~プロローグ~
〇夜中・高校の男子寮の一室
10畳くらいの手狭な部屋。勉強机や本棚、ハンガーラックなどの生活用品が置かれている。ゲームソフトや教科書といった男子高校生らしい物がそこかしこにある。
パイプベッドが2つあるが片方のベッドは空っぽで、薄手の毛布とまくらだけがのっている。そしてもう一方のベッドの枕元には2人分の頭が見え、羽毛布団がこんもりと膨らんでいる。
七生「うう……」
部屋の主である望月七生(無造作な黒髪、小柄で貧相、地味)は毛布の中でうめき声を漏らす。
ルームメイトの黒川啓(茶髪ピアス、チャラいイケメン、長身で細身)が、七生を抱き込むような体勢で寝息を立てている。あどけない寝顔だが、七生のうなじに頬擦りをしたり、片手が服の中に入り込んできたりと手癖が悪い。
七生(何で……俺がこんな目に……)
七生は啓の抱擁を振りほどこうとするものの、力が強くて振りほどけない。それどころか啓は足を絡めたり脇腹をまさぐってきたりと、エロティックレベルが上がっていく。
七生「ひぇ……っ」
七生はうっすらと頬を赤らめ、今にも泣き出しな表情。
七生(何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだよぉー!)
〇タイトル
〇朝・高校の登校風景
市街地からは離れたところに建てられた高校。高校の近くに大きな商業施設などはなく、田畑や山林地帯が広がっている。
生徒たちが次々と登校する。季節は11月中旬、厚手の上着にマフラーをつけ、手袋をしている生徒もいる。まだ雪は積もっていないが、街路樹の葉っぱは全て落ちた寒々しい風景。
下駄箱で靴を履き替えながら、数人の女生徒が「おはよー」「今日も冷えるねー」と話している。
〇ホームルーム前・教室
登校した生徒たちがおしゃべりを楽しんでいる。男女ともに制服を着用しているが、内側にパーカーを着込んだり、厚手のカーディガンを羽織ったりしている。
七生が椅子に座って鞄から教科書を出していると、クラスメイトの田中匡(短身・おっとり眼鏡)と山崎晃大(細のっぽ・微イケメン)が話しかけてくる。
匡「七生、おはよー」
晃大「昨日の夜、ログインしてた?」
七生「してたしてた。ダンジョン周回してたら途中で寝落ちしたけど」
周囲の喧騒を気にかけることなく、3人はスマホでゲームを始める。互いに顔を見ることなく淡々と会話。これがいつもの光景。
七生「ここのラスボス強すぎん? 昨日、即死したんだけど」
晃大「攻撃範囲は広いけど、動き回ってれば当たらない。避けゲーだわ」
七生「まじ?」
匡「僕も最初は死にまくったけど、今は余裕だよー」
七生「えー……じゃあリベンジしよっかな。放課後インできる?」
晃大「いーけど、課題終わってからな」
七生「真面目かよ」
ガラッと教室の扉が開き、中年の教師が入ってくる。後ろには見慣れない男子学生の姿がある。長身でイケメン、明るい茶色の髪に目立つピアス、見るからにチャラい。
生徒たちはざわつきながら席につく。
七生(転校生? この時期に?)
教師「ホームルームの前に転校生を紹介するぞー」
黒板に書かれる『黒川啓』の文字。ゆるーい立ち姿の啓は、人当たりのいい笑顔で挨拶をする。
啓「東京から来た黒川啓です。北海道に来たのは初めてなので、皆さん色々と教えてください。スープカレーとか札幌ラーメンとか一緒に食べに行ってほしいな♡」
啓がにっこりと微笑むと、女子生徒のあいだで「きゃあ」と黄色い声があがる。
七生は頬杖をつきながら啓のことを観察する。
七生(ピアス開けてる……髪も染めてんのかな)
後ろの席の晃大がひそひそ声で話しかけてくる。
晃大「めっちゃ派手だな。東京の高校生ってみんなあんな感じなのかな?」
七生「んー……」
他のクラスメイトたちもひそひそと囁き合う。「えーやば、めっちゃ好みなんだけど」「ガチシティボーイじゃん」「なんでこんな中途半端な時期に編入してきたんだろ?」
七生は興味なさげに啓から視線を逸らす。
七生(ゲーオタの俺が仲良くなれるタイプじゃなさそ……)
七生(黒川啓……ね。名前だけ覚えとこっと)
〜白樺高等学校の説明・七生の説明口調〜
――俺たちが通う白樺高等学校は、北海道札幌市の郊外に位置している。JR札幌駅から地下鉄と市電を乗り継いだ先にある、豊かな自然に囲まれた高校だ。
夏になると校庭にリスやキツネ、タヌキが入り込むこともある。校舎のそばでヒグマの足跡や糞が見つかることも珍しくない。そんな笑っちゃうくらい北海道らしい高校――
さまざまな季節の高校の風景。道端に生えたフキノトウ、木の枝に佇むエゾリス、広い校庭で野球をする生徒、よさこいを踊る生徒、『ヒグマ出没注意』の張り紙。
――俺、望月七生はこの白樺高等学校の一年生だ。出身は札幌市内ではなく、旭川の近くにある小さな田舎町。
遠く離れた札幌の高校を受験すると言ったとき、両親には反対されたが、俺は今の生活が気に入っている。在学生の3割ほどは市外出身者だから疎外感を感じることはないし、気の合うゲーム友達もできたしね――
北海道の地理を簡単に書いた地図、旭川と札幌市の間に手書き文字で「140km」「JR特急で1時間半」。匡と晃大のゆるいイラストと出身地の紹介、匡→「僕は稚内出身だよー」、晃大→「俺は函館出身!」
現在に戻り、七生を含む生徒たちが授業を受けている光景、休み時間に啓が女子生徒から質問攻めされている光景、それを遠巻きにしながらゲームをする七生たち、放課後になり下校風景。
――白樺高等学校には男子寮と女子寮が併設している。在学生に市外出身者が多い理由がこれだ。北海道の過疎地では進学先の選択肢がないこともあるから、大学進学を見据え早めに札幌に出ておきたいと考える奴は結構多い。大別するのなら俺もその口だ。
他にも何らかの事情で親元にいられなくなった奴が、奨学金制度を利用して通っていたりもする――
古びた寮の外観、『柏葉寮』と書かれた表札、階段を上り自室へと向かう七生。
〜白樺高等学校の説明終わり〜
〇放課後・男子寮『柏葉寮』の一角
寮の自室の前には3人の寮生が立っている。そのうちの1人は通学鞄を持ったままの啓で、残りの2人は2年生の監督生。
七生(何だろう……?)
