※蓮と明紗 本編のすぐ後のお話(以後、本編後の話は時系列)※
あと2週間ほどで三高は冬休みを迎える。
夏休みに引き続き冬期特別講習を目いっぱい詰めた私と、年明けの春の高校バレー開幕を控え部活動にも余念のない蓮先輩は冬休み期間中もほぼ登校する予定になっていた。
ただ冬休みはクリスマスから年末年始までイベントがぎっしり凝縮されていて、始まる前からどこか日常と違う空気がある。
蓮先輩と私が正式に恋人と呼ばれる関係になってから昼休みの過ごし方が変化した。
教室で柚乃と一緒にお弁当を食べてから、それぞれの彼と過ごす。
笹沼先輩と柚乃は図書委員の任期が前期で終わってからも、図書室だったりフリースペースで過ごすことが多いみたいだけど、蓮先輩と私は屋上庭園に行くことが多かった。
寒いからそれぞれ上着を持っていくし、雨の日は行けないけれど。
この季節にわざわざ屋外で昼休みを過ごそうと思わないのか、私と蓮先輩しか居ない時もあった。
屋上庭園では12月の厳しい寒さの中でもポインセチアやスイセンが咲き、椿も凛と花を開かせている。
蓮先輩と私の秘密の空間みたいで寒さなんて気にならなかった。
今日も私は蓮先輩とベンチに座っていた。
「――明紗。寒い」
周りに誰も居ないのを目線で確認した後、蓮先輩は私の肩へと側頭部を寄せてきた。
蓮先輩は私と正式にお付き合いを始めてから、二人で過ごす時だけ雰囲気が甘く柔らかく変化する。
クールだとか、威圧的だとか周りに言われている蓮先輩だから、私だけがそんな蓮先輩の一面を知っている気がして胸をくすぐられているみたいだった。
「12月ですので」
「ん。明紗が温めて」
私の肩口に頭を寄せたまま、私の手を握ってくる蓮先輩。
指と指が絡まりあう恋人繋ぎと呼ばれてるものだった。
「私、この繋ぎ方だと指の付け根が少し痛いです」
「明紗も? 俺も少し痛い」
「寒いなら、使い捨てカイロ持ってます」
「いい。明紗に触れてたい」
そう言った蓮先輩が私の指全体を覆うように握りしめてきた。
私が痛いと言ったから手の握り方を変えてくれたのだろう。
でも離す気はないらしい。
蓮先輩がバレーボールのために爪の手入れの仕方にまで気を配っているのは知っている。
長く節くれだった綺麗な指。
お付き合いしているといっても高校生の二人に二人限定の時間なんて限られていて。
三高の男子バレー部は春高出場が決まってから、各メディアからの取材も増えた。
特に蓮先輩はエースなだけあって、そういう対応に不可欠なメンバーなようで。
だからこそ今日は屋上庭園に人がいないから機会を逸しないよう蓮先輩は私にストレートに距離を縮めてきているんだと思う。
学校だから節度を守っている範囲内なのもわかっているけれど。
「クリスマスイブの夜、翠も鈴も楽しみにしてるって」
「翠ちゃんからのお手紙にも書いてありました。私も楽しみです」
24日の夜は蓮先輩の家へクリスマスディナーに招かれていた。
初めて蓮先輩の家の中にまでお邪魔するし、まだ私は会ったことのない蓮先輩のお父さまもいらっしゃるみたいで緊張もする。
蓮先輩の家はイベントを大切にしている温かいご家庭で、私もそこに歓迎してもらえることに嬉しさと気恥ずかしさが半々に同居していた。
クリスマスイブで蓮先輩と正式に付き合ってから、ちょうど1ヶ月になる。
蓮先輩も意識しているかはわからない。
そういう記念日に関する温度差って個々で違うから、私から口にしなかった。
「蓮先輩。唇、少し荒れていませんか?」
「ああ、空気が乾燥してるよな」
「リップクリーム持ってますか?」
「薬用のがあるけど、たぶん家」
