朝から妹の部屋が騒がしい。
(今日、クリスマスか……)
寒くて布団から出れず、コードを引っ張ってスマホを手繰り寄せる。スマホには"12月25日"と表示されており、粋な演出でクリスマスツリーと雪だるまに雪がちらちらと降って、今日がクリスマスであることを教えてくれる。
学校は冬休みに入ったためいかなくてよくて、気づけば朝の十時。
結局、あれから夜野くんと話すことができず、冬休みに突入してしまった。
学校に来ているし同じクラスなのに、席が離れてしまったこともあり、なかなか話すことができなかった。俺が中休みに夜野くんに話しかけに行こうとしてもいつの間にか教室から消えているし、お昼だって一人で食べているようで見当たらない。明らかに避けられていることは分かったのだが、それの対処法が分からず、メッセージにも既読がつかないままだった。
一体どうすればいいか俺にはわからなくて、こんなことを相談できる友だちもいなくて。
初めての恋で、初めての失恋かもしれない。そう思ったら、今までにないくらい落ち込んで食事もろくに喉を通らくなってしまった。
そろそろ起きてご飯を食べに行こうかと、ベッドを下りたタイミングでドンドンと部屋の扉が壊される勢いでたたかれる。
「だ、誰、どっち!?」
「どっちもよ」
その声は姉の美桜で「私もいるー」と莉桜の声も聞こえてきた。人の部屋の扉を壊す気か、と俺は慌てて扉を開ける。すると、なだれ込むように二人は部屋に入ってきた。
「朝から何!?」
「朝って、お兄ちゃんもう十時」
「冬休みだからいいだろ……俺、クリスマスまで二人のぱしりにされるの?」
俺がそう言うと、その言葉は意外だったのか二人は顔を見合わせる。
「お兄ちゃんクリスマスなのに予定ないの? あの、イケメン彼氏さんは!?」
莉桜の言葉にドリルで穴を開けられるような痛みを覚える。
そりゃ、あんなことがなかったらクリスマスの予定は入っていた。でも、連絡が取れない今……そもそも夜野くんはその約束も忘れているかもしれない。
「も、もしかしてお兄ちゃんわか――」
「千桜、あんたどうしたいの?」
「どうって……」
デリカシーのない莉桜の口を塞ぎ、姉ちゃんが俺を見る。
姉ちゃんには俺がくよくよしている理由が分かるのかもしれない。そういえば姉ちゃんも俺をパシリにするにしては、人のことをよく見ている。マルチタスクもできるし、グループ活動ではよくリーダーを任されていたし。弟である俺のこともちゃんと見てくれているんだなと頭が上がらない。
「別に別れたわけじゃないんじゃないの?」
「なんでわかるの。エスパー?」
「失恋かと思ったんだけど、どうもそういうふうに見えなかったから。あと、家でくよくようじうじされるのすっごい腹立つのよ」
「ご、ごめん」
「謝罪が欲しいわけじゃない。そうやって顔色窺って腰低めになるのやめなさいよ。私が威圧的なのは分かってるけど」
「わ、分かってるんだ」
口に出てる、と莉桜に注意され慌てて口を塞ぐ。
「千桜は度胸が足りないのよ。あともっと欲張りになりなさいよ。あんた小さいころから欲しいものぜんっぜん口にしないじゃない」
「だって、三人きょうだいだし、二人の欲しいものが買ってもらえなくなったり、とか」
「お兄ちゃん、私たちもお小遣い貰ってるからそんな気にしなくていいのに」
「うっ、莉桜……」
「千桜は気をつかいすぎ。もちろん、すごくありがたい時だってあるし、千桜の優しさに感謝してる。でも、自分を押し殺すのは違うんじゃない?」
「欲張りになっていい」
「誰もとめないわよ。あんたがよければそれでいいの。気持ちの問題」
姉ちゃんはそう言って俺の顔に五千円札をバシっとたたきつけてきた。
「うわ、何!?」
「最近のボーナス。あと、いつも気をつかってくれてるお礼。それで、いいクリスマスケーキでも買って恋人と仲直りでもしなさいよー」
「お兄ちゃん、メリークリスマス~だよ!!」
二人はそう言ってまた嵐のように去っていった。
いきなりたたきつけられた大金に驚きつつも、ちょっと素直じゃない高圧的な姉ちゃんの姉らしさを見て心が温かくなる。
あんなふうに自分の意見をズバズバいえる男になりたい。
(いや、うちの家系、もしかしたらみんな意外とズバズバいえるタイプなのかも)
俺が勝手に自分を抑え込んでいただけで、俺だって何も思ってないわけじゃない。あの時言えなかった言葉とか、飲み込んだ言葉とか。でも、心の中にはちょっとしたもやもやが残っていた。
「四葉くん……」
俺は、夜野くんと話したい。ちゃんと話をして、ちゃんと仲直りしたいし、恋人に戻りたい。
(責任……)
途中で放り出すなんてできなかったし、俺も夜野くんに言いたいことがある。
そうと決まれば行動は早かった。ベッドの布団を片づけ、荷物を鞄に入れ服を着替える。滑り落ちるように階段を下りて鏡の前で髪を整えた。
「行ってきます」
玄関には誰もいなかったが、どこからか姉ちゃんと莉桜の「いってらっしゃい」が家の中に響いた。
◇◇◇
「ありがとうございました」
笑顔の素敵な洋菓子店の店員さんが送り出してくれる。俺は、小さなショートケーキが入った箱を持って夜野くんの家に向かうことを決めた。
彼の家は学生アパートで、部屋の番号もしっかり覚えている。留守だったら嫌だなと思ったが、来るまで待つし、出てきてくれるまで待つつもりだ。
街を歩くと、クリスマスということもありカップルが目につく。あとは家族連れとか、みんなとても楽しそうで幸せそうな顔をしていた。それに比べて俺は、クリスマスに喧嘩別れになりそうな恋人のもとに――
(ううん、そこからの形勢逆転あるかもしれないだろ!! ちゃんと話して、このケーキ食べて、四葉くんと恋人に戻る)
もう責任とか、期限とか関係ない。夜野くんが提示した条件に"本気で惚れていい"ってあったし、今更なしとは言わないだろう。
俺の頭から夜野くんが離れてくれない。それくらい、俺にとって彼の存在は大きなものになっていた。
それでも、夜野くんの家に向かう足は鉛のように重たかった。覚悟を決めたとはいえ、突っぱねられるのが怖いという感情も残っている。俺は、ふらふら~と、いつも下校時に分かれるコンビニへと足を運んでいた。
