—1—
ハンター協会本部に駆けつけたオレと桔梗さんは会長室に通された。
顔に十字の傷の入った強面の男——ハンター協会会長の獅子王武が携帯端末から視線を上げる。
「たった今、A級ダンジョンを繋ぐゲートが消滅したとの報告が入った」
獅子王さんは神妙な面持ちでそう呟いた。
ゲートの消滅が意味するもの。
それはダンジョンに行く手段を失ったということになる。
「あの時と同じか」
肩を落とし、落胆した様子を見せる桔梗さん。
どうやら心当たりがあるみたいだ。
「断定はできないが恐らくダンジョン核の破壊だろうな」
「となるとリーダーと冬士は時空の歪みに巻き込まれたことになる」
「協会からハンターを選抜して現地に向かう。すぐに出発するぞ」
獅子王さんが携帯端末を耳に当てて早足で部屋から出て行った。
魔王の出現に加えて『四帝王』リーダーである父の死。
これらの情報が公に漏れれば世間に混乱をきたすとの判断から、獅子王さんはギルドの中でも信頼のおけるA級パーティー『零翼騎士団』を招集した。
零翼騎士団には極秘クエストとしてA級ゲート付近の調査を依頼した。
調査には責任者として獅子王さんも同行。
現地に到着すると獅子王さんはゲートの警備にあたっていたハンター協会員から詳細を聞き出した。
協会員の話ではゲートの消滅と同時に大規模な爆発が起こったらしい。
それを裏付けるように辺り一面が焼け野原になっている。
オレと桔梗さんは零翼騎士団と周囲を探索するもこれといって異常は確認できず、魔物の気配も無ければ父さんや冬士に繋がる手掛かりも残されていなかった。
数時間にも及ぶ捜索も収穫はゼロ。
A級ダンジョンを繋ぐゲートの消滅と父さんの死。
冬士の行方不明という事実だけが残された。
帰路に着く道中で獅子王さんと桔梗さんからダンジョン核の破壊について聞かされた。
ダンジョン核が破壊され、時空の歪みに巻き込まれた者は世界のどこかに弾き出されるらしい。
過去に『四帝王』がS級ダンジョンを攻略していた際に同様の現象に巻き込まれたという。
弾き出された先が日本ならまだいいが、海外だったら何かと厄介だ。
家で帰りを待っていた母さんには桔梗さんからダンジョンで起こった顛末が説明された。
獅子王さんも同席し、ハンター協会会長の立場にありながら力になれなかったことを謝罪。引き続き調査を続ける旨を話した。
手掛かりもなく、事件は迷宮入りするかと思われたが、翌朝に事態は急転する。
宮城県の北部に位置する小さな集落で大量虐殺事件が発生したのだ。
一命を取り留めた村民のインタビューによると犯人は皇明臣。
村民の証言を参考に死んだはずのオレの父親が殺人犯として全国に指名手配された。
ハンター協会が父さんの死を公表しなかったことが裏目に出てしまったのだ。
オレは一夜にして殺人鬼の息子となった。
—2—
『青葉、みんなを、母さんを頼む……』
死に際に放たれた父さんの言葉が繰り返し脳内を駆け巡る。
オレはA級ハンターとしてソロでダンジョンに潜り続けていた。
人前で素顔を晒せば殺人鬼の息子として指を差されるため、B級ドロップアイテム『月夜の仮面』を装着して素性を隠している。
蘇生の魔王・アドラメレクを追い求めて低難易度のダンジョンから手当たり次第攻略している。
事件から1週間以上が経った今でも父さんの遺体や冬士は見つかっていない。
一体どこに消えてしまったのか。
まだ時空の歪みの中を彷徨っているのだろうか。
全国に指名手配された父さんの偽物は行方をくらまし、周辺の地域住民を恐怖に陥れている。
世間からの風当たりも強く、保育士をしていた母さんは職場に居場所が無くなり退職。保護者からも心無い言葉を浴びせられたという。
退職後は家で顔を合わせても会話はほとんど無く、部屋に引きこもるようになった。
連日のように嫌がらせの張り紙や郵便物が届き、昼夜問わず野次馬が罵声を浴びせにやって来る始末だ。
