番外短編 集約本

 ※明紗と同じクラスのバレー部の女子高生の視点 明紗は高1の6月 男子バレー部が週末にIH予選の決勝リーグを控えている時期[本編P61頃〜]※

 朝比奈第三高等学校に4月に入学して、早いもので6月も半分を過ぎた。
 中学に引き続いて女子バレー部に所属した私。
 三高女子バレー部は6月上旬に行われたインターハイ予選の女子2日目に敗退が決まって、自分が試合に出ていたわけでもないのに大泣きをしてしまった。
 たった2ヶ月ほどだけど、先輩たちがインターハイ出場を目標に掲げ練習に精を出していたことを知っているから。
 最後の試合を終えた三年生たちより私たち後輩のほうが早く落涙して三年生に慰められてしまった。

 『せんぱーい、春高予選まで残ってくださいー』
 『泣いてくれてありがとね。でも、私たちはもう受験勉強に切り替えるから。私たちがバレー部で果たせなかったインハイと春高出場の目標はみんなが実現できるように頑張ってね』

 女バレの三年生はこの日に全員が引退。
 でも男子バレー部は勝ち残っているから、引退した三年生も含めて女子バレー部は今週末に行われる代表決定戦の応援に行くことになっている。
 この日は同じ会場で女子も勝ち残っている4校がインターハイ出場をかけて試合をするから、その見学も兼ねて。
 三高の男子バレー部は強豪と名高いとはいえ春高もインターハイもここ数年出場が出来ていない。
 ――男バレは今年こそインターハイ出場、出来るといいな。
 特に二年生の名実ともに三高のエース・久瀬蓮先輩のプレーを観戦できるのを楽しみにしていた。
 同じバレー部とはいえ活動場所が違って、男子バレー部は第二アリーナを独占して練習しているから、普段はそこまで男女間の接点があるわけではない。
 男子バレー部が他校と練習試合をしていたのを観戦した時、
 ――久瀬先輩はすごい。
 なんて、何度も聞いていたけれど、”すごい”と言われる理由が実感できた。
 エースの名にふさわしく力強いスパイクを相手コートに何度も打ち付ける。
 あれだけ対戦校からマークされているにも関わらず、スパイク決定率が高い。
 レシーブも上手だった。
 スパイクを打つために高く飛び上がる久瀬先輩の綺麗なフォームが脳裏に焼き付いて離れない。
 他の高校からも久瀬先輩への注目度と警戒度は段違いに高く、三高の男子バレー部というより久瀬先輩をチェックするためにわざわざ三高の試合を観に来ている学校も多いと同じクラスの男子バレー部員に聞いた。
 久瀬先輩は近寄りがたいオーラを(まと)っているけれど、容姿が抜群に整っているから、そういった方面で女子からの注目度も高い。
 久瀬先輩が三高で一番モテるのは有名だけれど、校外にもファンをたくさん抱えている他の人とは一線を画した有名人だった。

 いつも同じクラスで一緒に行動している琴美(ことみ)が今日は発熱で欠席。
 次の4限は体育の授業。
 ――琴美が休みだと寂しいな。
 体操着が入ったバッグを持って、更衣室まで一人で移動しようとした時だった。

