図書室には珍しく俺たちだけしかおらず広い空間を二人きりで使っていた。
 季節も、十二月に入り、街にはクリスマスの風が吹いていて、図書室もまたクリスマスの装飾がほどこされていた。
「夜野くんくっつきすぎじゃない?」
「恋人だし」
「それ魔法の言葉じゃないからね」
「じゃあ、俺がくっついていたい。ダメ?」
 俺の顔を覗くような角度でそういった夜野くんは、どこかキラキラと輝いていた。そんな顔を見ていると、ダメなんて言えるわけもなく「いいよ」と返せば「勝った」とどこか誇らしげに笑う。
 ハロウィンの一件以降、俺たちの仲はぐっと縮まった気がした。それこそ、本物の恋人のような距離感になった気がする。
(キスも二回目しちゃったし……)
 夜野くんからのキス。それは事故なんかじゃなくて、しっかりと意思のあるものだった。彼が冗談でキスするタイプじゃないと分かっているからこそ、そのキスに安心ができた。
 俺はカチカチとシャーペンの芯を出しながら、時々夜野くんのほうを見る。彼は数Ⅱの教科書を開いて問題を解いている最中だった。
 そんな彼を見ながら、この間取り寄せた大学のパンフレットを開く。
 頭の片隅で、夜野くんと同じ大学に行けたらいいなと思っているが、今のレベルじゃ敵わない。けど、あと一年ちょっとあるのだから頑張ってみようと思った。
「な、何、夜野くん」
「ん? ちょっかいかけただけ」
「図書室では静かにしないといけないんだけど」
「いいだろ。俺たちしかいないんだし」
 夜野くんは俺の足先にツンツンと、自分の足を当ててくる。
 以前のような恋人のイチャイチャだ、と頭の中では分かっていたが、恥ずかしさとくすぐったさが相まって、足をスススッと避けてしまう。すると、夜野くんの表情がすぐにむすっとしたものに変わる。
「ケチ」
「ケチじゃないよ」
「俺は、朝比奈といちゃつきたい」
「そんなこと学校で言わないでよ」
「学校じゃなきゃいいんだな? 俺んち、一応学生アパートだし一人だけど……そこでならいい?」
「い、いきなりすぎる」
 確かに夜野くんは、実家が少し遠いため学生用のアパートに住んでいるから一人暮らしだ。家の近所までいったことがあるし、何なら部屋の番号も知っている。しかし、一度も夜野くん家――部屋の中に入ったことがなかった。
「じゃあ、今度のイベントの時にでも来てよ、朝比奈」
「イベント……直近だと、クリスマス?」
「そ、クリスマス。朝比奈と、クリスマス過ごせるとか楽しいんじゃないかって」
 クリスマスはすでに冬休みに入っている。だから、学校で示し合わせて放課後に夜野くんの家に行くということはできない。
 先の予定を埋めたがる夜野くんを前に、どう返していいものかと悩んでいた。もちろん、とても楽しみではある。けど、彼の家に行ったら恋人だし、もっとすごいことをされるんじゃないか、するんじゃないかという期待が膨らんでいってしまう。
(お、俺ってこんなに浅ましかったっけ?)