子供好きで気さくだった母親の姿は見る影もなく、完全に塞ぎ込んでしまい、精神的に参ってしまっているのが見て取れた。
冤罪で捕まった人の家族はこれだけ辛い思いをしながら生活していると思うと強い憤りを覚える。
ハンター協会と警察と報道関係者の連携が取れていれば防げた事態なだけにぶつけようのない怒りをオレはダンジョンで発散していた。
職を失った母さんの代わりにオレがダンジョンの報酬で生計を立てる。
父さんが残した蓄えがあるから向こう数年は生活に困らないが、貯めておいて損はない。
もっと強くならなくては。
S級に昇格して、さらにその上のレベルに到達しなくては。
より高みを目指して。
蘇生の魔王はそれほどまでに強い。
この世界でアドラメレクの強さを知っているのはオレと桔梗さんしかいない。
利き腕を失った桔梗さんは全盛期ほどの力は出せない。
だとしたらオレがやるしかない。
怒りを原動力に死に物狂いで食らいつく。
オレは、オレの人生を滅茶苦茶にした魔王をこの手で殺す。
オレが力を求めてダンジョンに入り浸るようになって家を数日空けたある日、母さんは世間のバッシングに耐え切れず自ら命を絶った。
オレは父さんと交わした最後の約束すら守ることができなかった。
—3—
5年後。
S級ゲートの入り口を挟むようにスーツ姿の男が2人立っていた。
片方は社会人になりたての清潔感のある真面目そうな青年。
片方は40代のベテラン。仕事中だというのに煙草を吹かしている。
「仮面を付けた男がソロでS級ダンジョンに入ってから6日。獅子王会長の許可が出ているとはいえ、A級ハンターがS級ダンジョンに挑戦っていくらなんでもおかしくないですか?」
「お前は協会に入って何年だ?」
「えっと、今年で2年目です」
「なら知らないのも無理ないか」
男が吐いた煙草の煙が風に乗って上空へと消える。
「奴が付けている仮面はB級ドロップアイテム『月夜の仮面』だ。B級ダンジョンのボス『屍の騎士』を倒すことで手に入れることができる」
「月夜の仮面……聞いたことがあります。ですが、そのダンジョンに繋がるゲートは消滅したはずじゃ?」
「5年前にな。月夜の仮面も当時はそれほどレア度も高くは無かったんだが今では入手不能アイテムって訳だ。ハンター達の間でも噂になり始めている。仮面を付けた凄腕のハンターがいるってな」
「いくら凄腕のハンターとは言ってもS級ダンジョンの攻略難易度はS級ハンター1人以上を含むパーティーが最低条件になってるはずです。本当に1人で行かせてよかったんですかね?」
男の心配を嘲笑うかのようにゲートの中から漆黒の返り血を浴びた仮面の男が現れた。
「お疲れ様です。獅子王会長からあなたが戻ったら渡すようにと預かっていまして」
煙草の吸い殻を携帯灰皿にしまい、男は内ポケットから手紙を取り出した。
仮面の男は差し出された手紙を無言で受け取り、軽く頭を下げると何事も無かったかのように去っていった。
「ほんと、何者なんですかあの人」
「さあな。屍王、巷ではそう呼ばれてるらしい」
2人の協会員は仮面の男が立ち去った方角を静かに見つめるのだった。
—4—
S級ダンジョン攻略後、協会員から受け取った手紙を開封する。
獅子王さんからと言っていたが、差出人は桔梗さんからだった。
オレがS級ダンジョンに潜ることをどこかで聞きつけて獅子王さんに渡すよう頼んだのだろう。
『7人の炎帝候補生の中に魔王が紛れ込んでいる。学院に転入して正体を暴いてくれないか』
何を根拠に魔王が紛れ込んでいると判断したのか。
大事な詳細が一切書かれておらず、短く興味をひく文章だけが記されていた。
事件から5年が経ち、オレは17歳になった。
年代で言えば高校3年生の代にあたる。
当然、指名手配犯の息子になってから学校には通っていない。
「オレに今更学生生活が送れるのか?」
そんな疑問がつい溢れる。
どちらにせよ、桔梗さんに話を聞くのが先か。
5年の歳月を経てようやく訪れた機会にオレの胸は高鳴っていた。