こちらも「ありがとうございました」と店内から店員の声と、聞き慣れた来客を伝えるメロディーが流れる。
「四葉くん……」
ふとそんな音につられてコンビニを見ると、ちょうど黒いマフラーを首に巻いた夜野くんが出てきたところだった。腕には半透明のビニール袋がぶら下がっている。
そんな夜野くんはそ、ここからかなり距離があっただろうにこちらを見た。バチっと目が合って、運命を感じる。
しかし、そう思ったのは俺だけで彼は俺を見るなり反対方向へと走り出してしまった。
「千桜……っ」
「四葉くん待って!!」
手にショートケーキの入った箱を握っているのを忘れ、無我夢中で彼を追いかける。
だが、さすがは元バスケ部。俺の足じゃ全然追いつけず引きはがされていくばかりだ。待って、と声に出すが、寒さゆえに走るたびに喉も胸も痛くなる。それでもここで彼を捕まえないとと必死になっていた。
住宅街を走れば、歩行者たちが俺を見る。でも、誰にどう思われてもよかった。
そしてちょうど大通りに出たとき、彼は赤信号で引っかかり足を止める。
「はあ、はあ……四葉、くんっ……」
追いついたころには息が切れていた。足もがくがくするし、自分の体力のなさに情けなくなってくる。
夜野くんは、逃げられないと悟ったのか俺のほうを見る。やはり、彼の顔は不安そうで、その瞳が揺れている。
「逃げないでよ」
「逃げてないし」
そんな言い訳を言った後、彼はうつむいてしまう。俺と会いたくなかったんだなというのは伝わってきたが、引き下がる気はなかった。
「責任」
俺が一言放てば、まるで怒られるのを恐れる子どものように身体を丸める。
「責任……?」
「俺は四葉くんに事故チューした責任取るって言った。でも、まだ責任果たしきれてない」
「いいよ、もう。十分果たしてもらったし」
「……じゃあ、今度は四葉くんが俺の責任をとる番」
「え?」
まさか、俺がこんなことを言うなんて思ってもいなかったような反応だ。ようやく彼の顔が俺のほうを向く。
「やっとこっち、見てくれた」
「責任って、どういうことだよ」
夜野くんは、恐る恐る俺に聞く。そんなに怖がることはないのに、と思ったが俺がこれを言うのが怖かった。でも、言うと決めたのだからここで引き下がったり、愛想笑いしたりしてごまかさない。
俺は深呼吸をし、あの時のように夜野くんに手を伸ばす。
「俺、四葉くんのこと気づいたら大好きになってて、ずっとずっと頭の中にいて……好きすぎて辛い。こんな気持ちにさせたの四葉くんだから責任取ってよ」
「千桜……」
「恋人期間の無限に延長したい。君が恋人でい続けてくれなきゃ、俺嫌だ。四葉くん」
言いたいことがやっと言えた。
腹から声を出したため、やはり通行人たちは気になって俺たちを見ている。
信号が赤から青に変わり、ペッポペペポと鳴り始める。また、そのタイミングで雪がちらちらと降り始めた。
「千桜……俺、お前のこと傷つけたのに」
「いつ俺のこと傷つけたの?」
「……この間。十二月の頭頃。俺、逃げて、千桜のこと無視した」
「俺だって、あの時ちゃんと恋人だって言えてればよかった。それに、信じてあげなきゃいけなかったのに、君のこと少し疑った。ごめん、ごめん四葉くん」
あの日、俺は夜野くんのことを信じることができなかった。ちゃんと断ってくれるだろうと思っていたから、女子と手をつないでいるところを見て辛かった。俺と帰らなかった日に女子と会っていたのも何か理由があるのだろうとも思ったけど、耳を疑った。
夜野くんは一度も俺に嘘をついたことがないのに、疑ってしまったのだ。
「お前、いつも謝ってばっかだな……千桜が謝る必要ない。謝るのは俺のほう」
「四葉くん」
「嫌われたと思った。勝手に被害妄想膨らまして、お前から逃げて。メッセージも無視した」
「き、気にしてないよ」
「目が泳いでるだろ」
だって、好きな人から無視されたら堪えるに決まってる。
それでも、俺は夜野くんのことを忘れられなかったのだ。理由も分からないまま自然消滅なんて寂しすぎる。
俺は、差し出した手を一度おろし、夜野くんの腕を掴んだ。彼の手は指先まで冷たくなっている。
「す、好きな人に無視されたらそりゃ、悲しいよ……でも、あの日、四葉くんを信じられなかったのは俺だし。俺こそ、傷つけちゃったかもって思ったから」
そこまで言って鼻がむずむずし、へくしょん、とくしゃみをしてしまう。それに夜野くんはビクッと驚いて手に持っていたビニール袋を落としそうになる。
「千桜、場所変えよう。お前も冷たい」
「場所って、どこ」
「……俺の家」
夜野くんは、首に巻いていたマフラーを外し、俺の首に巻き付けた。
◇◇◇
「おおお、お邪魔します」
パチンと部屋の明かりがつく。
夜野くんの部屋は、学生アパートということもありこじんまりしており、男子高校生が二人いるだけでも少し圧迫感を感じるほどの広さだった。
こんな形で彼の家には上がることになるなんて思ってもいなかった。
それでも、初めて好きな人の部屋に上がったという緊張と、外に出て冷えた体は震えていた。
「さっき部屋出たばっかで、エアコン消したたてだから……すぐ温かくなるはずだ」
「あ、ありがとう。四葉くん」
「……まあ、座れよ。好きなとこでいいから」
夜野くんはそう言うと、部屋の真ん中に置かれているテーブル近くに腰を下ろした。
好きなところに座れと言われても、緊張して身体が動かない。ひとまず、彼とは反対側に座ろうと腰を下ろす。手に持っていたケーキの入った箱は、夜野くんと同じようにテーブルの上に乗せる。
(あ、部屋の中四葉くんの匂いでいっぱいだ)
雪が降ったりやんだりする最近、外で干すのは大変なのか中干してある。部屋の中には何着か服がつるしてあった。
向かい合って座った俺たちは、見つめあい、時に視線を外し、気まずい時間が流れる。
家にあげてもらったのはいいものの、何を言えばいいか分からなくなる。俺は伝えたいことを伝えた、後は彼からの答えだけだ。
「あの日――」
「う、うん」
「俺も逃げなきゃよかったと思った。けど、千桜に誤解されたらって……あの日向けられた視線を思い出してダメだった。もう子どもの頃の話だと割り切ったはずなのに、結局俺は人からの目を気にした」
