「わぁ! 可愛い!」

 アザミが何度も何度もしつこく「好きだ」といってくるものだから、俺もついに折れてしまった。
 俺は自分の簡素な部屋の中で黒猫(ジジ)とじゃれるアザミを見て、幻でも見ているような気持ちになる。
 こいつ、もしかしてジジと遊びたくて俺と付き合い始めたんじゃあねぇだろうな。

 そうだったらまんまとはめられた。アザミと付き合い始めたことで、いらない恨みを山ほど買っただろう。

「猫と遊んだら帰れよ」
「えぇ、なんでだよう。そんなに邪険にしないでよ、仮にも彼女(・・)じゃない」
仮に(・・)な」

 アザミに冷たいアイスコーヒーを手渡して、自分もコーヒーを口に含む。

「私、ジジのことをダシにしたの」
「は?」

 俺をダシにしてジジに会いに来てるわけじゃなくて?

「二階堂君が猫が好きなのを知っていて、それで部室に一人でいることも知ってたから。私、どうしても二階堂君と親しくなりたくて」
「なんだよそれ、冗談止めろ、ストーカーかよ。なんで俺なんかに……」

 俺なんか、そもそもおまえにつり合わないんだよ。

 アザミはジジとじゃれ合う手を止めて、いつになく真剣な顔で俺を見た。そう、あの告白して来た時を同じ顔で。

「一年生の時、私が先輩たちに絡まれてたの、覚えてない?」
「一年?」

 去年のことなんかろくに覚えていない。なんかあったっけ。

「新入生歓迎会で酔った先輩たちに無理矢理お酒飲まされそうになって困ってたの。何度断っても缶酎ハイを手渡そうとしてくるし、誰も助けてくれそうになくて困ってた。二階堂君だけが、止めてくれたんだよ」
「あー」

 思い出した。その缶を奪い取って先輩の頭にかけてやったのだった。

「思い出した?」
「あの後先輩に殴られたのを思い出した」

 殴り返したら殺しちまいそうだったから受け身取って、好きなように殴らせてたら勝手にむこうがくたばっちまったんだよな――そういやあいつ、あの後大丈夫だったかな。どうでもいいから忘れてたな。

「ずっとお礼がいいたかったんだけど、どこの誰かわからなくて探すのに苦労したんだ。そうしたらね、今年の春に商店街にいる飼い猫とじゃれてるのを見かけて……」
「なっ」

 誰にも見られてないと思ってたのによ……ったく。どこで誰に見られてるかわかったもんじゃないな。今度からもっと気を付けないといけねぇな。

「初めに会ったときにお礼をいわなきゃいけなかったのに、なんだか野暮な感がしちゃっていいそびれていたの。いわなきゃいわなきゃって毎日部室に行っても二階堂君は全然話聞いてくれないし」
「だから毎日来てたのかよ……」
「でもね、毎日会うたびにどんどん素敵なところを発見して、どんどん好きになったんだよねぇ」

 恥ずかしいこというなよ。ただ実験道具いじってただけだろうが。格好のつくことなんか、何一つしていない。

「私を助けてくれてありがとう」

 照れたように笑うアザミの顔が、少しだけ綺麗に見えたのは、きっと錯覚だ。