七生が不思議に思って近づいていくと、監督生が声をかけてくる。
監督生①「あ、望月。やっと帰ってきた」
監督生②「待ちくたびれたぞー」
七生「俺の部屋に何かありましたか?」
監督生①(さばさばした体育会系)が啓の背中を叩いて紹介する。
監督生①「突然なんだけど、今日からこいつと相部屋でよろしく」
七生「え?」
監督生①「本当は空いている別の部屋に入れる予定だったんだけど、暖房の調子が悪くてさー。悪いけど頼むわ」
愕然とする七生。
七生「そ、そんないきなり言われても困ります……!」
監督生②「部屋の数は限られているから誰かと相部屋になることもある、って事前に説明はしていたはずだけどな。寮生活は助け合いで成り立ってるんだから、わがままは聞けないよ」
七生「うぐっ……」
監督生②(優等生タイプ)に有無を言わせない口調で説得されて、七生は言葉に詰まる。
七生(わがままだって事はわかってるけど……でもよりにもよって相部屋の相手があの転校生だなんて……)
ちらっと啓の方を見る。派手な茶髪、主張の強いピアス、着崩した制服。
七生(絶対に仲良くなれるタイプじゃない! 匡も晃大も寮生なのに、何で俺の部屋が選ばれたんだよぉ!)
心の中で涙を流す七生の肩を、監督生①がぽんっと叩く。
監督生①「ま、そういうことだから。2年に上がったら優先的に1人部屋に入れるからさ」
監督生②「黒川君の荷物は僕たちで運んでおくから、望月くんは寮の案内をしてあげてくれる?」
七生「え? あ……」
監督生①「ついでに寮生カードのことも教えてやってよ。現物は昨日のうちに渡してあるからさー」
監督生②「じゃあよろしくね!」
監督生はその場を立ち去ってしまう。取り残される七生と啓。七生が状況を飲み込み切れずギギッとぎこちなく見上げると(啓の方が15cmくらい背が高い)、啓はにこっと笑う。
啓「転校生の黒川啓です、よろしく♡」
七生はぼそっと小さな声で返事をする。
七生「……知ってる」
啓「あれ、どこかで会ったっけ?」
七生「同じクラスだよ……1年3組」
啓「あ、そうだったんだ。覚えてなくて悪いね?」
七生「別にいーよ……休み時間とか女子の相手で忙しかっただろ」
七生(やば、嫌味っぽかったか……?)
慌てて啓の様子をうかがう七生。しかし啓は七生の言葉を嫌味と捉えた様子はなく、明るい調子で会話を続ける。
啓「あ、うん。確かに忙しかった。白樺の女子はみんな素朴で可愛いよなぁ。俺が前にいた高校では、女子はみんなガッツリ化粧しててさ。元の顔がわかんねーの」
七生(興味なさげに)「ふーん」
啓「自然のままって感じで可愛……あ! めんこい! 北海道の女子はなまらめんこいわー」
啓がドヤ顔を向けてくるので、げんなりする七生。
七生(うわ、めんど……もう話すの止めて部屋でゲームしたい……)
とはいえ監督生から頼まれたことをほっぽり出すわけにはいかないので、溜息交じりに仕切り直す。
七生「寮の中、案内するからついてきて」
鞄を持ったまま大人しくついてくる啓。
啓「名前なんての?」
七生「望月七生」
啓「お、可愛い名前。ななみんって呼んでいい?」
七生「やだわ……」
啓「じゃあ、ななちゃん?」
啓が顔を近づけてぐいぐいくるので、うんざりした表情を向ける。
七生「もうお前、近い! 色々近い、初対面として適切な距離を保てって!」
啓「物理的な話?」
七生「物理的にも精神的にもだよ!」
啓は唇に人差し指をあてて考え込む。それから何事もなかったかのように笑って七生の肩に手を回してくる。
啓「わかったから『お前』じゃなくて『啓』って呼んでよ。これから同じ部屋で暮らすんだしさ」
七生(何もわかってねぇー! もうコイツやだ!)
〇時間経過・寮内のあちこち
なんだかんだ言いながら律儀に寮内を案内する七生。
七生(食堂で)「朝飯は7時から8時、夕食は18時から20時。土日も同じ時間で昼飯はない」
七生(ランドリー室で)「洗剤と洗濯機はただで使える。土日は混むから平日に使うのがお勧めかな」
七生(浴場で)「風呂の時間は18時から21時。石鹸は置いてあるけど、シャンプーとかは持ち込み」
寮の中を一通り歩いて、玄関口の近くで足を止める。
七生「案内する場所はこんなもんかな……何か質問、ある?」
啓「この寮生カードってのはどこで使うの?」
啓はポケットから寮生カードを取り出す。(顔写真と名前、QRコードが書かれた社員証のような物)七生は玄関口に外側の壁に取り付けられたカードリーダーを指さす。
七生「寮に入るときにあそこでピッてするんだよ。それ以外はほとんど使わない」
啓「ふーん」
七生「あ……あと寮生専用のポータルサイトってのがあったりはする。ここのQRコードを読み取ると飛べるんだけど――」
七生、スマホでQRコードを読み取る。『寮生ポータル』と名前のついたウェブサイトが開き、ぽちぽちとパスワードを入力する。『入館記録』『掲示板』『各種申請』『設定』のアイコンが並ぶ画面。
七生「パスワードの初期設定は0000だから、早めに変えとくといいよ」
啓「俺、パスワードとか覚えんの苦手なんだよね。誕生日でいいと思う?」
七生「好きにしてくれ……」
面倒臭そうな表情で相槌を打ったあと、アイコンの説明に移る。
七生「『入館記録』では、寮生カードをリーダーに通した時間が見れる。『掲示板』は寮生専用の掲示板だけど、あんまり使われてないから気にしなくていい」
啓「うんうん」
七生「使う可能性があるとしたら『各種申請』かな。朝飯や夕飯を食わないときとか、週末に外泊する予定があるときは、前日の夜までならここから申請できる」
啓「外泊って普通にしていいんだ?」
七生、啓に胡乱げな眼差しを向ける。
七生「帰省とか旅行の予定があればしてもいいけど……」
七生(でもこいつの言ってる『外泊』はちょっと意味が違うような……?)
