「ねぇ二階堂君、どうしてそんなに研究熱心なの?」

 ある日、アザミがそんなことを尋ねて来た。その質問、何回目だよ。俺が適当に答えてるからいけないのか。

 そう思いいたって、時にはきちんとした答えをやってもいいだとろうと、俺は自分が薬学部に進んだ経緯を説明した。

「友達の母親が、癌で死んだから」

 蒼佑の母さんは俺たちが小六の時に死んだ。癌だって診断されてからあっという間に死んじまって、蒼佑の凹みようは、見ているこちらが苦しくなるほどだった。

「なぁ(しゅう)。なんで治らない病気があるんだろうな。風邪とか、すぐに治るじゃん」

 蒼佑がそういい始めたのは、母さんが亡くなってからだ。「しかたねぇだろ――」そんな言葉では片づけられなくらい、蒼佑は思いつめた顔でそういう。

「お医者さんも神様じゃないんだな。今の医療で、母さんの病気を治すのは無理だったんだって――」

 枯れた声で蒼佑がそういうのが、俺にはたまらなく辛かった。なんとかしてやりたい。俺が――

「俺、研究者になる」
「え?」
「大学行って、勉強して、なんでも治せる薬、作ってやる」

 今思うと我ながら馬鹿みたいな話だ。ガキらしいっていえばガキらしいけど。とにかく、蒼佑に元気になって欲しかったんだと思う。

「柊がいうと実現しそう。そうなったら、俺たちみたいに悲しい思いをするやつがいなくなるな」

 蒼佑がやっと笑った。その時点で、俺の未来が決まった。

「っつーわけで、俺は万能薬を作らなければいけない。おかしかったら笑ってもいい」

 全部話すと気恥ずかしかった。こういう話をすると、きっとたいていの奴は馬鹿みたいだって笑う。だけど――

「笑わないよ」
「は?」
「笑うわけないじゃん。めっちゃ格好いい」

 アザミが、いつになく真面目な顔でそういうから、俺はなんだか恥ずかしくなった。

「っつーわけだから。おまえは邪魔だから出て行ってくれ」

 あのよくわからない男の話によると、アザミは人気があるらしい。そんな女とこれ以上部室二人きりというのは悪い噂が立ちそうだ。いや、現に立っているではないか。

「ねぇ、二階堂君」

 アザミはいつものようには出て行かない。なんだよ、まだなんかあんのかよ。呼びかけに
視線を返さず、もくもくと手を動かしていると、アザミは構わず言葉をつづけた。

「私、あなたのことが好きです」

 は……おまえ、なにいってんだよ。

 思わず手が止まる。視線を上げると、赤い顔をしたアザミの顔が目に映る。冗談じゃ、ないんだな。

 俺なんかとおまえじゃ、釣り合わねぇだろ。馬鹿じゃねえの。