みんみん、じわじわと、聞くだけで暑くなってきそうな声が耳元でざわつく。





「シノ、これから暇?」


額からにじむ汗をぬぐっていると、前を歩いていた彼の口からそんな言葉が飛び出てくる。

卯の花色が、視界ににじむ。



暇、といえば、暇だ。

今日は部活も休みで、特にやることもない。



「‥‥‥‥暇です」

だけど。そう口にしてしまうと、途端に悪いことをしている気分になってしまうのはどうしてなんだろう。


「そっか」彼はそれだけ言って、口をつぐむ。




____ふと、横を見上げる。

こんなに暑いというのに、彼はというと、汗一つかかず涼しい顔をしている。

イケメンさんは汗もかかないのだろうか、とそんなことを思ってしまう。

彼だって人間なのだから、そんなわけないのだろうけど。



「‥‥‥あつく、ないですか」


「あついよ、そりゃ」私の疑問に、彼はなんともなしに答える。


「あついんですね」てっきり、熱さを感じないのかと思っていたから安心した。

汗をかいているのが私だけみたいで、ちょっと恥ずかしいなぁ、と思っていたから。



「うん。____だから、誘ってるんでしょ?」


「え」どこに、なんて。いつ言われたっけ。




「____冷たいの、食べたくない?」


彼はいじわるな笑顔で、私に聞く。

それにうなづいた私は、彼と一緒にバス停とは反対側に歩き出した。




この道を少し行くと、木陰に小さな駄菓子屋さんが見えてくる。

「かき氷」と書かれた、爽やかな水色ののれんが風鈴の音と一緒に揺れていた。
この時期になると、かき氷も売ってくれるこの駄菓子屋さんは、近くの小中学生にも大人気だ。

よくここに食べに来ている学校の同級生を見ては、うらやましく思っていたのに。

まさか自分が友達と来ることになるなんて、思ってもみなかった。





____ちりりん。


柔らかな白茶色の音を見つめていると、卯の花色の声とともにかき氷が差し出された。


お礼を言って、受け取る。

ちりん、とまた白茶色がきれいな音を(はず)ませる。





「ちょっとは、涼しくなった?」はちみつ色になった声が、私に問いかける。


なんで、嬉しそうなんだろう‥‥‥。



「‥‥‥はい」


「そっか、よかった」


「あの、」


「うん」


「あつく、ないですか」


「ん?あついよ?」



でも、汗かいてないんだよなぁ‥‥‥とみていると、不思議そうに見つめ返してくる。




「そんな風には‥‥‥」


「東京のが、暑かったからさ」と、涼しげな顔で言う。


「こっちなんか、寒いくらいだよ」なんて、何かの聞き間違いだろうか。




____。


ふと、ケータイが鳴った気がしてロックを外すと、笑菜ちゃんからメッセージが来ていた。



《 「あーん」ってしちゃえ!! 》

そのあとには、「コノヤロー」と叫んでいるよくわからない動物のスタンプ。




「笑菜ちゃん‥‥‥」どこかで見てるのかな‥‥‥。



「あーん」って‥‥‥。

なんだか、デートみたいじゃぁ‥‥‥。





「シノ、どした?」

彼の声に、変に心臓が飛び跳ねてしまう。




「な、なんでもありませ‥‥‥っ!!」


「あ、もしかしてそこ、暑かった?」律儀にも、席を変えようとしてくれる。


「あっ!!だ、だ、大丈、夫、です!!」


「そう?」



こくこく、と(うなづ)いたはいいものの、顔が熱くなるのを抑えきれなかった。





「あ、‥‥‥そういえばシノのやつ、なんの味なの?」


私が頼んだのは期間限定味だった。

クラスの子の話だと、気まぐれメニューだからよく変わるらしいけど、今日は抹茶味だった。

律儀にも、すこしのあんこと白玉が乗っている。



「ま、抹茶味、でした‥‥‥‥」


「へえ、いいなぁ」抹茶も美味しいよねぇ、と言いながら、かき氷を頬張る横顔を見る。
 



____こういう時、「私のも食べますか」なんて。

やっぱり恥ずかしくて。


彼の方に傾きかけたスプーンを自分の口に運んで飲み込む。




「今度、俺もそれにしよー」って、彼が先に言ったから。


「____そうですね」



いつか私のも、あげられるようになれればいいな。







____ちりりん。

きれいな音が空に消えていく。


かき氷を食べたら、ちょっとだけ身体が冷たくなったような気がする。



「おいしかったね」と2人で言い合って、また日差しの中に足を踏み入れた。