昨日の夕飯も今日の朝ごはんも喉を通らず、ベッドに転がって天井を見上げる。

(……何で俺なんだよ。生徒会なんて。俺のキャラじゃないだろ。)

頭を抱えていると、スマホが震えた。
画面には「俊介」。

「……もしもし」

『推薦されちゃったお坊ちゃまのご機嫌はいかがですか?』

「やめろ。その呼び方やめろ。……マジで死ぬかと思ったんだけど」

『いやいや、クラス全員爆笑してたぞ。湊が生徒会に推薦されたとか、ギャップでウケ狙いすぎだろって。雨音さんのことだからそんなことはないだろうけどよ。』

「笑いごとじゃねえ!」

そこに、グループ通話の通知がピコンと入る。
俊介が勝手に追加したらしい。

『おっす湊! 生徒会長になるんだって!?』
『おめでとうございます副会長!』
『次期会計だろ!』

――うるせえ。
ゲーム仲間の奴らや、中学からの友人まで揃って勝手に盛り上がっている。

「いやいやいや!推薦されただけで、まだ承諾してないからな!?俺は断る気満々だから!」

『でもさぁ、あの雨音ちゃんが真剣に推薦したんだろ?』

俊介がわざとらしく真面目な声を出す。

『あれ、ガチだったぜ。お前に全幅の信頼置いてる感じ。……断ったら泣くんじゃね?』

「……っ」

否定できなかった。
あのまっすぐな瞳を思い出すだけで、胸がざわつく。

『ほらなー! 沈黙した! 絶対気にしてんじゃん!』
『湊、ついにヒロインに背負わされたな』
『青春してるわぁ〜』
『ヒューヒュー、お暑いお暑いっ!』

「うるせぇ!!」

叫んでも、笑い声がスマホ越しに響くだけだった。

『で、結局どうすんの?』

俊介が最後に落ち着いた声で問う。

俺は少し間を置いて答える。

「……正直、まだ分からん。でも、あいつがあんな顔で頼んでくるの、初めて見たんだよな。」

通話の向こうで一瞬、誰も茶化さなかった。
その沈黙が逆に重くて、俺はごろりとベッドの上で寝返りを打った。

「まあ……明日、ちゃんと答えるよ。」

そう言って通話を切った。
部屋に残る静けさの中で、俺はため息をついた。

(生徒会なんて……俺の人生設計に入ってなかったんだけどな。)

けれど、不思議と完全には嫌じゃない自分に気づいていた。

~~~~~~~~~~~~

同日夜。
部屋の天井を見つめながら、私はずっとスマホを手にしていた。

(……やっぱり、断られちゃうかな)

ぐるぐると不安が頭を巡る。
どうしても耐えられなくて、私は親友の奈々子に電話をかけた。

「もしもし?奈々子?今大丈夫?」

『おー、雨音?うん、課題終わらせたところ。なーに、声暗いじゃん』

「……ちょっとね。あのさ、湊のことなんだけど」

『あー!ついに呼び捨て!はいはい、好きなんでしょ?』

「ちょ、ちが……いや、違わなくないけど!」

顔が熱くなるのを隠せない。

『で、どうしたの?』

「今日ね、私……生徒会の推薦で湊…くんの名前出しちゃって」

『は!? なにそれ、爆弾投下してんじゃん!』

「だ、だって! あの場であの流れで……ああいうときの湊くんなら、ちゃんとやってくれると思ったの!」

必死に言い訳してる自分に気づく。
電話の向こうで、奈々子はクスクス笑った。

『ふーん。で、推薦した本当の理由は?』

「…………」

口をつぐんだ私に、奈々子はため息をついて続けた。

『雨音、あんたさ、分かりやすいんだよ。湊くんと一緒に帰ってる時の顔とか、クラスでちょっと目が合ったときとか。もう全部“好きです”って書いてある。』

「や、やめてよ……恥ずかしい」

枕に顔を押し付ける。
でも、図星すぎて何も言えない。

『で、湊くんはどうなの?』

「分かんない。いつも嫌そうに“また相合傘かよ”とか言うけど……でも、ちゃんと傘に入れてくれるし。濡れたら自分のハンカチで拭いてくれたりとか……。優しいんだよ、すごく。」

思わず、声が小さくなった。

『はい、完全に恋じゃん。』

「…………」

『でも、推薦された本人はどう思ってるんだろうね。雨音が押し付けたって思ってるかもよ?』

「……それでもいいの。嫌われても。あのときの湊くんを見て、思っちゃったんだ。もっと、あの人に自信を持ってほしいって」

電話口がしばらく静かになった。
やがて奈々子が優しい声で言った。

『……雨音はさ、ほんといい子だよ。好きな人のために泣けるなんて。たぶん湊くんも、あんたに救われてる。』

涙腺が少し緩んで、目頭が熱くなる。

「……ありがと、奈々子」

『ほら、泣いてんじゃん。泣き虫。』

「うるさい!」

拗ねた声を出しながら、私は小さく笑った。
スマホを置いて、濡れた目をタオルで拭う。

(……どうか、伝わりますように)

夜の雨音に、そっと願いを託した。