「ねぇ、二階堂君は就職先の希望とかある?」
 今日もアザミは呼んでもないのに部室に入り浸っている。
「……」
「うちの実家が薬局なんだけど、お兄ちゃん病院に就職しちゃって後継ぎがいないんだよ。うちの薬局継がない?」
「……絶対に嫌だ。俺は研究者になるから」
「大学に残るの?」
「そのつもり、ここの先生、けっこう偉い人だし。うまくいけば留学もさせてもらえるしな」
「二階堂君は研究熱心だもんねぇ。いいなぁ将来のことがしっかり決まってて」
「薬学に進む奴は大なり小なり将来決めて来てるに決まってんだろ」
「それもそうか……私、何になろうかなぁ。カフェの経営とかどうかな?」
「イインジャナイデスカ」
「あー棒読み、心がこもってない」
「うるせぇ、帰れ」

 こんな風に俺はいつもアザミのことを邪険にするのに、アザミは俺に不必要に絡んでくる。勘弁してくれ。

 そんな日々が三月ほど続いたからだろうか。俺は部室にアザミがいる状況になれつつあった。
 一方的に話すアザミのことは無視。時々聞こえてきた質問には適当に返事。そうやってかなりぞんざいに扱っていると思うのに、アザミはこりない。

「二階堂君、見た目は体育会系なのにね。運動、やってたでしょう?」

 ある日、アザミがそんなことを聞くので、思わず反応してしまった。

「バスケと空手やってた」
「やっぱり! 筋肉質だもんね」
「もうやんねぇけど」

 高校の時に靭帯に傷がついて、昔みたいには動けない。しばらく腐っていたけど、蒼佑が俺のことをあっちやこっちや連れまわすからそんなことも次第に忘れたっけ……足が痛いっつってんのにあいつはさぁ――自分も、バイトで忙しいくせに。

 二人でチャリこいで、海行ったり、湖行ったり。原チャの免許取ってからは行動範囲広がったよな。
 ちっさいテント担いで山に行って、吹雪で遭難しかけたり。ホント、馬鹿ばっかやったな。馬鹿ばっかで楽しかった。

「おーい二階堂君」

 アザミの声で、俺は記憶の中の羅臼の町から帰ってくる。

「んだよ」
「ジジに会いたいのですが」
「駄目っつてんだろ」

 ったく。写真や動画見せてやってんだろうが。あ、こいつがここに入り浸るのはジジのせいか。
 つってもさすがに一人家に上げるわけにはいかないしなぁ。他に友達連れてくればっつーのも俺が嫌なんだよな。だから大人しく我慢しろ。

「なぁ二階堂、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 教室で机に突っ伏して眠っていると、知らないやつの声が降ってきた。顔を上げると案の定知らないやつだ。おまえはなんで俺の名前を知ってるんだよ。

「なに?」
「おまえ、園芸部のアサミ(・・・)さんって知ってる?」

 園芸部のアサミ(・・・)

「知らねぇ」

 アザミ(・・・)なら知ってるけど。

「嘘つけ、おまえいつも生薬部の部室でなんかやってるだろ。なぁなぁ、アサミさんと付き合ってんのか?」
「だから、アサミなんて知らねぇって」
「そんなこといわずに! 付き合ってるか付き合ってないかくらい教えてくれよ」
「俺は誰とも付き合ってない」

 そう返すと、知らないやつは大きくガッツポーズをした。なんなんだ。

「ありがとう二階堂! アサミさん人気あんだよ。でも最近彼氏できたっぽいみたいな噂が出ててさぁ、それがおまえじゃないかって噂んなってて。おまえがそういうならデマだよなぁ。よかったぁ」

 なんか、色々間違っているのだが、訂正するのが面倒くさい。そもそも俺以外に彼氏候補がいるかも知れないだろう。糠喜びすんなよ。俺は嬉々として去っていく知らない男の背中に小さくつぶやいた。

「好きならせめて名前くらいちゃんと覚えろよな」

 アホくせぇ。