七生の心を読んだように啓はにんまりする。
啓「女の子のところに外泊してもいいのか、って意味だよ馬鹿。札幌にはすすきのって夜の街があるんだろ? 俺、けっこう楽しみにしてるんだよねー」
啓の背後にふわふわしたすすきののイメージ。ラブホテル、キャバクラ、お酒、可愛い女の子。七生は鬼の形相となり啓に詰め寄る。
七生「先に言っておくけど酒とか煙草とか風俗には手をだすなよ⁉ 最悪、外でやる分には好きにすればいいけど、寮の部屋には持ち込むなよ⁉ 俺まで共犯だと思われるから!」
啓「あはは、さすがの俺も寮に風俗嬢を呼ぶ勇気はねーわ。一応、未成年だし」
七生(本当だろうな⁉ 全然、信用できないんだけど!)
啓、七生の肩にべたっと手を回す。
啓「そろそろ部屋、戻ってみねぇ? 俺、札幌に着いたの昨日の深夜でさ。荷物の整理が全然終わってないんだよね。手伝ってよ、ななみん♡」
七生「……ぇ」
七生はこれ見よがしに嫌そうな顔をする。
七生(今日は匡と晃大とダンジョン周回する予定だったのに……! てかいつの間にか『ななみん』呼びになってるし! カムバック、俺の平穏ゲームライフ!)
〇その日の夜・寮の部屋
机に置かれた腕時計の針が午前1時を指している。七生、寝苦しさを感じて目を覚ます。
七生「んー……んん?」
七生(何だろ……妙に寝苦しい……)
布団の中に他人の気配があることに気づき、ぎょっとして覚醒する。背後を見てみると、啓が七生を抱き込むようにして寝息を立てている。
七生「は、え?」
七生(何でこいつが俺のベッドで寝てんの⁉ トイレに起きて戻るベッドを間違えた、とか?)
七生は混乱して啓の腕を外そうと試みる。しかしガッチリと抱きしめられていて逃げられそうにない。啓の前髪と吐息がうなじにかかって、くすぐったいやら恥ずかしいやら。
七生「ちょ……おい! 起きろ馬鹿!」
啓「……んー……」
啓は起きず、それどころか七生を逃がすまいと(無意識で)腕に力を込めてくる。
七生「ひぇぇ……」
七生(ひょっとして朝までずっとこのまま……嘘だろ……?)
〇朝・寮の部屋
カーテンの隙間から朝陽が射し込んでいる。ベッドの上に座り、ふぁぁと欠伸をする啓。
啓「あー……よく寝た。ななみん、おはよー」
啓のすぐそばには、げっそりした表情でベッドに寝転がる七生がいる。目の下に隈。一晩中、啓に抱かれていたため極度の寝不足。
七生「何でお前、俺のベッドで寝てんの……」
啓「え? あー……(少し考える)ああ! 昨日の夜、寒くて寝れなかったからさ、ななみんの体温で暖を取りに? あはっ」
啓はさらっと悪びれずに言う。七生は頭に手をあてて深い溜め息をつく。
七生「ふざけんなし……全然、寝れなかったんだけど」
啓「そうは言われても、まじで凍え死ぬかと思ったんだって。この部屋も暖房、壊れてねぇ?」
七生「暖房じゃなくてお前の布団の問題だわ! 雪国の冬をあんなぺらっぺらの毛布で乗り切れると思ってんのか!」
七生は、啓のベッドにのった薄い毛布を指さす。一応冬用ではあるが、七生の羽毛布団と比べたら暖かさレベルは十分の一くらい。しかも啓の部屋着は半袖短パンという紙装甲。
啓は、七生の羽毛布団に名残惜しそうに顔をうずめる。
啓「やっぱ暖かいの買わなきゃ駄目かー……。雪国の民は暖房を利かせた部屋でアイス食べるっていうからさぁ、薄い毛布でもイケるかと思ったんだよね。あれって都市伝説なの?」
七生「……確かにアイスは冬の方が食うけど」
啓「やっぱり食うんだ」
七生「でも寝てるときはそこまで暖房利かせねぇよ、普通! ホテルじゃあるまいし!」
啓「ふーん……」
啓、スマホで調べ物を始める。
啓「羽毛布団っていくらくらいすんの……うわっ高……」
七生、啓のひとりごとを無視してさっさとベッドから下りる。寝不足なので若干ふらつく。
七生(朝から疲れた……着替えて朝飯食いに行こ……)
◯同日の昼休み・学校の教室
一つの机に集まってパンや購買のお弁当を食べている七生、匡、晃大。眠くてぼんやりとした表情の七生に、匡がのほほんと話しかけてくる。
匡「七生、転校生と相部屋になったんでしょ? 仲良くやれそう?」
七生(げっそりして)「いや……仲良くはなれなさそうかな……」
匡「やっぱり? 七生とは全然、違うタイプっぽいもんね」
晃大がパンを食べながら口を挟んでくる。
晃大「そういえば、七生。昨日インしなかっただろ。無駄にダンジョン回っちまったじゃねーか」
七生「悪い……荷物の片付けを手伝ってたらいつの間にか夜になっててさ……」
晃大「今日は間違いなく来いよ! 回避のコツ教えてやっから」
うん、と返事をしかけて、七生の脳裏に啓の顔が浮かぶ。馴れ馴れしい笑顔で「ななみん」「ななみーん」とやかましい。
七生「……今日の放課後さ……晃大の部屋、行っていい?」
晃大「いーけど、どした?」
七生「気の合わない奴が同じ部屋にいると気まずいというか……疲れるというか……」
晃大「あーね、わかるわー」
晃大と匡、うんうんとうなずく。
晃大「じゃあ今日は俺の部屋でやろうぜ。匡も来るだろ?」
匡「もちろん行くー」
ほっとした表情の七生。
七生(良かった……これで今日はあいつと顔を合わせずに済む……)
◯夜・寮の部屋
七生はほくほくつやつやの笑顔で自室のドアを開ける。風呂上がりのため髪がぬれていて、小脇にゲームや風呂道具を抱えている。(授業が終わってからずっと晃大の部屋に入り浸っていた)
七生(はー! ダンジョンボスを倒せて満足満足。夕飯と風呂は匡と晃大と一緒に済ませたし、あとは歯磨きをして寝るだけ……)
上機嫌の七生は、啓のベッドに誰かがいることに気づく。薄い布団がこんもりと盛り上がり、もぞもぞと動いている。ついでに「ふふっ」「やだぁ」と明らかに男のものではない忍び笑いが聞こえてくる。そしてベッドのそばには、女性の物と思われるコート、鞄、靴が転がっている。
七生(はっ……!?)
