—1—
「何者だ?」
父さんが殺気を剥き出しにしてオレと冬士を隠すように一歩前に出た。
桔梗さんもS級ドロップアイテム『火之迦具土』——緋色の剣の柄を握りいつでも戦闘体制に入れる準備を整える。
「我が名は蘇生の魔王・アドラメレク。魔族の王だ」
圧倒的な存在感。
心臓を鷲掴みにされたかのような威圧。
アドラメレクが声を発しただけで空気がヒリつき、上から重力の壁で押し付けられているかのように体に負荷が掛かる。
「蘇生の魔王だと……」
父さんがポツリと呟く。
筋骨隆々な肉体に刻まれた赤い紋様。
光沢のある赤の羽織を纏っており、縦に黒のラインが入っている。
男らしい整った顔立ちに肩まで伸びた黒髪。黒髪の間からは金の耳飾りが見え隠れしている。
「こちらは名乗ったぞ。人族、貴様の名は?」
虎が獲物を狙うような鋭い眼光。
堂々たる佇まいからは王の風格が滲み出ている。
「皇明臣。人類の平和の為にお前たち魔族を狩る者だ」
「己が種族の安寧が保たれるのなら他種族はどうなってもいいと。それが人族の考えということか」
「……何を言って」
アドラメレクの怒気を孕んだ口調に父さんも言葉に詰まった。
「まあ、よい。宴を開くにはここは些かカビ臭い。我が相応しいステージを用意しよう」
アドラメレクが指を鳴らすと一瞬で闘技場へと場所が変わった。
「今のは転移魔法なのか?」
無人の観客席に囲まれた円形の闘技場。
イタリア・ローマのコロッセオを連想させられる。
転移はアドラメレクの魔法によるものだと思われるが、ここがダンジョンの中なのかはたまた別のどこかなのかは分からない。
ただ、闘技場内から外への出口は存在せず、吹き抜けから空を見上げても透明の障壁が張られているのか僅かに雲が歪んで見える。
「さあ、何人でもまとめて掛かってくるがいい」
アドラメレクが人差し指を立ててこちらに手招きする。
「冬士と青葉は下がってろ。こいつは俺と桔梗で対処する」
「初手から全力でいかないと不味そうだな」
桔梗さんが『火之迦具土』を正眼に構える。
「師匠、俺も戦います!」
「ダメだ。恐らくあいつはこれまで私たちが戦ってきたどの敵よりも強い。未来ある弟子をこんなところで死なせる訳にはいかない」
「ですが——」
「屍の騎士との戦闘で青葉が怪我を負っている。青葉と2人で外に出る手掛かりがないか探ってほしい」
「……分かりました。青葉、行くぞ」
冬士に手を引かれて父さんや桔梗さんに背を向ける。
左腕の出血は破いた衣服で縛り上げて止血している。
アドレナリンで痛覚が麻痺しているせいかそこまで痛みも感じない。
国内最強と謳われるS級ハンターが2人。
対するは魔族の王。
A級に昇格したばかりのオレが加勢したところで邪魔になるだけだ。
パーティーにはそれぞれの役割がある。
昇級試験の為の臨時のパーティーだが、今は与えられた役割を全うするしかない。
「炎帝裂波」
灼熱の炎の波が闘技場の隅々にまで押し寄せる。
『火之迦具土』による桔梗さんの一撃。
大抵の魔物はこの攻撃で真っ二つに両断されるのだが、アドラメレクは槍を顕現させて斬撃を断ち切っていた。
「その剣も悪くは無いが『魔槍・ブリューナク』には敵わんようだな」
アドラメレクが身に纏っている羽織や装飾品と同色である赤、黒、金で構成された魔槍。
穂が複数に分かれており、銅金に雷を模した刃が絡まるようにして巻き付いている。
「っ!」
目で追えぬ閃光のような速度でアドラメレクの間合いに飛び込んだ父さんが拳を振るう。
魔槍を握っていない左腹部を狙った一撃。
アドラメレクはこれに咄嗟に反応して左腕を盾にして防いだ。
間髪入れずに逆の拳を鳩尾目掛けて下から振り上げる。
アドラメレクは宙に『魔槍・ブリューナク』を投げ捨て、右手で父さんの拳を受け止めた。
