柚が大山邸に居候を始めて三週間。
今日は屋敷を掃除してから椿のいる神楽坂へやって来た。
「紹介しますわ、私の姉です」
椿の後ろからひょっこり現れたのは緋色に鮮やかな花模様の振り袖を身にまとい、真っ赤な紅を引く女性だった。化粧も身なりもかなり派手だが、誰もが振り返って感嘆のため息をつく程の色気と美しさがある。
「アタシは音寧(おとね)。柚ちゃんのことは椿から聞いてるよ。まぁ、それは置いといて…」
彼女は中腰になり、柚と目線を合わせてきた。じっと柚の顔のパーツを観察するように…。
「ちょっと、何でビクビクしてるのさ。別にここは怪しい場所じゃないよ。そりゃあ、置屋って聞けばいかがわしく思う人もいるけどさ、うちと郭を一緒にされちゃぁ…」
「置屋っ!?」
その単語に反応した柚は、がばっと身を乗り出した。
「ここって置屋なんですか!?」
「は?」
『置屋の方が調査はしやすいよね』
『まぁ、置屋でも目撃情報はあったらしいが』
強力な死ニカエリの情報について坂田と虎太郎が話していた会話を思い出す。
「アンタ、ここが置屋って知らずに来たのかい?」
「今知りました!」
「あ、そう…」
もしかして、ここで死ニカエリの情報を集められるのではないか?外側から分からないなら内側に入れば良い。
「あの、ここで働かせて下さい!」
「はぁ!?」
何時か観たアニメのワンシーンを再現してみる。ここで働けば、何か情報を掴めるかもしれない。
この生活がずっと続く訳じゃないからこそ、受けた恩と同等のものは返せないなら、せめて自分に出来ることをする。
「置屋は女性を磨く稽古場って聞いたんです!…違いましたか?」
「いや、その認識で間違ってはないけどさ…」
音寧の視線は椿に向けられる。
「椿、ここが置屋ってこと、この子に言ったか?」
「いいえ、そういえば言っていませんわ」
「アンタねぇ…」
椿がきょとんとすると、音寧は腕を組んでしばらく考え込んでしまった。
う〜んと額を摘んで考え込む音寧はパッと顔を上げてニッコリと笑った。
「まぁ、後で椿は叱るとして…柚ちゃん。アンタは置屋で何がしたい?」
「助けてくれた人がいるんです。でもよく分からないし、その人の助けになりたいのに足を引っ張ってばかりで…」
言い出したら歯止めが効かなくなってしまった。
勇の母が言っていた『身元も分からないような娘と同居しているようじゃ…』という言葉。家柄で判断されるこの時代には、庶民の柚と勇は釣り合わないと判断したのだろう。
おそらく勇は家柄問題という最大の敵の前でも飄々(ひょうひょう)としているだろう。
(もう、勇さんに迷惑かけたくない)
「でもさ、一人の男の為に一生懸命になる女ってのはアタシは嫌いじゃないよ。アンタ、よっぽどソイツに惚れてんだね」
「ち、ちち違います!別にそういうのじゃなくて…恩人っていうか…」
「はははっ、なー照れてんだよ。アンタの恋心はよーく、いや十分過ぎるくらい分かったから、アタシが磨き上げようじゃないか!!」
ぱっと顔を上げると、音寧はニヤリと笑み浮かべた。
「姉さん…程々にね…」やれやれといったように椿が言った。「姉さん、少しアツい人だから…」