七生は途端に真っ青になり、風呂道具を手から滑り落とす。慌てて啓のベッドに駆け寄り、勢いよく毛布をめくる。
七生「何やってんだよ!」
毛布の中では啓と、見知らぬ女性(20歳くらい・化粧が濃くて遊んでいそうな感じ)がじゃれ合っていたところ。2人とも衣服が乱れている。
啓(迷惑そうに)「何? いいとこだったんだけど」
七生(真っ赤な顔で)「なに、なん、な……お前ら、何してんの!?!?」
啓「何って……見てわかるだろ、馬鹿。今夜も寒いからベッドであっためあってんの」
七生(な、え……彼女ってこと!? でもこいつ、北海道に来るのは初めてだって自己紹介してなかった!?)
七生は混乱して頭の中がぐるぐる。啓と女性はぺたぺたちゅっちゅとまた盛り上がり始める。
女性「ねー、どこか別のとこで続きしよーよ。ホテル行くとかぁ」
啓「えー、でも俺、まだ未成年だしなぁ。ホテルは高いし……ここじゃダメ?」
女性(七生をちらっと見て)「じゃああの子、追い出してよぉ。見られながらする趣味ないんだけど」
七生「〜〜〜!!!」
女性の身勝手な発言に、七生は怒りが頂点に達する。女性にコートと鞄と靴を押しつけて、強引に部屋から閉め出す。
女性「えー、何すんのぉ」
七生「寮は女性立ち入り禁止なので! 誰かに見られないようにさっさとお帰りください!」
扉をしっかり閉めてから、ベッドの上の啓(まだ衣服が乱れている)を怒鳴りつける。
七生「お前っ……何考えてんだ! 退寮になりたいのか!?」
啓「えー、女の子連れ込んだくらいじゃ退寮にならないでしょ」
七生(泣きそうな顔で)「なるんだよ! 部屋に連れ込んだだけならまだしも、やることやったら完全にアウトだわ! しかも場合によっては俺まで共犯だと思われるんだわ!」
退寮、退学、親の涙、友人の軽蔑した眼差し、あれこれ妄想して本格的にぽろっと涙が出る七生。
啓「ななみん、ガチ泣きじゃん。ウケる」
七生「ウケんな! 反省しろ!」
七生の手首を啓が掴む。そのまま力任せに引っ張られて、七生はベッドに倒れ込む。状況が飲み込めずに混乱する七生。
七生「な、なぁ、なぁぁ……⁉」
啓「はー……人肌あったけー」
啓は七生を抱きしめてすりすりと頬擦りする。七生は身の危険を感じて手足をじたばたするものの、体格差があるので逃げ出せそうにない。
七生「ちょ、やめ……お前、ひょっとして男でもイケる口……⁉」
啓「いやいや、俺は女の子専門。ななみんのことはそういう目で見てねぇよ? つーかさっきの女の子とも本格的なことはするつもりなかったからね。今夜も寒くなりそうだから、湯たんぽ代わりに一緒に寝てくれないかなと思ってナンパしただけで」
七生(ナンパしたんかい!!)
七生「寒いなら羽毛布団を買えばいいだろ!」
啓、不満げに唇を尖らせる。
啓「俺、奨学生よ? 1万も2万もする布団ぽんと買えねーわ」
七生(奨学生……)
奨学生→金銭的に親を頼れない事情がある、ということに気づき七生は何も言えなくなる。七生が沈黙したのをいいことに、啓は瞳を潤ませてかわいくおねだり。
啓「だからさー、今年の冬はななみんの布団で一緒に寝かせてよ。そしたらもう、部屋に女の子は連れ込まないって約束するからさ。ね、お願い♡」
七生「退寮の肩担ぎをするか、湯たんぽになるか選べってこと? こんな理不尽な二択ある?」
七生、泣く泣く啓の要求を受け入れる。
七生「わかった……その代わり約束は守れよ! 破ったら二度と布団は貸してやらないから!」
啓「やったー♡ ななみん愛してる♡」
熱烈な抱擁をかましてくる啓。「ヤメロ」と顔を背けながらも、純粋に感謝されてまんざらでもない顔の七生。
〇その夜・寮の部屋(冒頭ヒキに戻る)
もこもこの羽毛布団の中で啓に抱き込まれた七生。啓は寝息を立てているが、寝相(手癖?)が悪いらしくエロティックな接触が絶えない。七生はうっすらと頬を赤らめ、今にも泣き出しな表情。
七生「ひぇっ……」
七生(前言撤回っ……何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだよぉー!)