 「ねえ、舞花(まいか)ちゃん。良かったらユズたちと一緒に行かない?」

 同じクラスの柚乃ちゃんが私に声をかけてくれた。

 「琴ちゃんが今日お休みでしょ」
 「……私もいいの?」
 「もちろん! ね、明紗」
 「うん」

 柚乃ちゃんが声をかけた先には明紗ちゃんの姿。
 明紗ちゃんに微笑まれて、思わず赤面してしまった。
 やっぱり、とんでもなく綺麗……。
 まさしく女神の微笑だ。
 同じクラスで同じ女子とはいえ、明紗ちゃんの並外れた上品な美しさには未だに慣れることがなくて、姿を認めるだけでドキドキと胸が鳴ってしまう。
 高校入学した日、緊張しながら入った教室で初めて明紗ちゃんを見た時は余りにも美しすぎてびびってしまった。
 しかも入学式では新入生代表挨拶まで務めて登壇していて。
 声や立ち振る舞いまで明紗ちゃんは凛としていて、私はもちろんのこと、入学式に参列していた体育館に居る全ての人間を魅了したのではないかと思う。
 高校に入って世界が広がった途端に、次元が違うと思わせるほどの美しい女の子が自分と同じクラスになることがあるんだと感嘆したのを今でも思い出せる。
 女子バレー部で出来た友だちにも、

 『舞花がうらやましい。私もA組が良かったー』
 『何で?』
 『あの弓木明紗ちゃんが同じクラスに居るんだよ』
 『わかる。私も弓木さんに少しでも近づいてみたい』
 『へへ。いいでしょー』
 『自慢うざっ』
 『明紗ちゃんね、最初は綺麗すぎて話しかけづらいかなと思ったんだけど、すっごく優しいの。挨拶してくれるし、話し方も綺麗でね』
 『いいなー。せめて私も挨拶する仲くらいにはなりたい』
 『私も明紗ちゃんって呼びたい』
 
 明紗ちゃんと同じ1年A組ってだけで、他のクラスの子からうらやましがられて、ちょっとした優越感に浸った。

 私は明紗ちゃんと柚乃ちゃんに挟まれる形で廊下を歩いた。
 それぞれが華やかで目立つ2人の間に私が居ることに気後れしてしまう。
 悲しいことに私だけ絶対に浮いている。

 「舞花ちゃん、何か緊張してる?」
 「あ、いや……明紗ちゃんと柚乃ちゃんみたいな一軍に私が(まぎ)れちゃって、変に思われないかなって」
 「え? ユズたちって一軍なの? ねぇ、明紗」
 「気にしたことない」
 「ユズも。そういうのよくわかんないよね」
 
 本当に二人ともスクールカーストと呼ばれるものには全く関心がなく気にしていなさそうだった。
 だからこそ正真正銘、本物の一軍って感じで余計に憧れる。
 三高は7:3で女子が少ないけれど、1年A組の女の子たちは普段一緒に居る子同士みたいなものは決まっていても、明確にグループ分けされていなくて和やかで雰囲気が良い。
 必然的にA組の女子で一番目立っている明紗ちゃんと柚乃ちゃんも優しくて、私みたいな特に目立たないクラスメイトも気にかけてくれて分け隔てなく接してくれる。
 中学の時の自称・一軍というか派手で騒がしいタイプの男女は地味でおとなしい子たちをいじりという名目でからかったり、見下したりするような人たちで苦手だった。
 周りを下げることで自分が上だと思いたい人の集まり。
 公立の中学校なんて、たまたまその学区内に住んでいる年の近い子たちが集まっているだけ。
 お父さんとお母さんに薦められた通り、中学受験しておけば良かったと後悔した。
 だからこそ文武両道の名門都立高である朝比奈第三高校の受験に合格できて入学して、中学時代の自称一軍のような表面上だけ強く見せている浮ついた人が居ないことに安心した。
 三高にも見かけが派手めな人は何人か居るけれど、基本的に大半の生徒が身なりも行動も落ち着いている。
 睡眠時間を削って高校の受験勉強に打ち込んで良かった。
 やっぱり環境って大切だと思う。

 「おっ、弓木明紗だ」
 「あんな美人が三高に入学してくれただけでありがたいよな」
 「やっぱり、すげーかわいい」
 「あー、久瀬と別れてくれないかな」
 「久瀬と別れても俺たちにチャンスなんてないって」
 「そうだけど、そうじゃねぇんだよ。特定の男がいるかいないかで、こっちのモチベが変わるだろ」
 「ほら、一年の弓木明紗ちゃんだ」
 「顔だけじゃなくてスタイルも神がかってるよね」
 「私、生まれ変わるなら絶対に明紗ちゃんになりたい」