「四葉くん……」
確かにあの日、夜野くんを信じられない目で見てしまった。
目が合ったのを覚えている。そして、彼がヒュッと喉を鳴らして苦しそうな顔で俺を見たのも脳裏に焼き付いている。
あんな顔はさせたくないと思っていたのに、俺も夜野くんを信じれずにいた。自分のことでいっぱいになってしまっていた。
恋人なんだからもっと信じてあげれたらよかったのに。
「ちゃんと話せば千桜なら理解してくれるだろうってわかってたはずなのにな。俺こそ千桜のこと信じ切れてなかった」
「お、俺も同じだから」
一緒だから、ともう一度言えば彼はフッと笑う。
夜野くんだけじゃない。俺だって、同じ思いだった。もし夜野くんが他の人に撮られてしまったら、彼の意識が違う人に向けられたら。そう考えるだけで胸が張り裂けそうだった。だから、俺はあの日ちゃんと追いかけることができなかった。
「……その、告白されたの?」
こくりと夜野くんは頷く。
「俺は付き合ってるって伝えた。なのに『ジンクスなの?』なんて言ってきて、手を握られて。意味わかんないよな。そこを、千桜に見られた」
「タ、タイミング悪くてごめん。けど、四葉くんはちゃんと恋人いるって言ってくれたんだ」
「言った。でも、諦め悪くて、認めないとか何とか云ってた気がする。認めないもクソも、俺が千桜を好きなのは変わんないのにな……千桜、本当にごめん。こんなこと言ったら言い訳になるかもしれないけど、俺……千桜のこと嫌いになってないからな」
夜野くんはそう言うと、テーブルの上に乗せていた俺の手をそっと握った。すでに熱を取り戻していた彼の手は温かく、冷え性の俺の手を溶かしていく。
「さっき、あの日と同じで俺のこと追いかけてきてくれたのすげえ嬉しかった。やっぱり、千桜は千桜だよなって。だから向き合う覚悟ができた。そんな千桜のことが前から好きだった。まっすぐで、優しさを向けて、俺の冷たいを包み込んでくれるお前が」
ちゃんと言うの遅くなったごめん、と夜野くんは謝ってくれた。
俺は、ずっとその一言が聞きたかった気がする。
彼にそう言われた瞬間、ぽたぽたと目から涙がこぼれる。それを見てか「ち、千桜」とぎょっと彼が目を剥く。
「ごめん、泣くつもりなんてなかったんだけど。あれ、おかしいな……四葉くんから嫌いになってないって言われて。好きって言われて安心したからかな」
本当はずっと不安で怖かった。
自分が釣り合うのかなとか、夜野くんはモテるからな、と卑屈になっていた。彼が俺の普通を普通じゃないって言って自己肯定感を上げてくれていたのに、いつの間にかまた下がってしまっていたのだ。
「そ、それと、噂なんだけど。俺と帰れない日には誰と会ってたの?」
「……明石」
「それって、四葉くんに……」
「過去を清算したかった。ちゃんと向き合って、全部終わったことにして、千桜と恋人でいたかった」
「俺と恋人で」
「一応、あの日のことを覚えてるかって聞いたが『昔のことじゃん』って済まされた。だから、もう関わるなって伝えた。それに、千桜のこと悪く言ったしな。もう一生関わらない。もしかして、それも誤解した?」
不安そうに聞いてくる。俺は、ごめんというつもりて首を縦に振った。でも、真相が分かれば怖いものなんて何もない。
心の中にあった靄がふわっと消えて、憑き物が落ちたようにすっきりとする。
「千桜、俺がこんなの言うのおこがましいかもしれないけど……俺も、恋人永遠に延長したい。千桜が責任取ってくれたように、俺もちゃんと恋人からのお前の要求……恋人として責任取るつもりでいる。責任取らせてくれ、千桜」
力強いその言葉に、力強く握り込む彼の手。ドクンドクンと今までにないほど心臓が強く脈打っている。
お願いします以外に返す言葉なんてない。やっと、思いが通じ合った瞬間だった。
「ひぐっ、うっ」
「な、ん、なん、ち、千桜。ご、何で泣くんだよ」
「だって、嬉しくて。嬉しいと涙出るんだよ。四葉くん」
「お、俺は出ないけど」
「俺は出るの……そおっか、四葉くん責任取ってくれるんだ」
「ああ。だって、これまでさんざん俺、千桜に"責任、責任"押し付けてきたから。今度は俺が、俺を好きにさせちゃった分、千桜に尽くしたい」
「何それ、策士みたいな」
「半分はそう」
「え?」
夜野くんはガサゴソと先ほどのビニール袋を開ける。そこには半額シールが貼られていたショートケーキが二つはいっていた。
「本当は恋人であるお前と一緒に食べようって思ってた。でも、お前の家行く勇気がなくて……けど、約束したしなって思ってたら買ってた」
「じゃあ一人で食べる予定だったの?」
「だから違うって……お前と食べたい。誤解が解けるまで冷蔵庫に置いて置くつもりだった」
「四葉くん行事ごと好きなんだね」
悪いかよ、といつも通りぶっきらぼうに言って彼は立ち上がる。
そういえば俺も彼と仲直りするためにケーキを買ってきたんだった、と白い箱の中を開ける。
「ぎゃあ!!」
「うわ、びっくりした。何だよ、千桜」
「ケーキヤバいことになった」
「ケーキ?」
フォークを二つ持って帰ってきた夜野くんは、箱の中に入った二つがぶつかってぐちゃぐちゃになったショートケーキを見て頬を引きつらせる。
「さっき走ったからだ」
「それ、俺の分?」
「そう。一緒に食べたかった。俺も、クリスマスを四葉くんと過ごしたかったんだよ」
「何それ、すげえ嬉しいんだけど」
でもこれじゃあな、と思ったが夜野くんは、一旦キッチンに戻ってお皿を持って帰ってきた。
「食べる。もったいないし。あと、千桜が俺のこと思って買ってきてくれたもんだし」
そう言いながらぐちゃぐちゃになったケーキを皿の上に乗せる。そして、自分の買ってきたケーキを皿の開いているスペースに乗せて俺のほうへよこした。
慣れた手つきに驚いたが、彼からケーキを受け取った後、夜野くんのほうを見る。
「食べないのか?」
「よ、四葉くんを待ってた」
「……ありがと」
ふわりと花が咲くような笑顔を向けてくる。彼の中の憑き物も落ちたようですっかりと、恋人の前でしか見せない表情になっていた。