 実は最近、恋人ができて浮かれている自分に気づいてしまった。これまでは、義務感で夜野くんとお付き合いしていたが、彼のことを知っていくうちに本気で惚れこんでいって、もっともっと知りたくて、一緒にいたいという気持ちが膨らんでいく。学生らしいはしゃぎ方で、こんなに幸せで罰が当たるんじゃないかと、自制しなければとも思う。
 でも、俺がはしゃいでいたとしても、夜野くんは受け入れてくれそうだ。
(初めてかも。こんなに、誰かに対してあれしたい、これしてほしいって思うの)
 初めて自分の中に欲求があることに気づいてしまった。俺は欲が薄いほうだと思っていたのに。
「じゃ、じゃあ、クリスマス……夜野くん予定いれないでよ」
「入れるわけないだろ。朝比奈がいんのに」
「浮気、とか」
「しないし。朝比奈の中の俺どうなってんだよ」
 睨まれてしまい、ごめんと謝るしかなかった。
 はしゃいでいると同時に不安もある。期限付きの恋人というのは延長できるにしても、夜野くんはモテるし、この間だってあの女の子はまだまだ夜野くんを狙っているようにも見えた。クラスの女子だってそうだ。
 モテる恋人を持つと辛いとはこのことだが、飽きられないためにこちらも行動をしなきゃいけないと思う。
(夜野くんが俺を裏切るような真似するわけじゃないじゃん。彼自身が嘘が嫌いだっていうのに)
 俺は、悶々とした気持ちを抑えるために近くに置いていた大学のパンフレットを掴む。そして、パラパラとめくって視線を落とせば横から「あ」と声が飛んできた。
「ここ、経済学部あんじゃん」
「この大学? そういえば、ここ福祉とかも学べるんだった」
「朝比奈、福祉関係興味あんの?」
「どっちかっていったら教育系? かな。子ども福祉とか」
「先生とかなりたい感じか?」
「ううん。先生は向いていないっていうか。ああ、でも幼稚園の先生は一時期憧れてたかも」
「すげえ似合いそう」
「そ、そうかな」
 教育系の学部がある国公立は多くない。そうなってくるとやはり私立になるだろうか。
 俺は、筆箱からマーカーを取り出してそのページに大きな丸を付ける。隣から、夜野くんの視線が刺さっていたが、とりあえず丸を付けてぱたんと閉じた。
「何で丸つけたんだよ」
「夜野くんが目指してる学部がある大学だから、メモ。俺もさ、夜野くんと同じ大学いけたらいいなって思う」
「朝比奈……」
 面と向かって言うのはまだ恥ずかしい。
 ササっと前髪を触って顔を逸らすが、彼の顔や視線が動いた様子はなかった。
「何それ、すげえ嬉しい」
「夜野くんが先に言ったんじゃん。俺と同じ大学に通えたら楽しそうだって」
「言ったけど……朝比奈が思ってくれてるなんて思わないだろ。それが、すげえ嬉しい」
 パンフレットの上に乗せている手に、わざわざ重ねて俺に顔を近づけてくる。子どものようにはしゃぐ夜野くんを見て、少し気恥ずかしさも覚える。
 つい数か月前までは知らなかった顔がそこにある。
「夜野くん最近表情豊かだね」
「朝比奈といるから」
「速答なところに愛を感じます……」
「何で敬語なんだよ」
「夜野くんの距離が近いから」
「……もっとすげえことするとき、そんなんじゃ困るだろ」
「も、もっとすごいことするの!? いつ!?」
「いや、いつって……いつか」
 さすがの夜野くんも、俺からそんなへんてこな言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、「お、おう……」と押され気味のようだ。
(てか、すごいことって、夜野くんとすごいことって……)
 頭にイメージがわいてきて困る。今は放課後で人は少ないが、外では部活動をしている人がいるし、時々文化部も図書室の前を通る。二人きりとはいいがたい。でも、逆にそのハラハラ感が、今の空気を作っているのかもしれない。
「けど、俺たち恋人同士なんだからいつかするだろ」
「キ、チュー以上のこと!?」
「当たり前だろ。てか、チューって朝比奈かわいすぎ。何? キスって言うの恥かしいの? あの日もチューって言ってたから」
「チュ、チューはチューだよ」
「そっちのほうが恥ずかしい」
 そんなことを言われてしまい、項垂れるしかなかった。だって本当に恥ずかしいから。
「高校生なんだし、そういうの求めるのも……恋人としたいって思うの、普通だろ」