 わかってはいたけれど、廊下を進むだけでこんなに明紗ちゃんは見られるんだ……。
 男子も女子も上級生も同級生も、時には先生も。
 隣を歩いていると、すれ違う誰もが明紗ちゃんに興奮したり、見惚れるように視線を投げているのがよくわかる。
 話し声も耳に入ってきた。
 明紗ちゃんと柚乃ちゃんの間に立つことに畏縮(いしゅく)してたけど、ここまで明紗ちゃんにばかり注目されてたら隣の私は目に入っていないだろう。
 こんなに自分に様々な興味関心を向けられて、遠巻きに観察されて、いろいろと話題にされて、明紗ちゃんはどんな気持ちで毎日いるんだろう。
 今だって特に気にしている素振りは出さないし、常に明紗ちゃんは落ち着いているように見えるけれど。

 「今日も体育、器械運動かな? ユズ、あれつまらないから好きじゃない。舞花ちゃんは?」
 「私は跳び箱はいいけど、マット運動は苦手かな」
 「あ、確かに前回の跳び箱の時、舞花ちゃんも明紗と一緒に八段目までクリアしてたもんね。すごかったよー」
 「バレーボールで跳躍力が身についただけだよ」

 すごいのは明紗ちゃんだ。
 明紗ちゃんは勉強だけじゃなく、基本的に体育も何でも出来る。
 今やっている跳び箱は全て8段目までクリアするし、マット運動もしなやかに何でも技をこなしてしまう。
 柔軟性がありながら華奢な身体には体幹を支える筋力もきちんとあるみたい。
 それに技だけじゃなくて、よく男子に騒がれている明紗ちゃんの身体のラインも抜群に美しくて、見てるだけでドキドキして……。
 B組の女子と体育は一緒だから、みんな明紗ちゃんの番になるたびにうっとりと魅入っていた。

 『弓木が模範的だから、みんなよく見ているように』

 体育の先生が声をかけてきたけど、言われる前から誰もが明紗ちゃんを鑑賞したいと思っていた。
 この間は先生からお手本になるよう指示されて、Y字バランスを少しもぐらつかずに披露していた。
 てっきりクラシックバレエでもやっていたのかと思ったけど、幼い時に始めたジャズダンスで柔軟の基礎をきっちり固めていたと明紗ちゃん本人ではなく、柚乃ちゃんが話していた。
 明紗ちゃんは人目を引きながらも、余り自分のことを話したり、自分から前に出るタイプではない。
 入学式の新入生代表挨拶を任されたり、容姿以外も必然的に目立つ子だけど、基本的には大人しくて控えめ。
 柚乃ちゃんが流行に敏感でおしゃべりが好きなタイプなこともあるし、他の女子も明紗ちゃんと話したがるから明紗ちゃんはいつも自然とみんなの聞き役になっていた。

 「そういえば舞花ちゃん、女子バレー部だよね? 今週末は男子の応援に行くの?」
 「うん。部活の一環で女バレは男バレの応援に行くよ」
 「じゃあ会場で会えるね! 明紗とユズも日曜日は男子バレー部の応援に行くんだ」
 「え……?」
 「男子バレー部、インターハイ行けるといいよね!」

 柚乃ちゃんに笑いかけられて表情が固まってしまった。
 明紗ちゃんと柚乃ちゃんが男子バレー部の応援をしにきても何ら不思議じゃない。
 二人とも彼氏が男子バレー部所属。
 柚乃ちゃんは二年生の笹沼先輩と、明紗ちゃんにいたってはエースの久瀬先輩と付き合っている。
 久瀬先輩と明紗ちゃんは三高で一番モテる男女二人が付き合って理想のカップルとして名高い。
 久瀬先輩と明紗ちゃんが付き合い始めたと聞いた時は