〇夜中・高校の男子寮の一室
10畳くらいの手狭な部屋。勉強机や本棚、ハンガーラックなどの生活用品が置かれている。ゲームソフトや教科書といった男子高校生らしい物がそこかしこにある。
パイプベッドが2つあるが片方のベッドは空っぽで、薄手の毛布とまくらだけがのっている。そしてもう一方のベッドの枕元には2人分の頭が見え、羽毛布団がこんもりと膨らんでいる。
七生「うう……」
部屋の主である望月七生(無造作な黒髪、小柄で貧相、地味)は毛布の中でうめき声を漏らす。
ルームメイトの黒川啓(茶髪ピアス、チャラいイケメン、長身で細身)が、七生を抱き込むような体勢で寝息を立てている。あどけない寝顔だが、七生のうなじに頬擦りをしたり、片手が服の中に入り込んできたりと手癖が悪い。
七生(何で……俺がこんな目に……)
七生は啓の抱擁を振りほどこうとするものの、力が強くて振りほどけない。それどころか啓は足を絡めたり脇腹をまさぐってきたりと、エロティックレベルが上がっていく。
七生「ひぇ……っ」
七生はうっすらと頬を赤らめ、今にも泣き出しな表情。
七生(何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだよぉー!)
〇タイトル
〇朝・高校の登校風景
市街地からは離れたところに建てられた高校。高校の近くに大きな商業施設などはなく、田畑や山林地帯が広がっている。
生徒たちが次々と登校する。季節は11月中旬、厚手の上着にマフラーをつけ、手袋をしている生徒もいる。まだ雪は積もっていないが、街路樹の葉っぱは全て落ちた寒々しい風景。
下駄箱で靴を履き替えながら、数人の女生徒が「おはよー」「今日も冷えるねー」と話している。
〇ホームルーム前・教室
登校した生徒たちがおしゃべりを楽しんでいる。男女ともに制服を着用しているが、内側にパーカーを着込んだり、厚手のカーディガンを羽織ったりしている。
七生が椅子に座って鞄から教科書を出していると、クラスメイトの田中匡(短身・おっとり眼鏡)と山崎晃大(細のっぽ・微イケメン)が話しかけてくる。
匡「七生、おはよー」
晃大「昨日の夜、ログインしてた?」
七生「してたしてた。ダンジョン周回してたら途中で寝落ちしたけど」
周囲の喧騒を気にかけることなく、3人はスマホでゲームを始める。互いに顔を見ることなく淡々と会話。これがいつもの光景。
七生「ここのラスボス強すぎん? 昨日、即死したんだけど」
晃大「攻撃範囲は広いけど、動き回ってれば当たらない。避けゲーだわ」
七生「まじ?」
匡「僕も最初は死にまくったけど、今は余裕だよー」
七生「えー……じゃあリベンジしよっかな。放課後インできる?」
晃大「いーけど、課題終わってからな」
七生「真面目かよ」
ガラッと教室の扉が開き、中年の教師が入ってくる。後ろには見慣れない男子学生の姿がある。長身でイケメン、明るい茶色の髪に目立つピアス、見るからにチャラい。
生徒たちはざわつきながら席につく。
七生(転校生? この時期に?)
教師「ホームルームの前に転校生を紹介するぞー」
黒板に書かれる『黒川啓』の文字。ゆるーい立ち姿の啓は、人当たりのいい笑顔で挨拶をする。
啓「東京から来た黒川啓です。北海道に来たのは初めてなので、皆さん色々と教えてください。スープカレーとか札幌ラーメンとか一緒に食べに行ってほしいな♡」
啓がにっこりと微笑むと、女子生徒のあいだで「きゃあ」と黄色い声があがる。
七生は頬杖をつきながら啓のことを観察する。
七生(ピアス開けてる……髪も染めてんのかな)
後ろの席の晃大がひそひそ声で話しかけてくる。
晃大「めっちゃ派手だな。東京の高校生ってみんなあんな感じなのかな?」
七生「んー……」
他のクラスメイトたちもひそひそと囁き合う。「えーやば、めっちゃ好みなんだけど」「ガチシティボーイじゃん」「なんでこんな中途半端な時期に編入してきたんだろ?」
七生は興味なさげに啓から視線を逸らす。
七生(ゲーオタの俺が仲良くなれるタイプじゃなさそ……)
七生(黒川啓……ね。名前だけ覚えとこっと)
〜白樺高等学校の説明・七生の説明口調〜
――俺たちが通う白樺高等学校は、北海道札幌市の郊外に位置している。JR札幌駅から地下鉄と市電を乗り継いだ先にある、豊かな自然に囲まれた高校だ。
夏になると校庭にリスやキツネ、タヌキが入り込むこともある。校舎のそばでヒグマの足跡や糞が見つかることも珍しくない。そんな笑っちゃうくらい北海道らしい高校――
さまざまな季節の高校の風景。道端に生えたフキノトウ、木の枝に佇むエゾリス、広い校庭で野球をする生徒、よさこいを踊る生徒、『ヒグマ出没注意』の張り紙。
――俺、望月七生はこの白樺高等学校の一年生だ。出身は札幌市内ではなく、旭川の近くにある小さな田舎町。
遠く離れた札幌の高校を受験すると言ったとき、両親には反対されたが、俺は今の生活が気に入っている。在学生の3割ほどは市外出身者だから疎外感を感じることはないし、気の合うゲーム友達もできたしね――
北海道の地理を簡単に書いた地図、旭川と札幌市の間に手書き文字で「140km」「JR特急で1時間半」。匡と晃大のゆるいイラストと出身地の紹介、匡→「僕は稚内出身だよー」、晃大→「俺は函館出身!」
現在に戻り、七生を含む生徒たちが授業を受けている光景、休み時間に啓が女子生徒から質問攻めされている光景、それを遠巻きにしながらゲームをする七生たち、放課後になり下校風景。
――白樺高等学校には男子寮と女子寮が併設している。在学生に市外出身者が多い理由がこれだ。北海道の過疎地では進学先の選択肢がないこともあるから、大学進学を見据え早めに札幌に出ておきたいと考える奴は結構多い。大別するのなら俺もその口だ。
他にも何らかの事情で親元にいられなくなった奴が、奨学金制度を利用して通っていたりもする――
古びた寮の外観、『柏葉寮』と書かれた表札、階段を上り自室へと向かう七生。
〜白樺高等学校の説明終わり〜
〇放課後・男子寮『柏葉寮』の一角
寮の自室の前には3人の寮生が立っている。そのうちの1人は通学鞄を持ったままの啓で、残りの2人は2年生の監督生。
七生(何だろう……?)
