。啓がそう言ってくれるなら、田舎生まれも悪くないって思っちゃったじゃん……)

 田舎生まれだということがコンプレックスだった七生。啓の笑顔を見ていると、そんなコンプレックスが消えてしまったような気持ちになる。
 心臓がドクドク鳴って呼吸が乱れる。見慣れた啓の顔を直視することができない。頭の芯が痺れるような不思議な気持ちに包まれて、七生は啓の胸元に顔をうずめる。

七生(啓の言葉が重い。感情ぜんぶ支配されてるみたい。いつからこんなんだっけ? クリスマスくらいから?)

 真っ赤になった七生の耳元。思いを吐き出さないようにと力を込めて閉じられる唇。

七生(どうしてこんな気持ちになるのかわかってる。わかってるけど認めたくない。だって啓は俺のこと、そんな風には見てない。ただのクラスメイト、ちょっと仲のいいルームメイト、それだけの関係だろ……)


◯その日の夜・七生の部屋

 電気を消した部屋の中。昨日と同じように七生はベッドに、啓は床に敷いた布団で寝ている。眠気が訪れるまでのおしゃべりの時間。

啓「今日も楽しかったなー。明日は大晦日だけど、ななみんちは毎年どんな風に年越しすんの?」
七生「決まって何かをするとかはないけど……晩飯に蕎麦を食べるくらいかなぁ」
啓「初詣は? 神社とかそばにある?」
七生「徒歩で15分くらいのところにあることはある。でも夜中に行くのは止めた方がいーよ。明日からしばれるらしいしさ」

 七生としては変なことを言ったつもりはなかったのだが、啓は不自然に押し黙る。それから数秒を経て「ふ、ふ」と低い声で笑い出す。

七生(不安げに)「……何? 俺、何か変なこと言った?」

 啓は笑いを堪えながら答える。

啓「いや……ごめん。変なこと言ったとか、馬鹿にしてるとか、全然そんなんじゃないんだけど……ななみん、たまに素で方言が出るから可愛いなーと思って」
七生「え・・・・・・俺、方言しゃべってた? いつ? どれ?」
啓(悪戯っぽく)「内緒」

 七生、上半身を起こして声を荒げる。

七生「教えろよ! 教えてくれないとまた使っちゃうだろ!」
啓「使えばいーじゃん。可愛いって褒めてんだからさ」
七生(またそうやって可愛いとか何とか・・・・・・!)

 適当にはぐらかそうとする啓に対して怒りを覚えながらも、同時に可愛いと言われたことが嬉しくなってしまう。単純すぎる自分の思考がどうしようもなく恥ずかしい。
 「もうどうにでもなれ!」と投げやりな気持ちになった七生は、ベッドから飛び降りて啓の布団に強引にもぐりこむ。啓は驚きを隠せない表情。

啓「……ななみん、どしたの?」
七生(赤い顔で)「嫌がらせだ、馬鹿! 可愛いとか何とか訳わかんないことばっか言うから! 俺は今日ここで寝る!」
啓「そんなの全然、嫌がらせになってないじゃん。いつも一緒に寝てんだろ」

 さらっと言った後、啓は七生をぎゅーっと抱きしめてくる。いつも寮の部屋でそうしているように。でも2人の間に流れる雰囲気はいつもと少し違っていて、啓は七生の耳元で冗談交じりに囁く。

啓「でも、確かに今はちょっとまずいかも。まじで可愛いと思ってるから、一緒に寝るとうっかり襲っちゃうかもしれない」

 七生は顔をどんどん赤くなる。啓にそう言われることは嫌ではなく、心のどこかでは期待しているくらい。掠れる声でわざとらしい挑発をしてみる。

七生「お、襲えばいーじゃん……できるもんならっ……」

 瞬間、啓の動きが止まる。別人のように真面目な表情となり、次の瞬間には七生の唇に噛みつくようなキスをしてくる。息継ぐ間もなく、角度を変えて何度も何度も余裕のないバードキス。七生は目をぎゅっと瞑ってキスを受けれる。

七生(苦しそうに)「は……」

 七生が息継ぎをしたのを最後に、啓の唇は離れていく。キスに慣れていない七生は、酸欠で息があがり目が潤んでいる。啓はそんな七生の顔を見て、キスしたことを後悔するように叫ぶ。

啓「あー……もう! どうすんだよこれ……まじで、これ以上はさぁ……!」

 啓は七生を引き離すと、堪えるような表情を浮かべて部屋から出ていってしまう。ばん、と強くドアが閉まる。
 七生はふとんに寝転がったままドアを見つめる。茹でダコのような顔で唇を撫でる。

七生(キス、された。いや別に特別な意味はないんだろうけど。俺が変な風に挑発したから、ふざけて挑発にのってきただけ……ただそれだけなのに……)

 啓の枕を抱きしめ、「はー……」と息を吐く。

七生(どうしよう、嬉しい。こんなのもうごまかしようがない)
七生(――啓が好きだ)

 七生はようやく自分の恋心を認めることができるけれど、だからといって前向きな気持ちにはなれそうもない。

七生(啓にとって俺はただの湯たんぽ役かもしれないけど、冗談でキスできるような相手なのかもしれないけど……でも俺は啓が好き。こんなこと伝えたら啓はどんな顔をするんだろ・・・・・・)