 『あの二人がカップルって最高すぎる』
 『お似合いすぎだよね。並んでるところ見たい!』
 『二人でどんなこと話すんだろう』

 と、女バレの友だちたちとはしゃぎ倒した。
 だけど、あの明紗ちゃんが彼女なんてうらやましいな……と実は久瀬先輩のほうに嫉妬する気持ちがわいたことは誰にも話していない。

 「どうかした? 舞花ちゃん」
 「ううん……」

 三高のどこに居たって目立ってしまう明紗ちゃんがバレーボールの試合会場に来たら絶対の絶対に他校でも話題になるのは明白だった。
 先月の体育祭の時も明紗ちゃんは注目の的で。
 各クラスから足の速い男女2人ずつ選抜され、各チーム12人が走る体育祭の中で一番盛り上がる最終種目の選抜リレー。
 学年の縦割りで構成されたA組チームは第一走者が明紗ちゃんで、二年の久瀬先輩がアンカーを務めるという全校生徒にとって“おいしい“展開で。
 ただでさえ沸き立つ種目で、明紗ちゃんと久瀬先輩が同じチームで出場するとあって、熱狂しすぎた生徒たちに先生がキレてしまう事件があったり……。
 今週末は各ブロックを勝ち上がり、インターハイの出場校が決定する試合だから注目度は高い。
 ……明紗ちゃん、大丈夫かな?
 それでなくても、この間の大会の時も、

 『久瀬くんって同じ高校に彼女できたんだよね? どんな子か教えてくれる?』

 と、面識のない他校の子に三高ってだけで質問を受けた。
 私以外の女バレの子も何人か聞かれていた。
 でも、どれだけ久瀬先輩を好きな子でも、明紗ちゃんを自分の目で確認したら、納得するしかなくなるだろう。
 ちょっと頑張れば自分が久瀬先輩と付き合えるかもしれないなんて、明紗ちゃん相手だったら思えない。
 自分が久瀬先輩と付き合えないなら、素直に認めざるを得ないほど何もかも綺麗な明紗ちゃんが久瀬先輩の彼女で居てくれるって幸せだよなとも思う。
 嫉妬の気持ちって抱えるだけで苦しいもの……。

 「そうだ、舞花ちゃん。大会の応援ってみんなどんな格好で行ってるの? ユズは明紗と制服にしようって話はしてるんだけど」
 「確かに自分の学校を応援に来てる子は制服が多いかな。でも、家族もたくさん来てるしギャラリーに私服の人が多いからどっちでもいいと思う」
 「そっか。教えてくれてありがとう。女子バレー部の舞花ちゃんが同じクラスに居てくれて心強い」
 「そんな……」

 ふ、と隣の明紗ちゃんが視界に入ると、明紗ちゃんの表情には憂いが(とも)っていた。
 ――どうしたんだろう。
 疑問に思ったのも束の間、

 「日曜、楽しみだよねー! 明紗」

 と、柚乃ちゃんが明紗ちゃんに話をふって、「そうだね、柚乃」と明紗ちゃんはいつもの優美な顔つきに戻った。
 さっきの明紗ちゃんの切なくて儚げな表情に心を揺さぶられて頭から離れない。
 明紗ちゃんは才色兼備で、みんなに好かれていて、憧れられていて、久瀬先輩のような素敵な彼氏も居て、どこまでも完ぺきで理想的な存在。
 なのに、どこか、女の私でも明紗ちゃんを守ってあげたいと思わせるような儚く見える瞬間が不思議とあった。
 神秘のベールに包まれているように明紗ちゃんはミステリアスで魅惑的でもあって。
 もっと知りたくなって、みんなが明紗ちゃんに夢中になる気持ちはよくわかる。
 ――恋人の久瀬先輩しか知らない明紗ちゃんの表情や仕ぐさがあるのかな?
 あったら、それはどんなものだろう。

 【end】
 20251126