七生が不思議に思って近づいていくと、監督生が声をかけてくる。
監督生①「あ、望月。やっと帰ってきた」
監督生②「待ちくたびれたぞー」
七生「俺の部屋に何かありましたか?」
監督生①(さばさばした体育会系)が啓の背中を叩いて紹介する。
監督生①「突然なんだけど、今日からこいつと相部屋でよろしく」
七生「え?」
監督生①「本当は空いている別の部屋に入れる予定だったんだけど、暖房の調子が悪くてさー。悪いけど頼むわ」
愕然とする七生。
七生「そ、そんないきなり言われても困ります……!」
監督生②「部屋の数は限られているから誰かと相部屋になることもある、って事前に説明はしていたはずだけどな。寮生活は助け合いで成り立ってるんだから、わがままは聞けないよ」
七生「うぐっ……」
監督生②(優等生タイプ)に有無を言わせない口調で説得されて、七生は言葉に詰まる。
七生(わがままだって事はわかってるけど……でもよりにもよって相部屋の相手があの転校生だなんて……)
ちらっと啓の方を見る。派手な茶髪、主張の強いピアス、着崩した制服。
七生(絶対に仲良くなれるタイプじゃない! 匡も晃大も寮生なのに、何で俺の部屋が選ばれたんだよぉ!)
心の中で涙を流す七生の肩を、監督生①がぽんっと叩く。
監督生①「ま、そういうことだから。2年に上がったら優先的に1人部屋に入れるからさ」
監督生②「黒川君の荷物は僕たちで運んでおくから、望月くんは寮の案内をしてあげてくれる?」
七生「え? あ……」
監督生①「ついでに寮生カードのことも教えてやってよ。現物は昨日のうちに渡してあるからさー」
監督生②「じゃあよろしくね!」
監督生はその場を立ち去ってしまう。取り残される七生と啓。七生が状況を飲み込み切れずギギッとぎこちなく見上げると(啓の方が15cmくらい背が高い)、啓はにこっと笑う。
啓「転校生の黒川啓です、よろしく♡」
七生はぼそっと小さな声で返事をする。
七生「……知ってる」
啓「あれ、どこかで会ったっけ?」
七生「同じクラスだよ……1年3組」
啓「あ、そうだったんだ。覚えてなくて悪いね?」
七生「別にいーよ……休み時間とか女子の相手で忙しかっただろ」
七生(やば、嫌味っぽかったか……?)
慌てて啓の様子をうかがう七生。しかし啓は七生の言葉を嫌味と捉えた様子はなく、明るい調子で会話を続ける。
啓「あ、うん。確かに忙しかった。白樺の女子はみんな素朴で可愛いよなぁ。俺が前にいた高校では、女子はみんなガッツリ化粧しててさ。元の顔がわかんねーの」
七生(興味なさげに)「ふーん」
啓「自然のままって感じで可愛……あ! めんこい! 北海道の女子はなまらめんこいわー」
啓がドヤ顔を向けてくるので、げんなりする七生。
七生(うわ、めんど……もう話すの止めて部屋でゲームしたい……)
とはいえ監督生から頼まれたことをほっぽり出すわけにはいかないので、溜息交じりに仕切り直す。
七生「寮の中、案内するからついてきて」
鞄を持ったまま大人しくついてくる啓。
啓「名前なんての?」
七生「望月七生」
啓「お、可愛い名前。ななみんって呼んでいい?」
七生「やだわ……」
啓「じゃあ、ななちゃん?」
啓が顔を近づけてぐいぐいくるので、うんざりした表情を向ける。
七生「もうお前、近い! 色々近い、初対面として適切な距離を保てって!」
啓「物理的な話?」
七生「物理的にも精神的にもだよ!」
啓は唇に人差し指をあてて考え込む。それから何事もなかったかのように笑って七生の肩に手を回してくる。
啓「わかったから『お前』じゃなくて『啓』って呼んでよ。これから同じ部屋で暮らすんだしさ」
七生(何もわかってねぇー! もうコイツやだ!)
〇時間経過・寮内のあちこち
なんだかんだ言いながら律儀に寮内を案内する七生。
七生(食堂で)「朝飯は7時から8時、夕食は18時から20時。土日も同じ時間で昼飯はない」
七生(ランドリー室で)「洗剤と洗濯機はただで使える。土日は混むから平日に使うのがお勧めかな」
七生(浴場で)「風呂の時間は18時から21時。石鹸は置いてあるけど、シャンプーとかは持ち込み」
寮の中を一通り歩いて、玄関口の近くで足を止める。
七生「案内する場所はこんなもんかな……何か質問、ある?」
啓「この寮生カードってのはどこで使うの?」
啓はポケットから寮生カードを取り出す。(顔写真と名前、QRコードが書かれた社員証のような物)七生は玄関口に外側の壁に取り付けられたカードリーダーを指さす。
七生「寮に入るときにあそこでピッてするんだよ。それ以外はほとんど使わない」
啓「ふーん」
七生「あ……あと寮生専用のポータルサイトってのがあったりはする。ここのQRコードを読み取ると飛べるんだけど――」
七生、スマホでQRコードを読み取る。『寮生ポータル』と名前のついたウェブサイトが開き、ぽちぽちとパスワードを入力する。『入館記録』『掲示板』『各種申請』『設定』のアイコンが並ぶ画面。
七生「パスワードの初期設定は0000だから、早めに変えとくといいよ」
啓「俺、パスワードとか覚えんの苦手なんだよね。誕生日でいいと思う?」
七生「好きにしてくれ……」
面倒臭そうな表情で相槌を打ったあと、アイコンの説明に移る。
七生「『入館記録』では、寮生カードをリーダーに通した時間が見れる。『掲示板』は寮生専用の掲示板だけど、あんまり使われてないから気にしなくていい」
啓「うんうん」
七生「使う可能性があるとしたら『各種申請』かな。朝飯や夕飯を食わないときとか、週末に外泊する予定があるときは、前日の夜までならここから申請できる」
啓「外泊って普通にしていいんだ?」
七生、啓に胡乱げな眼差しを向ける。
七生「帰省とか旅行の予定があればしてもいいけど……」
七生(でもこいつの言ってる『外泊』はちょっと意味が違うような……?)