「分かんないよ。恋人いたことないんだから」
「俺もいないし。けど、付き合ってもう二か月経つし」
「まだ二か月だよ」
「もう二か月経った。朝比奈、俺から逃げようとしてる?」
「してない!!」
 なんだか順序がぐちゃぐちゃだ。
 夜野くんに迫られて俺の頭もごちゃごちゃとしてきた。そういう願望がないといったら嘘になる。けれどもまだ、実感がわかないのだ。
(夜野くんが俺を求めてくれてる)
 それはちょっと嬉しいけど、こんな大きな声で話す内容ではない。俺がきゅっと唇を噛めば、夜野くんは「キス待ち?」と言って俺の顎を掴む。
「ちちちち、違うよ!!」
「じゃあ、何」
「……大きな声で、そんなこと話すのは恥ずかしいかもって」
「初心」
「これ、俺が変なのかな」
「……違う、俺がいきなり迫りすぎた。順を追ってじゃないと、朝比奈、身と心もたないよな」
 夜野くんは俺から手を離すと、ふいっと顔を逸らした。それから、頬杖をついてごにょごにょと動く口を押える。
 いきなり迫られてびっくりした。またキスされるんじゃないかと思ったし、期待した。でも、それを口にできずに結局夜野くんを突っぱねてしまった。
 やっぱり、このままじゃいけない気がする。
「夜野くん、俺たち付き合って二か月記念ということで」
「てことで何だよ」
「……そろそろ名前呼びとか、どう、かなって」
「名前呼び?」
 俺のいきなりの提案に夜野くんは目をぱちぱちとさせる。
 以前、大学見学の帰りのバスで、夜野くんが俺のことを"千桜"と下の名前で呼んだ気がした。あの時は恥ずかしくて、寝ている彼に"四葉"と名前を呼んだけど、面と向かっては彼の名前を呼べていなかった。
 せっかく付き合っているんだから、呼び方も特別でありたい。こういうところから俺は慣れていこう、と彼のほうを見る。
「俺、名前女みたいだし」
「ううん、よ、つば、くんっていい名前だと思う。幸せのクローバーだよね」
「知らない。親がどういう思いでつけたか知らないし」
「お、俺のこと千桜って呼んでよ」
「千桜」
「じょ、情緒!! 何で、いきなり言うの!!」
「言えっていったの朝比奈だろ。お前のも情緒どうなってんだよ」
「……うぅ。俺も夜野くんの下の名前呼びたいよ」
「そんなしょげることないだろ。あーもー呼べばいいだろ。お前だけ特別だからな」
 夜野くんはそう言って「今、言ってもいいとき」とわざわざ教えてくれる。
「よ、四葉くん」
「何、千桜」
「……やっぱり、恥かしいかも」
「千桜が言い出しっぺだからな……千桜、千桜」
「ちょ、ちょっと、や、四葉くん!!」
 調子に乗ったのか、夜野くんは俺の名前を連呼して髪を撫でる。誰もいないから、夜野くんの声がよく響く。俺は彼の声に弱いから、そんなに何度も俺の名前を呼ばないでほしい。
「千桜、真っ赤になってすげえかわいい」
 耳元でうっとりするような声が聴こえてダメだった。
 さすがにもうダメだ沸騰する、と彼を止めようとすると図書室の扉がガラガラと開き「朝比奈ー」と気の抜けるような声が飛んできた。
「ゆ、夕田?」
「……チッ」
 横で舌打ちが聞こえたのは聞こえなかったふりをして、俺はやってきた夕田に身体を向ける。
 足の先でげしげしと蹴ってくる夜野くんの足がちょっと痛い。
「朝比奈、放課後デート中?」
「いや……えっと、お勉強会。それで、夕田何?」
「あー朝比奈じゃなくて、用事があるのは夜野のほうで……って、夜野こわ!! んな顔すんなよ」
 俺たちのもとにやってきた夕田は、開口一番"デートかよ"ぷぷぷ、と笑うように見てくる。その目にイラっとしつつも、"デート"と返せない自分に情けなさも感じてしまった。
 そして、用事があるのはどうやら夜野くんのほうのようで、夕田は恐る恐る彼のほうを見る。
「用事? 早く言え」
「高圧的……でも、イケメンだからモテるんだよな。いやあ、それがさ、夜野に用事があるって言う……ほら、図書室の前で待ってる子」
 夕田はそう言うと、くいっと図書室の扉を指さした。そこには何人か女子がいて、こちらを見ている。
 何だろう、と思いつつ、もやっとした気持ちが胸に広がる。
 夕田は「すぐ済むからさ」と夜野くんを追い出すように言う。
(四葉くん、行かないよね?)