俺たちは静かに合掌し、ケーキにフォークを突き刺す。
俺のケーキはぐちゃぐちゃで、夜野くんのケーキはパサパサしている。でも、二人で食べているからかすごく甘くておいしかった。
「あのさ、四葉くんと仲直りしてから聞こうと思っていたことがあって」
「何?」
「……四葉くんって俺をいつから好きになったの? お、俺は、大学見学終わったあたりくらいからちょっとずつ、ハロウィンのとき自覚した」
先に言わないと教えてくれない気がして、正直に話してみる。すると、夜野くんは口元についていた生クリームを舌で拭って「ちょっと前から」と以前のあいまいな答えを返す。それじゃ嫌だと圧をかければ降参というように手をあげる。
「気になり始めたのはいつだったか覚えてない。でも、時々プリントを渡してくれるクラスメイト、みたいな認識でいつの間にか目で追ってた」
「だから、俺の名前知ってたんだ」
「気になるやつの名前くらいはな……それで、文化祭最終日にあんなこと言われて、なら責任取ってもらう形で恋人になってもらおっかなって。ちょっと、下心出た。多分、そこでかなり好きなんだなーって」
「あ、曖昧だ」
「恋の始まりってそんなものだろ。恋人になって、さらに千桜のこと知って愛おしいって気持ちが生まれて、手放したくなくなって。でも、同時にどこまで踏み込んでいいのかも分からなくなった。お前のこと好きすぎて、いろんな顔見せてくれるお前が好きで。周りに優しい振りまくお前が好きだったのに、嫌いになった」
「嫌い……?」
「俺にだけ優しくあってほしい。千桜の優しさを独り占めしたい。だから、無理して周りに合せなくて俺といてほしい」
「……っ、プ、プロポーズ」
俺が言うと「そうかもな」と恥ずかしそうに笑う。
「お、俺も四葉くんのこと好き。声もそうだけど、不愛想に見えて意外と優しいとことか。俺のこと好きすぎることとか。全部好き」
「俺も千桜のこと好き」
ダメだ、押し負けている気がする。
ケーキよりも甘くなってしまった夜野くんに、恋人として勝てない気がしてきた。
思えば、夜野くんは嘘が嫌いだからずっと俺に本当のことを言ってきたんだと思う。ずっと好きだと伝えてくれていた。それを俺は恥ずかしくて正面から受け取れずにいた。
(四葉くん、俺のこと大好きすぎるじゃん)
思いが通じ合った今、夜野くんを止められる人間はいない気がする。
「それにしても、ジンクスなんて嘘っぱちだよな」
「すれ違いでちょっと危機感感じてたけど、嘘だと思う」
「あんなのに振り回されるなんてごめんだ。千桜」
「何、四葉くん――っ」
そう言ったかと思うと、夜野くんは立ち上がり、俺のほうへ寄ってきた。後ろに下がろうと思ってもトンと勉強机にぶつかってしまう。
「こんなに好きあってんのに、破局するなんて絶対ありえないし。俺が、千桜のこと逃がさないしな」
「ち、近いよ」
この距離ではキスをしてしまう。
夜野くんの部屋は狭いから逃げ場なんてどこにもない。
夜野くんの部屋、期待したシチュエーション。また俺の心臓は早鐘を打つ。
「キスする?」
「キッ……ちゅ、ちゅぅ……?」
「まだ照れてんの? ここ、俺の部屋なんだけど」
「し、下心」
「そうだな。俺、ファーストキスの相手が千桜でよかったって思ってる。まあ、事故チューだったのは解せないけどな。だから、これからたくさんする」
「三回目、サードキス?」
「ん? もう数えきれないってくらいするから、回数数えるの今日で終わりだから」
「ま、ちょっ」
有無を言わせず夜野くんが俺の唇を奪う。けど、すぐに離れていき「嫌?」としたくせに甘えるような目で俺を見てきた。
嫌なわけがない。なんならその触れるだけのキスでは物足りなかった。もっと長いことしてほしい。
「やじゃない」
「じゃあ、続行な?」
そう言って、夜野くんは再び俺の唇を塞ぐ。今度はゆっくりと溶けあうような長いキスだった。俺の唇を啄み、角度を変え、ちょっとだけ深いキスをしてみる。
窓の外はチラチラと真っ白な雪が降っている。ホワイトクリスマスだな、と思いながら俺たちは見つめあいながら唇を離す。
「できたじゃん。千桜、ちゃんと俺とのキス覚えて。俺のキスしか覚えちゃダメだからな」
「あとにも先にも、四葉くんとしかしないよ」
俺は息を切らしながら夜野くんを見る。彼の唇はしっとりと濡れていた。さっきのキスは生クリームの味がしたからきっと忘れない。
「千桜、年明けでいいからちゃんと復縁しましたってクラスのグループに送ろうな」
「え、また、四葉くん注目されるんじゃ」
「俺はもう大丈夫。それに、千桜の優しさに惚れてる女子多そうだし牽制」
そう言った彼は少しだけ唇を尖らせていた。独占欲が滲む少し子どもっぽい顔にもキュンとしてしまう。
「でも、四葉くんグループは入ってたっけ」
「あ……あとで、千桜入れて」
パチパチと瞬きし、俺は「いーよ」と返す。少し気恥ずかしいけど、俺も夜野くんの恋人だってもっと明言したい。誰が何と言っても、俺は夜野くんが恋人でいてくれればそれでいい。もうジンクスなんて信じない。
だって、俺たちはきっかけが何にせよ、今幸せだから。
「四葉くん、ケーキの続き食べよ。二人だけのメリークリスマス」
「そうだな。千桜、イチゴあげる。いっぱい食べろよ」
「餌付けしないでよ」
「その代わりに、千桜は俺にあーんしろ」
「こ、交換条件!?」
そんな他愛もない会話も愛おしい、大切な時間だ。
夜野くんは「恋人だから」といつもの調子で言う。確かに俺たちは恋人だ。相手のわがままもかわいくて聞いてあげたくなる。
俺は、しょうがないなあと言いながらフォークに突き刺さったイチゴを食べる。口の中には甘酸っぱさと、ちょっとついていた生クリームが解けていく。
「ほら、次千桜」
「は、早いって……あ、あーん」
「あーん」
俺が切り分けたケーキを一口で食べる夜野くん。彼の顔は今まで見たことないほど幸せそうだ。
(うん、俺も幸せ。四葉くんが恋人でいてくれて)
ケーキよりも甘い時間。
次の予定は年越しだろうか。一緒に初詣に行きたい。
そんな未来の話をしながら、俺たちは、外で雪が降る小さな部屋の中二人きりの誰にも邪魔されないクリスマスを過ごしたのだった。