「私のリップクリーム使ってください」
空いている片手でスカートのポケットからスティックタイプのリップクリームを取り出す。
蓮先輩は私の肩に埋めていた頭を離し、隣から私を見下ろしてきた。
「これ、母にもらったんですけど、とても潤うので」
片手を繋いだまま、じっと私を見据えた後に、蓮先輩は視線を少し下方にずらした。
私の唇を見つめる蓮先輩の鋭い目つきに、どこか男性の色気と憂いが混入していて。
「確かに潤ってるよな」
蓮先輩の整った顔が斜めに傾いて私に接近してくる。
私も目を閉じようとした直前に、
「――やめておく」
と、息のかかる距離で蓮先輩は止まった。
「明紗の唇、俺ので傷つけるかもしれねぇ」
至近距離で視線を絡ませると、蓮先輩は眉間に苦々しさを表現していた。
蓮先輩との距離が離れていくのと同時に予鈴のチャイムが鳴り響く。
どこまでも蓮先輩は私に優しい。
「明紗、戻ろうか?」
先に立ち上がった蓮先輩。
その隣で私はさっき取り出したリップスティックを自分の唇へと辿るように滑らせた。
「蓮先輩」
「明紗、何?」
蓮先輩が振り返ったのと同時に私は蓮先輩の肩に手を置いて、背伸びをした。
蓮先輩の唇を自分の唇で塞ぐ。
リップクリームの潤いが共有されるくらいには、しばらく唇を合わせていた後、
「キスしたいの、蓮先輩だけだと思わないでください」
蓮先輩の驚きに見張った目を見つめて、そう伝えた。
「蓮先輩、授業に遅れます」
蓮先輩の手を握って、歩行を促す。
「一緒に戻りましょう」
「――明紗。俺がヤバい」
蓮先輩は片手で口元を覆いながら、耳まで赤くなっていて。
今、私の中に湧き上がっているこの感情を何と呼ぶのだろう。
――愛おしい
なのかもしれない。
「蓮先輩。温まりました?」
「温かいってより熱い」
【end】
20250831
あと2週間ほどで三高は冬休みを迎える。
夏休みに引き続き冬期特別講習を目いっぱい詰めた私と、年明けの春の高校バレー開幕を控え部活動にも余念のない蓮先輩は冬休み期間中もほぼ登校する予定になっていた。
ただ冬休みはクリスマスから年末年始までイベントがぎっしり凝縮されていて、始まる前からどこか日常と違う空気がある。
蓮先輩と私が正式に恋人と呼ばれる関係になってから昼休みの過ごし方が変化した。
教室で柚乃と一緒にお弁当を食べてから、それぞれの彼と過ごす。
笹沼先輩と柚乃は図書委員の任期が前期で終わってからも、図書室だったりフリースペースで過ごすことが多いみたいだけど、蓮先輩と私は屋上庭園に行くことが多かった。
寒いからそれぞれ上着を持っていくし、雨の日は行けないけれど。
この季節にわざわざ屋外で昼休みを過ごそうと思わないのか、私と蓮先輩しか居ない時もあった。
屋上庭園では12月の厳しい寒さの中でもポインセチアやスイセンが咲き、椿も凛と花を開かせている。
蓮先輩と私の秘密の空間みたいで寒さなんて気にならなかった。
今日も私は蓮先輩とベンチに座っていた。
「――明紗。寒い」
周りに誰も居ないのを目線で確認した後、蓮先輩は私の肩へと側頭部を寄せてきた。
蓮先輩は私と正式にお付き合いを始めてから、二人で過ごす時だけ雰囲気が甘く柔らかく変化する。
クールだとか、威圧的だとか周りに言われている蓮先輩だから、私だけがそんな蓮先輩の一面を知っている気がして胸をくすぐられているみたいだった。
「12月ですので」
「ん。明紗が温めて」
私の肩口に頭を寄せたまま、私の手を握ってくる蓮先輩。
指と指が絡まりあう恋人繋ぎと呼ばれてるものだった。
「私、この繋ぎ方だと指の付け根が少し痛いです」
