ベッドサイドには円香さんの姿があった。丸椅子に座り、本を読んでいる。
 体を起こそうとすると、腹部に鋭い痛みが走った。
「純平くんっ!?」
 円香さんが弾かれたように立ち上がり、俺の顔を覗き込んできた。
「純平くん……よかった。本当によかった……」
 感極まったような円香さんの声で、山口静子に刺されたことを思い出す。窓から射し込む光は強い。昼頃だろう。
「よかった……純平くん……あなたがもう目覚めないと思ったら私……怖くて怖くて……」
 円香さんは涙をボロボロ流しながら言った。
「ずっと……ここにいてくれたんですか?」
 よく見れば目の下には濃いクマがあった。髪も洗っていないのかベタついている。両手に握られたハンカチを認めると、もうたまらなかった。視界がどんどん濡れていく。
「当然よ……だって純平くんは、私の大切な……」
 円香さんは服役中、何度も俺に会いにきてくれた。出所後もマンションを用意してくれた。罪滅ぼしだと分かっていても、甘えずにはいられなかった。
 でも、罪滅ぼし以外の理由があるとしたら、
 俺のことを気に入って、本当の息子のように思ってくれているのだとしたら……
 俺は、なんて幸せ者だろう。実の母親には恵まれなかったが、俺には円香さんがいる。俺のために泣いてくれる人がいる。
「お腹を痛めて産んだ子だもの」
「え」
「純平くん……」
 円香さんは自分の言葉に首を振った。
「ううん、純平……もう、純平でいいわよね? ……あなたは私の本当の子供なんだもの……純平……ごめんなさい……ひどい母親よね? あなたを置いていって、本当にごめんなさい……ごめんなさいっ……」
 謝りながら、けれど円香さんはどこか満ち足りたような表情で言った。
「私、母親失格よね……あなたが名乗った時、私、これは神様の仕業なんだと思ったわ。私はやっぱりあなたの母親。慎一ではなく、あなたの」
 引き潮のようにサーっと胸の高鳴りが引いていく。
 違う。早く否定しなくてはと思うのに、乾いた唇を動かすことができない。
「純平っ……もう、円香さんなんて呼ばなくていい。私のこと、母さんって呼んでいいのよ? あなたが死にかけて、私、吹っ切れた。もう他人のフリなんかしたくない。あなたは私の子供。純平、お母さんを許してくれるわね?」
 許すも何も。
 俺は、あなたの子供じゃない。