(今日、クリスマスか……)
寒くて布団から出れず、コードを引っ張ってスマホを手繰り寄せる。スマホには"12月25日"と表示されており、粋な演出でクリスマスツリーと雪だるまに雪がちらちらと降って、今日がクリスマスであることを教えてくれる。
学校は冬休みに入ったためいかなくてよくて、気づけば朝の十時。
結局、あれから夜野くんと話すことができず、冬休みに突入してしまった。
学校に来ているし同じクラスなのに、席が離れてしまったこともあり、なかなか話すことができなかった。俺が中休みに夜野くんに話しかけに行こうとしてもいつの間にか教室から消えているし、お昼だって一人で食べているようで見当たらない。明らかに避けられていることは分かったのだが、それの対処法が分からず、メッセージにも既読がつかないままだった。
一体どうすればいいか俺にはわからなくて、こんなことを相談できる友だちもいなくて。
初めての恋で、初めての失恋かもしれない。そう思ったら、今までにないくらい落ち込んで食事もろくに喉を通らくなってしまった。
そろそろ起きてご飯を食べに行こうかと、ベッドを下りたタイミングでドンドンと部屋の扉が壊される勢いでたたかれる。
「だ、誰、どっち!?」
「どっちもよ」
その声は姉の美桜で「私もいるー」と莉桜の声も聞こえてきた。人の部屋の扉を壊す気か、と俺は慌てて扉を開ける。すると、なだれ込むように二人は部屋に入ってきた。
「朝から何!?」
「朝って、お兄ちゃんもう十時」
「冬休みだからいいだろ……俺、クリスマスまで二人のぱしりにされるの?」
俺がそう言うと、その言葉は意外だったのか二人は顔を見合わせる。
「お兄ちゃんクリスマスなのに予定ないの? あの、イケメン彼氏さんは!?」
莉桜の言葉にドリルで穴を開けられるような痛みを覚える。
そりゃ、あんなことがなかったらクリスマスの予定は入っていた。でも、連絡が取れない今……そもそも夜野くんはその約束も忘れているかもしれない。
「も、もしかしてお兄ちゃんわか――」
「千桜、あんたどうしたいの?」
「どうって……」
デリカシーのない莉桜の口を塞ぎ、姉ちゃんが俺を見る。
姉ちゃんには俺がくよくよしている理由が分かるのかもしれない。そういえば姉ちゃんも俺をパシリにするにしては、人のことをよく見ている。マルチタスクもできるし、グループ活動ではよくリーダーを任されていたし。弟である俺のこともちゃんと見てくれているんだなと頭が上がらない。
「別に別れたわけじゃないんじゃないの?」
「なんでわかるの。エスパー?」
「失恋かと思ったんだけど、どうもそういうふうに見えなかったから。あと、家でくよくようじうじされるのすっごい腹立つのよ」
「ご、ごめん」
「謝罪が欲しいわけじゃない。そうやって顔色窺って腰低めになるのやめなさいよ。私が威圧的なのは分かってるけど」
「わ、分かってるんだ」
口に出てる、と莉桜に注意され慌てて口を塞ぐ。
「千桜は度胸が足りないのよ。あともっと欲張りになりなさいよ。あんた小さいころから欲しいものぜんっぜん口にしないじゃない」
「だって、三人きょうだいだし、二人の欲しいものが買ってもらえなくなったり、とか」
「お兄ちゃん、私たちもお小遣い貰ってるからそんな気にしなくていいのに」
「うっ、莉桜……」
「千桜は気をつかいすぎ。もちろん、すごくありがたい時だってあるし、千桜の優しさに感謝してる。でも、自分を押し殺すのは違うんじゃない?」
「欲張りになっていい」
「誰もとめないわよ。あんたがよければそれでいいの。気持ちの問題」
姉ちゃんはそう言って俺の顔に五千円札をバシっとたたきつけてきた。
「うわ、何!?」
「最近のボーナス。あと、いつも気をつかってくれてるお礼。それで、いいクリスマスケーキでも買って恋人と仲直りでもしなさいよー」
「お兄ちゃん、メリークリスマス~だよ!!」
二人はそう言ってまた嵐のように去っていった。
いきなりたたきつけられた大金に驚きつつも、ちょっと素直じゃない高圧的な姉ちゃんの姉らしさを見て心が温かくなる。
あんなふうに自分の意見をズバズバいえる男になりたい。
(いや、うちの家系、もしかしたらみんな意外とズバズバいえるタイプなのかも)
俺が勝手に自分を抑え込んでいただけで、俺だって何も思ってないわけじゃない。あの時言えなかった言葉とか、飲み込んだ言葉とか。でも、心の中にはちょっとしたもやもやが残っていた。
「四葉くん……」
俺は、夜野くんと話したい。ちゃんと話をして、ちゃんと仲直りしたいし、恋人に戻りたい。
(責任……)
途中で放り出すなんてできなかったし、俺も夜野くんに言いたいことがある。
そうと決まれば行動は早かった。ベッドの布団を片づけ、荷物を鞄に入れ服を着替える。滑り落ちるように階段を下りて鏡の前で髪を整えた。
「行ってきます」
玄関には誰もいなかったが、どこからか姉ちゃんと莉桜の「いってらっしゃい」が家の中に響いた。
◇◇◇
「ありがとうございました」
笑顔の素敵な洋菓子店の店員さんが送り出してくれる。俺は、小さなショートケーキが入った箱を持って夜野くんの家に向かうことを決めた。
彼の家は学生アパートで、部屋の番号もしっかり覚えている。留守だったら嫌だなと思ったが、来るまで待つし、出てきてくれるまで待つつもりだ。
街を歩くと、クリスマスということもありカップルが目につく。あとは家族連れとか、みんなとても楽しそうで幸せそうな顔をしていた。それに比べて俺は、クリスマスに喧嘩別れになりそうな恋人のもとに――
(ううん、そこからの形勢逆転あるかもしれないだろ!! ちゃんと話して、このケーキ食べて、四葉くんと恋人に戻る)
もう責任とか、期限とか関係ない。夜野くんが提示した条件に"本気で惚れていい"ってあったし、今更なしとは言わないだろう。
俺の頭から夜野くんが離れてくれない。それくらい、俺にとって彼の存在は大きなものになっていた。
それでも、夜野くんの家に向かう足は鉛のように重たかった。覚悟を決めたとはいえ、突っぱねられるのが怖いという感情も残っている。俺は、ふらふら~と、いつも下校時に分かれるコンビニへと足を運んでいた。