「桔梗、今だ!」
「炎帝裂波ッ!」
タイミングを窺い集中力を上げていた桔梗さんが『火之迦具土』を振り抜き、炎の斬撃を放つ。
「この程度で我が首を取ったと思うな」
空から降ってきた魔槍を跳躍して掴み、空中で体を反転させる。
「裁きの落雷」
闘技場に荒れ狂ったように雷が降り注ぐ。
炎の斬撃がアドラメレクの首元まで残り数センチで届こうかという時、避雷針のように天に伸ばした魔槍に雷が落ち、斬撃を相殺した。
爆風と轟音が鳴り響く中、父さんと桔梗さんがアドラメレクを挟むようにして同時に襲い掛かる。
決めにいった一手を防がれても一切動揺すること無く、アイコンタクトを交わしただけで互いの思考を共有し、次の一手を繰り出す2人の姿から数々の修羅場を潜り抜けてきたことが窺える。
S級相当の高難易度ダンジョンを攻略し、魔物の暴走を食い止め、国に平穏な日々を享受し続けた最強のパーティー『四帝王』。
そこに所属するこの2人が勝てなければ恐らく誰も魔王を討ち取ることができないだろう。
入れ替わり立ち替わりで父さんと桔梗さんがアドラメレクに迫る。
激しく入り乱れながらも着実に攻撃を当てに行くが、寸前で防がれてしまう。
『火之迦具土』は『魔槍・ブリューナク』によって弾かれ、父さんの拳は上手く受け流されている。
「もう飽きた」
「えっ……?」
アドラメレクが魔槍を一閃。
真一文字に薙いだ『火之迦具土』と桔梗さんの腕が宙を舞っていた。
「師匠!」
利き腕である右腕の切断。
桔梗さんは残された左手で切断面を押さえ、その場に蹲る。
溢れ出る鮮血が地面に血溜まりを作っていく。
「次はお前だ。皇明臣」
「よくもやってくれたな」
父さんが腰を深く落とし、拳を眼前に構える。
渦を巻くような闘気が放たれ、アドラメレクの発するオーラと反発してバチバチと音を立てる。
息もできないような地獄の数分間が幕を開ける。
「何者だ?」
父さんが殺気を剥き出しにしてオレと冬士を隠すように一歩前に出た。
桔梗さんもS級ドロップアイテム『火之迦具土』——緋色の剣の柄を握りいつでも戦闘体制に入れる準備を整える。
「我が名は蘇生の魔王・アドラメレク。魔族の王だ」
圧倒的な存在感。
心臓を鷲掴みにされたかのような威圧。
アドラメレクが声を発しただけで空気がヒリつき、上から重力の壁で押し付けられているかのように体に負荷が掛かる。
「蘇生の魔王だと……」
父さんがポツリと呟く。
筋骨隆々な肉体に刻まれた赤い紋様。
光沢のある赤の羽織を纏っており、縦に黒のラインが入っている。
男らしい整った顔立ちに肩まで伸びた黒髪。黒髪の間からは金の耳飾りが見え隠れしている。
「こちらは名乗ったぞ。人族、貴様の名は?」
虎が獲物を狙うような鋭い眼光。
堂々たる佇まいからは王の風格が滲み出ている。
「皇明臣。人類の平和の為にお前たち魔族を狩る者だ」
「己が種族の安寧が保たれるのなら他種族はどうなってもいいと。それが人族の考えということか」
「……何を言って」
アドラメレクの怒気を孕んだ口調に父さんも言葉に詰まった。
「まあ、よい。宴を開くにはここは些かカビ臭い。我が相応しいステージを用意しよう」
アドラメレクが指を鳴らすと一瞬で闘技場へと場所が変わった。
「今のは転移魔法なのか?」
無人の観客席に囲まれた円形の闘技場。
イタリア・ローマのコロッセオを連想させられる。
転移はアドラメレクの魔法によるものだと思われるが、ここがダンジョンの中なのかはたまた別のどこかなのかは分からない。
ただ、闘技場内から外への出口は存在せず、吹き抜けから空を見上げても透明の障壁が張られているのか僅かに雲が歪んで見える。
「さあ、何人でもまとめて掛かってくるがいい」
アドラメレクが人差し指を立ててこちらに手招きする。
