黒稜が帰宅すると、紫音が慌てたように花壇の手入れをしていた。
忙しなく動き回り肥料をやったり接ぎ木をしたりと、土だらけになっている着物など目もくれずに花の手入れをしている。
黒稜はその肩にそっと触れる。
すると紫音は振り返り、黒稜の顔を認めると顔を真っ青にした。
紫音の後ろにある花壇の花々は、必死に立ってはいるのだが、足元は踏み荒らされたようにぺたんこになっている。
黒稜は眉間に皺を寄せ、紫音に向き直る。
すると紫音が勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ございませんっ! 旦那様……! 私の、不注意で……!」
黒稜が唯一大事にしていたであろう庭の花壇。それを弥生のせいとはいえ、紫音が不注意だったばかりに踏みにじられてしまった。
(ああ、せっかくこの家に置いてくれていたのに……、私は旦那様に恩を仇で返すようなことを……)
紫音はぐっと唇を噛みしめる。
しかし黒稜からは特に反応がなく、顔を上げると紫音の横にしゃがんで土いじりを始めた。
「え……?」
黒稜は紫音に顔を向け、その口元がはっきりと見えるように動かす。
「理由はどうあれ、今は急いだ方がよいのではないか?」
「は、はい!」
黒稜の言葉に、紫音も慌てて花達の回復に精を出す。
いくつかの花はしおれてしまっていたが、紫音と黒稜は出来るだけの手は尽したつもりである。
汗を拭うと、紫音の顔に泥が広がった。
そんな紫音を見て、黒稜は浅くため息をついた。
「そこまでこの花壇に必死になる必要はない。もともと母が大切にしていた花壇で、他にも気に掛けくれていた者はいたのだが……。私も水をやるくらいで、特になにもしていない」
紫音はふるふると首を横に振る。そうしてゆっくりと丁寧に言葉を音にしていく。
「私は、この花達を、大事にしたいのです……」
水をやっていただけだというが、それだけならこんなにも立派に色んな花が咲くことはないだろう。恐らく、黒稜もある程度この花達を気に掛けていたに違いないのだ。紫音はそう思っていた。
それに、傷だらけの紫音の心を癒してくれたのもこの花達だったのだから。
黒稜は紫音の言葉に少し驚いたように目を見開いた。
そして彼女を見るうち、紫音の中で渦巻く呪いが強くなっていることに気が付く。
「紫音」
「え?」
初めて名前を呼ばれ、紫音は目を丸くする。
「今日、ここに来訪者があったな?」
「はい……」
「それは誰だ?」
紫音は少し視線を彷徨わせたあと、黒稜の瞳を恐る恐る見つめ返す。
「私の、妹の、弥生です……」
「そうか」
黒稜は先程自宅の周辺で出逢った娘のことを思い出す。
(結界内に嫌なものが入り込んできたと慌てて帰ってみたら……そうか、あれが北条院のもう一人の娘か)
黒稜は警戒の色を濃くする。
ただの娘ではないと、自分の中の血がざわざわと告げていた。
大方その娘が紫音に手を出し花壇を荒らしたのだろうことも、黒稜にはなんとなくわかっていた。
紫音は北条院家でいい扱いをされてこなかったことも、黒稜には想像がついている。
大切にされている娘ならば、こんなぼろぼろの着物に容姿をしていないだろうし、そもそも妖屋敷などと噂される御影に、簡単に嫁がせることなどしないだろう。
派手な着物と簪を挿した派手な顔の娘を思い出す。
黒稜にとって紫音の生活を想像するのには、それで十分だった。
(不憫な娘だ)
黒稜は泥だらけになった紫音を見て、そう思った。
「紫音」
「は、はいっ」
黒稜の呼びかけに紫音は姿勢を正す。
「明日は早朝に出る。支度をしておけ」
「え……? は、はい……」
なんのことかわからないまま、紫音は頷く。
そうして黒稜に促され、二人は屋敷へと戻っていった。