こちらも「ありがとうございました」と店内から店員の声と、聞き慣れた来客を伝えるメロディーが流れる。
「四葉くん……」
ふとそんな音につられてコンビニを見ると、ちょうど黒いマフラーを首に巻いた夜野くんが出てきたところだった。腕には半透明のビニール袋がぶら下がっている。
そんな夜野くんはそ、ここからかなり距離があっただろうにこちらを見た。バチっと目が合って、運命を感じる。
しかし、そう思ったのは俺だけで彼は俺を見るなり反対方向へと走り出してしまった。
「千桜……っ」
「四葉くん待って!!」
手にショートケーキの入った箱を握っているのを忘れ、無我夢中で彼を追いかける。
だが、さすがは元バスケ部。俺の足じゃ全然追いつけず引きはがされていくばかりだ。待って、と声に出すが、寒さゆえに走るたびに喉も胸も痛くなる。それでもここで彼を捕まえないとと必死になっていた。
住宅街を走れば、歩行者たちが俺を見る。でも、誰にどう思われてもよかった。
そしてちょうど大通りに出たとき、彼は赤信号で引っかかり足を止める。
「はあ、はあ……四葉、くんっ……」
追いついたころには息が切れていた。足もがくがくするし、自分の体力のなさに情けなくなってくる。
夜野くんは、逃げられないと悟ったのか俺のほうを見る。やはり、彼の顔は不安そうで、その瞳が揺れている。
「逃げないでよ」
「逃げてないし」
そんな言い訳を言った後、彼はうつむいてしまう。俺と会いたくなかったんだなというのは伝わってきたが、引き下がる気はなかった。
「責任」
俺が一言放てば、まるで怒られるのを恐れる子どものように身体を丸める。
「責任……?」
「俺は四葉くんに事故チューした責任取るって言った。でも、まだ責任果たしきれてない」
「いいよ、もう。十分果たしてもらったし」
「……じゃあ、今度は四葉くんが俺の責任をとる番」
「え?」
まさか、俺がこんなことを言うなんて思ってもいなかったような反応だ。ようやく彼の顔が俺のほうを向く。
「やっとこっち、見てくれた」
「責任って、どういうことだよ」
夜野くんは、恐る恐る俺に聞く。そんなに怖がることはないのに、と思ったが俺がこれを言うのが怖かった。でも、言うと決めたのだからここで引き下がったり、愛想笑いしたりしてごまかさない。
俺は深呼吸をし、あの時のように夜野くんに手を伸ばす。
「俺、四葉くんのこと気づいたら大好きになってて、ずっとずっと頭の中にいて……好きすぎて辛い。こんな気持ちにさせたの四葉くんだから責任取ってよ」
「千桜……」
「恋人期間の無限に延長したい。君が恋人でい続けてくれなきゃ、俺嫌だ。四葉くん」
言いたいことがやっと言えた。
腹から声を出したため、やはり通行人たちは気になって俺たちを見ている。
信号が赤から青に変わり、ペッポペペポと鳴り始める。また、そのタイミングで雪がちらちらと降り始めた。
「千桜……俺、お前のこと傷つけたのに」
「いつ俺のこと傷つけたの?」
「……この間。十二月の頭頃。俺、逃げて、千桜のこと無視した」
「俺だって、あの時ちゃんと恋人だって言えてればよかった。それに、信じてあげなきゃいけなかったのに、君のこと少し疑った。ごめん、ごめん四葉くん」
あの日、俺は夜野くんのことを信じることができなかった。ちゃんと断ってくれるだろうと思っていたから、女子と手をつないでいるところを見て辛かった。俺と帰らなかった日に女子と会っていたのも何か理由があるのだろうとも思ったけど、耳を疑った。
夜野くんは一度も俺に嘘をついたことがないのに、疑ってしまったのだ。
「お前、いつも謝ってばっかだな……千桜が謝る必要ない。謝るのは俺のほう」
「四葉くん」
「嫌われたと思った。勝手に被害妄想膨らまして、お前から逃げて。メッセージも無視した」
「き、気にしてないよ」
「目が泳いでるだろ」
だって、好きな人から無視されたら堪えるに決まってる。
それでも、俺は夜野くんのことを忘れられなかったのだ。理由も分からないまま自然消滅なんて寂しすぎる。
俺は、差し出した手を一度おろし、夜野くんの腕を掴んだ。彼の手は指先まで冷たくなっている。
「す、好きな人に無視されたらそりゃ、悲しいよ……でも、あの日、四葉くんを信じられなかったのは俺だし。俺こそ、傷つけちゃったかもって思ったから」
そこまで言って鼻がむずむずし、へくしょん、とくしゃみをしてしまう。それに夜野くんはビクッと驚いて手に持っていたビニール袋を落としそうになる。
「千桜、場所変えよう。お前も冷たい」
「場所って、どこ」
「……俺の家」
夜野くんは、首に巻いていたマフラーを外し、俺の首に巻き付けた。
◇◇◇
「おおお、お邪魔します」
パチンと部屋の明かりがつく。
夜野くんの部屋は、学生アパートということもありこじんまりしており、男子高校生が二人いるだけでも少し圧迫感を感じるほどの広さだった。
こんな形で彼の家には上がることになるなんて思ってもいなかった。
それでも、初めて好きな人の部屋に上がったという緊張と、外に出て冷えた体は震えていた。
「さっき部屋出たばっかで、エアコン消したたてだから……すぐ温かくなるはずだ」
「あ、ありがとう。四葉くん」
「……まあ、座れよ。好きなとこでいいから」
夜野くんはそう言うと、部屋の真ん中に置かれているテーブル近くに腰を下ろした。
好きなところに座れと言われても、緊張して身体が動かない。ひとまず、彼とは反対側に座ろうと腰を下ろす。手に持っていたケーキの入った箱は、夜野くんと同じようにテーブルの上に乗せる。
(あ、部屋の中四葉くんの匂いでいっぱいだ)
雪が降ったりやんだりする最近、外で干すのは大変なのか中干してある。部屋の中には何着か服がつるしてあった。
向かい合って座った俺たちは、見つめあい、時に視線を外し、気まずい時間が流れる。
家にあげてもらったのはいいものの、何を言えばいいか分からなくなる。俺は伝えたいことを伝えた、後は彼からの答えだけだ。
「あの日――」
「う、うん」
「俺も逃げなきゃよかったと思った。けど、千桜に誤解されたらって……あの日向けられた視線を思い出してダメだった。もう子どもの頃の話だと割り切ったはずなのに、結局俺は人からの目を気にした」