七生の心を読んだように啓はにんまりする。
啓「女の子のところに外泊してもいいのか、って意味だよ馬鹿。札幌にはすすきのって夜の街があるんだろ? 俺、けっこう楽しみにしてるんだよねー」
啓の背後にふわふわしたすすきののイメージ。ラブホテル、キャバクラ、お酒、可愛い女の子。七生は鬼の形相となり啓に詰め寄る。
七生「先に言っておくけど酒とか煙草とか風俗には手をだすなよ⁉ 最悪、外でやる分には好きにすればいいけど、寮の部屋には持ち込むなよ⁉ 俺まで共犯だと思われるから!」
啓「あはは、さすがの俺も寮に風俗嬢を呼ぶ勇気はねーわ。一応、未成年だし」
七生(本当だろうな⁉ 全然、信用できないんだけど!)
啓、七生の肩にべたっと手を回す。
啓「そろそろ部屋、戻ってみねぇ? 俺、札幌に着いたの昨日の深夜でさ。荷物の整理が全然終わってないんだよね。手伝ってよ、ななみん♡」
七生「……ぇ」
七生はこれ見よがしに嫌そうな顔をする。
七生(今日は匡と晃大とダンジョン周回する予定だったのに……! てかいつの間にか『ななみん』呼びになってるし! カムバック、俺の平穏ゲームライフ!)
〇その日の夜・寮の部屋
机に置かれた腕時計の針が午前1時を指している。七生、寝苦しさを感じて目を覚ます。
七生「んー……んん?」
七生(何だろ……妙に寝苦しい……)
布団の中に他人の気配があることに気づき、ぎょっとして覚醒する。背後を見てみると、啓が七生を抱き込むようにして寝息を立てている。
七生「は、え?」
七生(何でこいつが俺のベッドで寝てんの⁉ トイレに起きて戻るベッドを間違えた、とか?)
七生は混乱して啓の腕を外そうと試みる。しかしガッチリと抱きしめられていて逃げられそうにない。啓の前髪と吐息がうなじにかかって、くすぐったいやら恥ずかしいやら。
七生「ちょ……おい! 起きろ馬鹿!」
啓「……んー……」
啓は起きず、それどころか七生を逃がすまいと(無意識で)腕に力を込めてくる。
七生「ひぇぇ……」
七生(ひょっとして朝までずっとこのまま……嘘だろ……?)
〇朝・寮の部屋
カーテンの隙間から朝陽が射し込んでいる。ベッドの上に座り、ふぁぁと欠伸をする啓。
啓「あー……よく寝た。ななみん、おはよー」
啓のすぐそばには、げっそりした表情でベッドに寝転がる七生がいる。目の下に隈。一晩中、啓に抱かれていたため極度の寝不足。
七生「何でお前、俺のベッドで寝てんの……」
啓「え? あー……(少し考える)ああ! 昨日の夜、寒くて寝れなかったからさ、ななみんの体温で暖を取りに? あはっ」
啓はさらっと悪びれずに言う。七生は頭に手をあてて深い溜め息をつく。
七生「ふざけんなし……全然、寝れなかったんだけど」
啓「そうは言われても、まじで凍え死ぬかと思ったんだって。この部屋も暖房、壊れてねぇ?」
七生「暖房じゃなくてお前の布団の問題だわ! 雪国の冬をあんなぺらっぺらの毛布で乗り切れると思ってんのか!」
七生は、啓のベッドにのった薄い毛布を指さす。一応冬用ではあるが、七生の羽毛布団と比べたら暖かさレベルは十分の一くらい。しかも啓の部屋着は半袖短パンという紙装甲。
啓は、七生の羽毛布団に名残惜しそうに顔をうずめる。
啓「やっぱ暖かいの買わなきゃ駄目かー……。雪国の民は暖房を利かせた部屋でアイス食べるっていうからさぁ、薄い毛布でもイケるかと思ったんだよね。あれって都市伝説なの?」
七生「……確かにアイスは冬の方が食うけど」
啓「やっぱり食うんだ」
七生「でも寝てるときはそこまで暖房利かせねぇよ、普通! ホテルじゃあるまいし!」
啓「ふーん……」
啓、スマホで調べ物を始める。
啓「羽毛布団っていくらくらいすんの……うわっ高……」
七生、啓のひとりごとを無視してさっさとベッドから下りる。寝不足なので若干ふらつく。
七生(朝から疲れた……着替えて朝飯食いに行こ……)
◯同日の昼休み・学校の教室
一つの机に集まってパンや購買のお弁当を食べている七生、匡、晃大。眠くてぼんやりとした表情の七生に、匡がのほほんと話しかけてくる。
匡「七生、転校生と相部屋になったんでしょ? 仲良くやれそう?」
七生(げっそりして)「いや……仲良くはなれなさそうかな……」
匡「やっぱり? 七生とは全然、違うタイプっぽいもんね」
晃大がパンを食べながら口を挟んでくる。
晃大「そういえば、七生。昨日インしなかっただろ。無駄にダンジョン回っちまったじゃねーか」
七生「悪い……荷物の片付けを手伝ってたらいつの間にか夜になっててさ……」
晃大「今日は間違いなく来いよ! 回避のコツ教えてやっから」
うん、と返事をしかけて、七生の脳裏に啓の顔が浮かぶ。馴れ馴れしい笑顔で「ななみん」「ななみーん」とやかましい。
七生「……今日の放課後さ……晃大の部屋、行っていい?」
晃大「いーけど、どした?」
七生「気の合わない奴が同じ部屋にいると気まずいというか……疲れるというか……」
晃大「あーね、わかるわー」
晃大と匡、うんうんとうなずく。
晃大「じゃあ今日は俺の部屋でやろうぜ。匡も来るだろ?」
匡「もちろん行くー」
ほっとした表情の七生。
七生(良かった……これで今日はあいつと顔を合わせずに済む……)
◯夜・寮の部屋
七生はほくほくつやつやの笑顔で自室のドアを開ける。風呂上がりのため髪がぬれていて、小脇にゲームや風呂道具を抱えている。(授業が終わってからずっと晃大の部屋に入り浸っていた)
七生(はー! ダンジョンボスを倒せて満足満足。夕飯と風呂は匡と晃大と一緒に済ませたし、あとは歯磨きをして寝るだけ……)
上機嫌の七生は、啓のベッドに誰かがいることに気づく。薄い布団がこんもりと盛り上がり、もぞもぞと動いている。ついでに「ふふっ」「やだぁ」と明らかに男のものではない忍び笑いが聞こえてくる。そしてベッドのそばには、女性の物と思われるコート、鞄、靴が転がっている。
七生(はっ……!?)