ハンター協会本部に駆けつけたオレと桔梗さんは会長室に通された。
顔に十字の傷の入った強面の男——ハンター協会会長の獅子王武が携帯端末から視線を上げる。
「たった今、A級ダンジョンを繋ぐゲートが消滅したとの報告が入った」
獅子王さんは神妙な面持ちでそう呟いた。
ゲートの消滅が意味するもの。
それはダンジョンに行く手段を失ったということになる。
「あの時と同じか」
肩を落とし、落胆した様子を見せる桔梗さん。
どうやら心当たりがあるみたいだ。
「断定はできないが恐らくダンジョン核の破壊だろうな」
「となるとリーダーと冬士は時空の歪みに巻き込まれたことになる」
「協会からハンターを選抜して現地に向かう。すぐに出発するぞ」
獅子王さんが携帯端末を耳に当てて早足で部屋から出て行った。
魔王の出現に加えて『四帝王』リーダーである父の死。
これらの情報が公に漏れれば世間に混乱をきたすとの判断から、獅子王さんはギルドの中でも信頼のおけるA級パーティー『零翼騎士団』を招集した。
零翼騎士団には極秘クエストとしてA級ゲート付近の調査を依頼した。
調査には責任者として獅子王さんも同行。
現地に到着すると獅子王さんはゲートの警備にあたっていたハンター協会員から詳細を聞き出した。
協会員の話ではゲートの消滅と同時に大規模な爆発が起こったらしい。
それを裏付けるように辺り一面が焼け野原になっている。
オレと桔梗さんは零翼騎士団と周囲を探索するもこれといって異常は確認できず、魔物の気配も無ければ父さんや冬士に繋がる手掛かりも残されていなかった。
数時間にも及ぶ捜索も収穫はゼロ。
A級ダンジョンを繋ぐゲートの消滅と父さんの死。
冬士の行方不明という事実だけが残された。
帰路に着く道中で獅子王さんと桔梗さんからダンジョン核の破壊について聞かされた。
ダンジョン核が破壊され、時空の歪みに巻き込まれた者は世界のどこかに弾き出されるらしい。
過去に『四帝王』がS級ダンジョンを攻略していた際に同様の現象に巻き込まれたという。
弾き出された先が日本ならまだいいが、海外だったら何かと厄介だ。
家で帰りを待っていた母さんには桔梗さんからダンジョンで起こった顛末が説明された。
獅子王さんも同席し、ハンター協会会長の立場にありながら力になれなかったことを謝罪。引き続き調査を続ける旨を話した。
手掛かりもなく、事件は迷宮入りするかと思われたが、翌朝に事態は急転する。
宮城県の北部に位置する小さな集落で大量虐殺事件が発生したのだ。
一命を取り留めた村民のインタビューによると犯人は皇明臣。
村民の証言を参考に死んだはずのオレの父親が殺人犯として全国に指名手配された。
ハンター協会が父さんの死を公表しなかったことが裏目に出てしまったのだ。
オレは一夜にして殺人鬼の息子となった。
—2—
『青葉、みんなを、母さんを頼む……』
死に際に放たれた父さんの言葉が繰り返し脳内を駆け巡る。
オレはA級ハンターとしてソロでダンジョンに潜り続けていた。
人前で素顔を晒せば殺人鬼の息子として指を差されるため、B級ドロップアイテム『月夜の仮面』を装着して素性を隠している。
蘇生の魔王・アドラメレクを追い求めて低難易度のダンジョンから手当たり次第攻略している。
事件から1週間以上が経った今でも父さんの遺体や冬士は見つかっていない。
一体どこに消えてしまったのか。
まだ時空の歪みの中を彷徨っているのだろうか。
全国に指名手配された父さんの偽物は行方をくらまし、周辺の地域住民を恐怖に陥れている。
世間からの風当たりも強く、保育士をしていた母さんは職場に居場所が無くなり退職。保護者からも心無い言葉を浴びせられたという。
退職後は家で顔を合わせても会話はほとんど無く、部屋に引きこもるようになった。
連日のように嫌がらせの張り紙や郵便物が届き、昼夜問わず野次馬が罵声を浴びせにやって来る始末だ。