「冬士と青葉は下がってろ。こいつは俺と桔梗で対処する」
「初手から全力でいかないと不味そうだな」
桔梗さんが『火之迦具土』を正眼に構える。
「師匠、俺も戦います!」
「ダメだ。恐らくあいつはこれまで私たちが戦ってきたどの敵よりも強い。未来ある弟子をこんなところで死なせる訳にはいかない」
「ですが——」
「屍の騎士との戦闘で青葉が怪我を負っている。青葉と2人で外に出る手掛かりがないか探ってほしい」
「……分かりました。青葉、行くぞ」
冬士に手を引かれて父さんや桔梗さんに背を向ける。
左腕の出血は破いた衣服で縛り上げて止血している。
アドレナリンで痛覚が麻痺しているせいかそこまで痛みも感じない。
国内最強と謳われるS級ハンターが2人。
対するは魔族の王。
A級に昇格したばかりのオレが加勢したところで邪魔になるだけだ。
パーティーにはそれぞれの役割がある。
昇級試験の為の臨時のパーティーだが、今は与えられた役割を全うするしかない。
「炎帝裂波」
灼熱の炎の波が闘技場の隅々にまで押し寄せる。
『火之迦具土』による桔梗さんの一撃。
大抵の魔物はこの攻撃で真っ二つに両断されるのだが、アドラメレクは槍を顕現させて斬撃を断ち切っていた。
「その剣も悪くは無いが『魔槍・ブリューナク』には敵わんようだな」
アドラメレクが身に纏っている羽織や装飾品と同色である赤、黒、金で構成された魔槍。
穂が複数に分かれており、銅金に雷を模した刃が絡まるようにして巻き付いている。
「っ!」
目で追えぬ閃光のような速度でアドラメレクの間合いに飛び込んだ父さんが拳を振るう。
魔槍を握っていない左腹部を狙った一撃。
アドラメレクはこれに咄嗟に反応して左腕を盾にして防いだ。
間髪入れずに逆の拳を鳩尾目掛けて下から振り上げる。
アドラメレクは宙に『魔槍・ブリューナク』を投げ捨て、右手で父さんの拳を受け止めた。
「桔梗、今だ!」
「炎帝裂波ッ!」
タイミングを窺い集中力を上げていた桔梗さんが『火之迦具土』を振り抜き、炎の斬撃を放つ。
「この程度で我が首を取ったと思うな」
空から降ってきた魔槍を跳躍して掴み、空中で体を反転させる。
「裁きの落雷」
闘技場に荒れ狂ったように雷が降り注ぐ。
炎の斬撃がアドラメレクの首元まで残り数センチで届こうかという時、避雷針のように天に伸ばした魔槍に雷が落ち、斬撃を相殺した。
爆風と轟音が鳴り響く中、父さんと桔梗さんがアドラメレクを挟むようにして同時に襲い掛かる。
決めにいった一手を防がれても一切動揺すること無く、アイコンタクトを交わしただけで互いの思考を共有し、次の一手を繰り出す2人の姿から数々の修羅場を潜り抜けてきたことが窺える。
S級相当の高難易度ダンジョンを攻略し、魔物の暴走を食い止め、国に平穏な日々を享受し続けた最強のパーティー『四帝王』。
そこに所属するこの2人が勝てなければ恐らく誰も魔王を討ち取ることができないだろう。
入れ替わり立ち替わりで父さんと桔梗さんがアドラメレクに迫る。
激しく入り乱れながらも着実に攻撃を当てに行くが、寸前で防がれてしまう。
『火之迦具土』は『魔槍・ブリューナク』によって弾かれ、父さんの拳は上手く受け流されている。
「もう飽きた」
「えっ……?」
アドラメレクが魔槍を一閃。
真一文字に薙いだ『火之迦具土』と桔梗さんの腕が宙を舞っていた。
「師匠!」
利き腕である右腕の切断。
桔梗さんは残された左手で切断面を押さえ、その場に蹲る。
溢れ出る鮮血が地面に血溜まりを作っていく。
「次はお前だ。皇明臣」
「よくもやってくれたな」
父さんが腰を深く落とし、拳を眼前に構える。
渦を巻くような闘気が放たれ、アドラメレクの発するオーラと反発してバチバチと音を立てる。
息もできないような地獄の数分間が幕を開ける。