七生は途端に真っ青になり、風呂道具を手から滑り落とす。慌てて啓のベッドに駆け寄り、勢いよく毛布をめくる。
七生「何やってんだよ!」
毛布の中では啓と、見知らぬ女性(20歳くらい・化粧が濃くて遊んでいそうな感じ)がじゃれ合っていたところ。2人とも衣服が乱れている。
啓(迷惑そうに)「何? いいとこだったんだけど」
七生(真っ赤な顔で)「なに、なん、な……お前ら、何してんの!?!?」
啓「何って……見てわかるだろ、馬鹿。今夜も寒いからベッドであっためあってんの」
七生(な、え……彼女ってこと!? でもこいつ、北海道に来るのは初めてだって自己紹介してなかった!?)
七生は混乱して頭の中がぐるぐる。啓と女性はぺたぺたちゅっちゅとまた盛り上がり始める。
女性「ねー、どこか別のとこで続きしよーよ。ホテル行くとかぁ」
啓「えー、でも俺、まだ未成年だしなぁ。ホテルは高いし……ここじゃダメ?」
女性(七生をちらっと見て)「じゃああの子、追い出してよぉ。見られながらする趣味ないんだけど」
七生「〜〜〜!!!」
女性の身勝手な発言に、七生は怒りが頂点に達する。女性にコートと鞄と靴を押しつけて、強引に部屋から閉め出す。
女性「えー、何すんのぉ」
七生「寮は女性立ち入り禁止なので! 誰かに見られないようにさっさとお帰りください!」
扉をしっかり閉めてから、ベッドの上の啓(まだ衣服が乱れている)を怒鳴りつける。
七生「お前っ……何考えてんだ! 退寮になりたいのか!?」
啓「えー、女の子連れ込んだくらいじゃ退寮にならないでしょ」
七生(泣きそうな顔で)「なるんだよ! 部屋に連れ込んだだけならまだしも、やることやったら完全にアウトだわ! しかも場合によっては俺まで共犯だと思われるんだわ!」
退寮、退学、親の涙、友人の軽蔑した眼差し、あれこれ妄想して本格的にぽろっと涙が出る七生。
啓「ななみん、ガチ泣きじゃん。ウケる」
七生「ウケんな! 反省しろ!」
七生の手首を啓が掴む。そのまま力任せに引っ張られて、七生はベッドに倒れ込む。状況が飲み込めずに混乱する七生。
七生「な、なぁ、なぁぁ……⁉」
啓「はー……人肌あったけー」
啓は七生を抱きしめてすりすりと頬擦りする。七生は身の危険を感じて手足をじたばたするものの、体格差があるので逃げ出せそうにない。
七生「ちょ、やめ……お前、ひょっとして男でもイケる口……⁉」
啓「いやいや、俺は女の子専門。ななみんのことはそういう目で見てねぇよ? つーかさっきの女の子とも本格的なことはするつもりなかったからね。今夜も寒くなりそうだから、湯たんぽ代わりに一緒に寝てくれないかなと思ってナンパしただけで」
七生(ナンパしたんかい!!)
七生「寒いなら羽毛布団を買えばいいだろ!」
啓、不満げに唇を尖らせる。
啓「俺、奨学生よ? 1万も2万もする布団ぽんと買えねーわ」
七生(奨学生……)
奨学生→金銭的に親を頼れない事情がある、ということに気づき七生は何も言えなくなる。七生が沈黙したのをいいことに、啓は瞳を潤ませてかわいくおねだり。
啓「だからさー、今年の冬はななみんの布団で一緒に寝かせてよ。そしたらもう、部屋に女の子は連れ込まないって約束するからさ。ね、お願い♡」
七生「退寮の肩担ぎをするか、湯たんぽになるか選べってこと? こんな理不尽な二択ある?」
七生、泣く泣く啓の要求を受け入れる。
七生「わかった……その代わり約束は守れよ! 破ったら二度と布団は貸してやらないから!」
啓「やったー♡ ななみん愛してる♡」
熱烈な抱擁をかましてくる啓。「ヤメロ」と顔を背けながらも、純粋に感謝されてまんざらでもない顔の七生。
〇その夜・寮の部屋(冒頭ヒキに戻る)
もこもこの羽毛布団の中で啓に抱き込まれた七生。啓は寝息を立てているが、寝相(手癖?)が悪いらしくエロティックな接触が絶えない。七生はうっすらと頬を赤らめ、今にも泣き出しな表情。
七生「ひぇっ……」
七生(前言撤回っ……何で俺がこんな目にあわなきゃならないんだよぉー!)