子供好きで気さくだった母親の姿は見る影もなく、完全に塞ぎ込んでしまい、精神的に参ってしまっているのが見て取れた。
冤罪で捕まった人の家族はこれだけ辛い思いをしながら生活していると思うと強い憤りを覚える。
ハンター協会と警察と報道関係者の連携が取れていれば防げた事態なだけにぶつけようのない怒りをオレはダンジョンで発散していた。
職を失った母さんの代わりにオレがダンジョンの報酬で生計を立てる。
父さんが残した蓄えがあるから向こう数年は生活に困らないが、貯めておいて損はない。
もっと強くならなくては。
S級に昇格して、さらにその上のレベルに到達しなくては。
より高みを目指して。
蘇生の魔王はそれほどまでに強い。
この世界でアドラメレクの強さを知っているのはオレと桔梗さんしかいない。
利き腕を失った桔梗さんは全盛期ほどの力は出せない。
だとしたらオレがやるしかない。
怒りを原動力に死に物狂いで食らいつく。
オレは、オレの人生を滅茶苦茶にした魔王をこの手で殺す。
オレが力を求めてダンジョンに入り浸るようになって家を数日空けたある日、母さんは世間のバッシングに耐え切れず自ら命を絶った。
オレは父さんと交わした最後の約束すら守ることができなかった。
—3—
5年後。
S級ゲートの入り口を挟むようにスーツ姿の男が2人立っていた。
片方は社会人になりたての清潔感のある真面目そうな青年。
片方は40代のベテラン。仕事中だというのに煙草を吹かしている。
「仮面を付けた男がソロでS級ダンジョンに入ってから6日。獅子王会長の許可が出ているとはいえ、A級ハンターがS級ダンジョンに挑戦っていくらなんでもおかしくないですか?」
「お前は協会に入って何年だ?」
「えっと、今年で2年目です」
「なら知らないのも無理ないか」
男が吐いた煙草の煙が風に乗って上空へと消える。
「奴が付けている仮面はB級ドロップアイテム『月夜の仮面』だ。B級ダンジョンのボス『屍の騎士』を倒すことで手に入れることができる」
「月夜の仮面……聞いたことがあります。ですが、そのダンジョンに繋がるゲートは消滅したはずじゃ?」
「5年前にな。月夜の仮面も当時はそれほどレア度も高くは無かったんだが今では入手不能アイテムって訳だ。ハンター達の間でも噂になり始めている。仮面を付けた凄腕のハンターがいるってな」
「いくら凄腕のハンターとは言ってもS級ダンジョンの攻略難易度はS級ハンター1人以上を含むパーティーが最低条件になってるはずです。本当に1人で行かせてよかったんですかね?」
男の心配を嘲笑うかのようにゲートの中から漆黒の返り血を浴びた仮面の男が現れた。
「お疲れ様です。獅子王会長からあなたが戻ったら渡すようにと預かっていまして」
煙草の吸い殻を携帯灰皿にしまい、男は内ポケットから手紙を取り出した。
仮面の男は差し出された手紙を無言で受け取り、軽く頭を下げると何事も無かったかのように去っていった。
「ほんと、何者なんですかあの人」
「さあな。屍王、巷ではそう呼ばれてるらしい」
2人の協会員は仮面の男が立ち去った方角を静かに見つめるのだった。
—4—
S級ダンジョン攻略後、協会員から受け取った手紙を開封する。
獅子王さんからと言っていたが、差出人は桔梗さんからだった。
オレがS級ダンジョンに潜ることをどこかで聞きつけて獅子王さんに渡すよう頼んだのだろう。
『7人の炎帝候補生の中に魔王が紛れ込んでいる。学院に転入して正体を暴いてくれないか』
何を根拠に魔王が紛れ込んでいると判断したのか。
大事な詳細が一切書かれておらず、短く興味をひく文章だけが記されていた。
事件から5年が経ち、オレは17歳になった。
年代で言えば高校3年生の代にあたる。
当然、指名手配犯の息子になってから学校には通っていない。
「オレに今更学生生活が送れるのか?」
そんな疑問がつい溢れる。
どちらにせよ、桔梗さんに話を聞くのが先か。
5年の歳月を経てようやく訪れた機会にオレの胸は高鳴っていた。