「明紗も? 俺も少し痛い」
「寒いなら、使い捨てカイロ持ってます」
「いい。明紗に触れてたい」
そう言った蓮先輩が私の指全体を覆うように握りしめてきた。
私が痛いと言ったから手の握り方を変えてくれたのだろう。
でも離す気はないらしい。
蓮先輩がバレーボールのために爪の手入れの仕方にまで気を配っているのは知っている。
長く節くれだった綺麗な指。
お付き合いしているといっても高校生の二人に二人限定の時間なんて限られていて。
三高の男子バレー部は春高出場が決まってから、各メディアからの取材も増えた。
特に蓮先輩はエースなだけあって、そういう対応に不可欠なメンバーなようで。
だからこそ今日は屋上庭園に人がいないから機会を逸しないよう蓮先輩は私にストレートに距離を縮めてきているんだと思う。
学校だから節度を守っている範囲内なのもわかっているけれど。
「クリスマスイブの夜、翠も鈴も楽しみにしてるって」
「翠ちゃんからのお手紙にも書いてありました。私も楽しみです」
24日の夜は蓮先輩の家へクリスマスディナーに招かれていた。
初めて蓮先輩の家の中にまでお邪魔するし、まだ私は会ったことのない蓮先輩のお父さまもいらっしゃるみたいで緊張もする。
蓮先輩の家はイベントを大切にしている温かいご家庭で、私もそこに歓迎してもらえることに嬉しさと気恥ずかしさが半々に同居していた。
クリスマスイブで蓮先輩と正式に付き合ってから、ちょうど1ヶ月になる。
蓮先輩も意識しているかはわからない。
そういう記念日に関する温度差って個々で違うから、私から口にしなかった。
「蓮先輩。唇、少し荒れていませんか?」
「ああ、空気が乾燥してるよな」
「リップクリーム持ってますか?」
「薬用のがあるけど、たぶん家」
「私のリップクリーム使ってください」
空いている片手でスカートのポケットからスティックタイプのリップクリームを取り出す。
蓮先輩は私の肩に埋めていた頭を離し、隣から私を見下ろしてきた。
「これ、母にもらったんですけど、とても潤うので」
片手を繋いだまま、じっと私を見据えた後に、蓮先輩は視線を少し下方にずらした。
私の唇を見つめる蓮先輩の鋭い目つきに、どこか男性の色気と憂いが混入していて。
「確かに潤ってるよな」
蓮先輩の整った顔が斜めに傾いて私に接近してくる。
私も目を閉じようとした直前に、
「――やめておく」
と、息のかかる距離で蓮先輩は止まった。
「明紗の唇、俺ので傷つけるかもしれねぇ」
至近距離で視線を絡ませると、蓮先輩は眉間に苦々しさを表現していた。
蓮先輩との距離が離れていくのと同時に予鈴のチャイムが鳴り響く。
どこまでも蓮先輩は私に優しい。
「明紗、戻ろうか?」
先に立ち上がった蓮先輩。
その隣で私はさっき取り出したリップスティックを自分の唇へと辿るように滑らせた。
「蓮先輩」
「明紗、何?」
蓮先輩が振り返ったのと同時に私は蓮先輩の肩に手を置いて、背伸びをした。
蓮先輩の唇を自分の唇で塞ぐ。
リップクリームの潤いが共有されるくらいには、しばらく唇を合わせていた後、
「キスしたいの、蓮先輩だけだと思わないでください」
蓮先輩の驚きに見張った目を見つめて、そう伝えた。
「蓮先輩、授業に遅れます」
蓮先輩の手を握って、歩行を促す。
「一緒に戻りましょう」
「――明紗。俺がヤバい」
蓮先輩は片手で口元を覆いながら、耳まで赤くなっていて。
今、私の中に湧き上がっているこの感情を何と呼ぶのだろう。
――愛おしい
なのかもしれない。
「蓮先輩。温まりました?」
「温かいってより熱い」
【end】
20250831