「四葉くん……」
確かにあの日、夜野くんを信じられない目で見てしまった。
目が合ったのを覚えている。そして、彼がヒュッと喉を鳴らして苦しそうな顔で俺を見たのも脳裏に焼き付いている。
あんな顔はさせたくないと思っていたのに、俺も夜野くんを信じれずにいた。自分のことでいっぱいになってしまっていた。
恋人なんだからもっと信じてあげれたらよかったのに。
「ちゃんと話せば千桜なら理解してくれるだろうってわかってたはずなのにな。俺こそ千桜のこと信じ切れてなかった」
「お、俺も同じだから」
一緒だから、ともう一度言えば彼はフッと笑う。
夜野くんだけじゃない。俺だって、同じ思いだった。もし夜野くんが他の人に撮られてしまったら、彼の意識が違う人に向けられたら。そう考えるだけで胸が張り裂けそうだった。だから、俺はあの日ちゃんと追いかけることができなかった。
「……その、告白されたの?」
こくりと夜野くんは頷く。
「俺は付き合ってるって伝えた。なのに『ジンクスなの?』なんて言ってきて、手を握られて。意味わかんないよな。そこを、千桜に見られた」
「タ、タイミング悪くてごめん。けど、四葉くんはちゃんと恋人いるって言ってくれたんだ」
「言った。でも、諦め悪くて、認めないとか何とか云ってた気がする。認めないもクソも、俺が千桜を好きなのは変わんないのにな……千桜、本当にごめん。こんなこと言ったら言い訳になるかもしれないけど、俺……千桜のこと嫌いになってないからな」
夜野くんはそう言うと、テーブルの上に乗せていた俺の手をそっと握った。すでに熱を取り戻していた彼の手は温かく、冷え性の俺の手を溶かしていく。
「さっき、あの日と同じで俺のこと追いかけてきてくれたのすげえ嬉しかった。やっぱり、千桜は千桜だよなって。だから向き合う覚悟ができた。そんな千桜のことが前から好きだった。まっすぐで、優しさを向けて、俺の冷たいを包み込んでくれるお前が」
ちゃんと言うの遅くなったごめん、と夜野くんは謝ってくれた。
俺は、ずっとその一言が聞きたかった気がする。
彼にそう言われた瞬間、ぽたぽたと目から涙がこぼれる。それを見てか「ち、千桜」とぎょっと彼が目を剥く。
「ごめん、泣くつもりなんてなかったんだけど。あれ、おかしいな……四葉くんから嫌いになってないって言われて。好きって言われて安心したからかな」
本当はずっと不安で怖かった。
自分が釣り合うのかなとか、夜野くんはモテるからな、と卑屈になっていた。彼が俺の普通を普通じゃないって言って自己肯定感を上げてくれていたのに、いつの間にかまた下がってしまっていたのだ。
「そ、それと、噂なんだけど。俺と帰れない日には誰と会ってたの?」
「……明石」
「それって、四葉くんに……」
「過去を清算したかった。ちゃんと向き合って、全部終わったことにして、千桜と恋人でいたかった」
「俺と恋人で」
「一応、あの日のことを覚えてるかって聞いたが『昔のことじゃん』って済まされた。だから、もう関わるなって伝えた。それに、千桜のこと悪く言ったしな。もう一生関わらない。もしかして、それも誤解した?」
不安そうに聞いてくる。俺は、ごめんというつもりて首を縦に振った。でも、真相が分かれば怖いものなんて何もない。
心の中にあった靄がふわっと消えて、憑き物が落ちたようにすっきりとする。
「千桜、俺がこんなの言うのおこがましいかもしれないけど……俺も、恋人永遠に延長したい。千桜が責任取ってくれたように、俺もちゃんと恋人からのお前の要求……恋人として責任取るつもりでいる。責任取らせてくれ、千桜」
力強いその言葉に、力強く握り込む彼の手。ドクンドクンと今までにないほど心臓が強く脈打っている。
お願いします以外に返す言葉なんてない。やっと、思いが通じ合った瞬間だった。
「ひぐっ、うっ」
「な、ん、なん、ち、千桜。ご、何で泣くんだよ」
「だって、嬉しくて。嬉しいと涙出るんだよ。四葉くん」
「お、俺は出ないけど」
「俺は出るの……そおっか、四葉くん責任取ってくれるんだ」
「ああ。だって、これまでさんざん俺、千桜に"責任、責任"押し付けてきたから。今度は俺が、俺を好きにさせちゃった分、千桜に尽くしたい」
「何それ、策士みたいな」
「半分はそう」
「え?」
夜野くんはガサゴソと先ほどのビニール袋を開ける。そこには半額シールが貼られていたショートケーキが二つはいっていた。
「本当は恋人であるお前と一緒に食べようって思ってた。でも、お前の家行く勇気がなくて……けど、約束したしなって思ってたら買ってた」
「じゃあ一人で食べる予定だったの?」
「だから違うって……お前と食べたい。誤解が解けるまで冷蔵庫に置いて置くつもりだった」
「四葉くん行事ごと好きなんだね」
悪いかよ、といつも通りぶっきらぼうに言って彼は立ち上がる。
そういえば俺も彼と仲直りするためにケーキを買ってきたんだった、と白い箱の中を開ける。
「ぎゃあ!!」
「うわ、びっくりした。何だよ、千桜」
「ケーキヤバいことになった」
「ケーキ?」
フォークを二つ持って帰ってきた夜野くんは、箱の中に入った二つがぶつかってぐちゃぐちゃになったショートケーキを見て頬を引きつらせる。
「さっき走ったからだ」
「それ、俺の分?」
「そう。一緒に食べたかった。俺も、クリスマスを四葉くんと過ごしたかったんだよ」
「何それ、すげえ嬉しいんだけど」
でもこれじゃあな、と思ったが夜野くんは、一旦キッチンに戻ってお皿を持って帰ってきた。
「食べる。もったいないし。あと、千桜が俺のこと思って買ってきてくれたもんだし」
そう言いながらぐちゃぐちゃになったケーキを皿の上に乗せる。そして、自分の買ってきたケーキを皿の開いているスペースに乗せて俺のほうへよこした。
慣れた手つきに驚いたが、彼からケーキを受け取った後、夜野くんのほうを見る。
「食べないのか?」
「よ、四葉くんを待ってた」
「……ありがと」
ふわりと花が咲くような笑顔を向けてくる。彼の中の憑き物も落ちたようですっかりと、恋人の前でしか見せない表情になっていた。
