最近、雨の日になると、俺、一ノ瀬湊の傘はなくなる。
なぜなら――同じクラスの女子が取り間違えるからだ。

そして、今日も案の定、昇降口の傘立てに、俺の薄灰色の傘はなかった。柄の部分が少し削れているやつ。あれが俺の相棒なのに。

「……ほらな」

俺は昇降口を出て、すぐ横を横目で確認する。
やっぱりそこにいた。

飯塚雨音(いいづかあまね)――。
クラスの中心にいて、男女問わず人気者。俺とは正反対の存在の奴だ。

「……あれ?また湊君の傘だった?」

のほほんとした顔で、俺の傘を手にしている。

「いや、“また”じゃないです。毎回ですよ」

「だって似てるんだもん。ほら、色とか柄とか……。っていうか、私そもそも傘持ってきたっけ?」

「そこからですか!?」

ため息しか出ない。

「まあまあ、いいじゃん。……で?どうする?私の傘、ないけど?」

傘の柄を人差し指にのっけながら、にやりと笑う。

「まさか……」

「そう。相合傘♪」

心臓が一拍、変なリズムで跳ねた。
冗談みたいに軽い口調なのに、俺だけ妙に意識してしまう。

「いや、この前も一緒に帰りましたよね?何が目的なんですか。陰キャいじめ?」

「違うって。むしろ共存を目指してるんだよ?クラス委員として!」

そう言って胸を張る。そう、こいつはクラス委員までしているめちゃすげえ陽キャだ。

「……」

「それにね、もし私の誘い断ったら……。みんなの前で『誘いを断られた~』って騒いじゃうかも」

小悪魔みたいに笑った。

(やば……。あいつの親衛隊に目をつけられたら命が危ない……。てかそれをわかって...。)

「……わかりましたよ。今日だけですからね。」

結局、俺は飯塚雨音とひとつの傘に入ることになった。

肩が触れそうで触れない距離。
雨の匂いに混じって、ほんのりシャンプーの香りが漂う。変なことを考えないようにしているが、この陽キャ美人野郎が隣にいると思うと、変に意識してしまう。

「今日の理科の小テスト、難しくなかった?有効数字とか、マジ意味わかんなかったんだけど〜」

「……そうですね。」

やばい。話が頭に入ってこない。心臓の音がやたらうるさい。

「ねえ、なんかぼーっとしてない?……って、あれ?鼻をクンクンさせて……」

飯塚雨音の目がまん丸になる。

「もしかして……私の匂い嗅いでた!?」

「ち、違います!断じて!」

「このぉ、変態っーー!!」

叫ぶと同時に、飯塚雨音は俺の肩をものすごい勢いでどつき、顔を真っ赤にして駆け足で家に帰っていった。

……最悪だ。完全に変態扱いじゃないか。事実だけど。
梅雨なんて嫌いだ。アイツのことも、嫌いなはずだ。

でも。
あんなふうに感情むき出しで俺にぶつかってきてくれた人は、高校でアイツが初めてかもしれない。
教室ではいつも明るくて人気者の彼女が、今はただの「一人の女子」として俺の前にいた。

――嫌いだと思っているのに。なぜか今日は少しだけ、胸の奥が温かくなるのを感じていた。