俺たちは静かに合掌し、ケーキにフォークを突き刺す。
俺のケーキはぐちゃぐちゃで、夜野くんのケーキはパサパサしている。でも、二人で食べているからかすごく甘くておいしかった。
「あのさ、四葉くんと仲直りしてから聞こうと思っていたことがあって」
「何?」
「……四葉くんって俺をいつから好きになったの? お、俺は、大学見学終わったあたりくらいからちょっとずつ、ハロウィンのとき自覚した」
先に言わないと教えてくれない気がして、正直に話してみる。すると、夜野くんは口元についていた生クリームを舌で拭って「ちょっと前から」と以前のあいまいな答えを返す。それじゃ嫌だと圧をかければ降参というように手をあげる。
「気になり始めたのはいつだったか覚えてない。でも、時々プリントを渡してくれるクラスメイト、みたいな認識でいつの間にか目で追ってた」
「だから、俺の名前知ってたんだ」
「気になるやつの名前くらいはな……それで、文化祭最終日にあんなこと言われて、なら責任取ってもらう形で恋人になってもらおっかなって。ちょっと、下心出た。多分、そこでかなり好きなんだなーって」
「あ、曖昧だ」
「恋の始まりってそんなものだろ。恋人になって、さらに千桜のこと知って愛おしいって気持ちが生まれて、手放したくなくなって。でも、同時にどこまで踏み込んでいいのかも分からなくなった。お前のこと好きすぎて、いろんな顔見せてくれるお前が好きで。周りに優しい振りまくお前が好きだったのに、嫌いになった」
「嫌い……?」
「俺にだけ優しくあってほしい。千桜の優しさを独り占めしたい。だから、無理して周りに合せなくて俺といてほしい」
「……っ、プ、プロポーズ」
俺が言うと「そうかもな」と恥ずかしそうに笑う。
「お、俺も四葉くんのこと好き。声もそうだけど、不愛想に見えて意外と優しいとことか。俺のこと好きすぎることとか。全部好き」
「俺も千桜のこと好き」
ダメだ、押し負けている気がする。
ケーキよりも甘くなってしまった夜野くんに、恋人として勝てない気がしてきた。
思えば、夜野くんは嘘が嫌いだからずっと俺に本当のことを言ってきたんだと思う。ずっと好きだと伝えてくれていた。それを俺は恥ずかしくて正面から受け取れずにいた。
(四葉くん、俺のこと大好きすぎるじゃん)
思いが通じ合った今、夜野くんを止められる人間はいない気がする。
「それにしても、ジンクスなんて嘘っぱちだよな」
「すれ違いでちょっと危機感感じてたけど、嘘だと思う」
「あんなのに振り回されるなんてごめんだ。千桜」
「何、四葉くん――っ」
そう言ったかと思うと、夜野くんは立ち上がり、俺のほうへ寄ってきた。後ろに下がろうと思ってもトンと勉強机にぶつかってしまう。
「こんなに好きあってんのに、破局するなんて絶対ありえないし。俺が、千桜のこと逃がさないしな」
「ち、近いよ」
この距離ではキスをしてしまう。
夜野くんの部屋は狭いから逃げ場なんてどこにもない。
夜野くんの部屋、期待したシチュエーション。また俺の心臓は早鐘を打つ。
「キスする?」
「キッ……ちゅ、ちゅぅ……?」
「まだ照れてんの? ここ、俺の部屋なんだけど」
「し、下心」
「そうだな。俺、ファーストキスの相手が千桜でよかったって思ってる。まあ、事故チューだったのは解せないけどな。だから、これからたくさんする」
「三回目、サードキス?」
「ん? もう数えきれないってくらいするから、回数数えるの今日で終わりだから」
「ま、ちょっ」
有無を言わせず夜野くんが俺の唇を奪う。けど、すぐに離れていき「嫌?」としたくせに甘えるような目で俺を見てきた。
嫌なわけがない。なんならその触れるだけのキスでは物足りなかった。もっと長いことしてほしい。
「やじゃない」
「じゃあ、続行な?」
そう言って、夜野くんは再び俺の唇を塞ぐ。今度はゆっくりと溶けあうような長いキスだった。俺の唇を啄み、角度を変え、ちょっとだけ深いキスをしてみる。
窓の外はチラチラと真っ白な雪が降っている。ホワイトクリスマスだな、と思いながら俺たちは見つめあいながら唇を離す。
「できたじゃん。千桜、ちゃんと俺とのキス覚えて。俺のキスしか覚えちゃダメだからな」
「あとにも先にも、四葉くんとしかしないよ」
俺は息を切らしながら夜野くんを見る。彼の唇はしっとりと濡れていた。さっきのキスは生クリームの味がしたからきっと忘れない。
「千桜、年明けでいいからちゃんと復縁しましたってクラスのグループに送ろうな」
「え、また、四葉くん注目されるんじゃ」
「俺はもう大丈夫。それに、千桜の優しさに惚れてる女子多そうだし牽制」
そう言った彼は少しだけ唇を尖らせていた。独占欲が滲む少し子どもっぽい顔にもキュンとしてしまう。
「でも、四葉くんグループは入ってたっけ」
「あ……あとで、千桜入れて」
パチパチと瞬きし、俺は「いーよ」と返す。少し気恥ずかしいけど、俺も夜野くんの恋人だってもっと明言したい。誰が何と言っても、俺は夜野くんが恋人でいてくれればそれでいい。もうジンクスなんて信じない。
だって、俺たちはきっかけが何にせよ、今幸せだから。
「四葉くん、ケーキの続き食べよ。二人だけのメリークリスマス」
「そうだな。千桜、イチゴあげる。いっぱい食べろよ」
「餌付けしないでよ」
「その代わりに、千桜は俺にあーんしろ」
「こ、交換条件!?」
そんな他愛もない会話も愛おしい、大切な時間だ。
夜野くんは「恋人だから」といつもの調子で言う。確かに俺たちは恋人だ。相手のわがままもかわいくて聞いてあげたくなる。
俺は、しょうがないなあと言いながらフォークに突き刺さったイチゴを食べる。口の中には甘酸っぱさと、ちょっとついていた生クリームが解けていく。
「ほら、次千桜」
「は、早いって……あ、あーん」
「あーん」
俺が切り分けたケーキを一口で食べる夜野くん。彼の顔は今まで見たことないほど幸せそうだ。
(うん、俺も幸せ。四葉くんが恋人でいてくれて)
ケーキよりも甘い時間。
次の予定は年越しだろうか。一緒に初詣に行きたい。
そんな未来の話をしながら、俺たちは、外で雪が降る小さな部屋の中二人きりの誰にも邪魔されないクリスマスを過ごしたのだった。