 途端に襲ってきた不安をどうにもできず、夜野くんのほうを見る。しかし、夜野くんは面倒くさそうにもう一度頭を掻いて舌打ちをすると、のそっと立ち上がる。
「よつ、夜野くん」
「すぐ帰ってくる」
 思わず彼のブレザーを引っ張ってしまったが、あまりに弱々しく掴んだダメ、スッと彼は立ち上がっていってしまった。
 ほどなくして、扉付近からキャーという黄色い声が聞こえてくる。
「やっぱ、あいつモテんなー」
「……夜野くんに何の用事だったの?」
 図書室には、俺と夕田だけになる。
 ドクンドクンと心臓が嫌な打ち方をして、手のひらに汗がにじんでいく。
「さあ、告白じゃね?」
「は? いや、でも」
「ほら、ジンクス」
「ジンクス?」
 いきなり訳の分からないことを言うので、混乱して目が回る。
 俺と夜野くんはまだ付き合っているというのに、何故告白する女子がいるのだろうか。
「朝比奈に言ってなかったっけ? ジンクスには続きがあるんだよ。文化祭中にキスしたやつらはめっちゃラブラブになるけど、クリスマス前までに絶対に別れる―って」
「それ、ジンクスじゃなくてただただ燃え尽きただけじゃない?」
「熱しやすく冷めやすいってやつ? でも、まあそういうジンクスがあって。お前らも頃合いなのかなーとか」
「勝手に決めないでよ」
「ああ、あと。さっきの女子たちに夜野連れてきたら、かわいい女子紹介してくれるって言うからさ」
 デレデレと聞いてもいないことを言う夕田がとても鬱陶しかった。
 女子たちも多分そのジンクスを知っていて、夜野くんに告白しようと思ったのだろう。確かに、最近の俺たちは以前よりも距離が縮まって周りから見たらラブラブカップルなんだろうけど。それがジンクス通りで、そのうち別れるだろうって――
(勝手すぎる)
 周りはジンクスに振り回されていて、勝手に俺たちのことを決めつけて。
(……そりゃ、熱しやすく冷めやすい人もいるけどさ。四葉くんは違うよ、きっと)
 自信はないけれど。
「朝比奈、気になるんなら隠れて見ればいいじゃん」
「そんな覗きだよ」
「まだ付き合ってるんなら許容範囲じゃね? あと、もしかしたら夜野のやつコロッとOKするかもだし。浮気現場は抑えておいたほうがいいだろ」
「夜野くんに限って」
 いーじゃん、いーじゃん、と夕田は俺の腕を掴んで立ち上がらせ、図書室の外へと連れていく。
 誰も頼んでいないのにそっとしておいてほしい。それに、夜野くんが注目されるのを嫌がるのを知っているため野次馬するのは絶対にダメだ。
 それでも、夕田の力に押し負けて、俺たちは廊下へと出る。すると、廊下の曲がり角から女子の声が聞こえてきた。
「朝比奈、行ってみようぜ」
「夕田、そういうのダメだと思う。夜野くんが嫌がる」
「何であいつの肩もつんだよ。だったらさっきの時点で、夜野が断ればよかったし」
 同調しない裏切り者、という目を向けられる。
 確かにそうかもしれないが、夜野くんもあの状況で断れなかったんじゃないかと思う。
 夕田は少しだけ、と言ってまた俺の腕を引っ張って歩き出した。
「やめろってば!!」
 何でこういうときだけそんなに力強いんだ、と四苦八苦していれば、いつの間にか曲がり角付近まで来ていた。
 そして、俺の目に飛び込んできたのは、先ほどの女子に手を掴まれてる夜野くんの姿だった。
「夜野、くん……」
「ちは……っ」
 俺が名前を呼べば夜野くんがこちらを振り向く。黒い瞳を大きく見開き、激しく揺らした。それから、女子の手をブンと振りほどいて俺の横を走っていってしまう。
 すぐに追いかけようとしたが、俺の腕を掴んでいる夕田がポカーンとその場に突っ立っているせいでなかなか振りほどけなかった。
 今すぐ追いかけなければならないのに その間にも夜野くんの姿は見えなくなる。
「夜野くん!! 夕田、おま、重い!! 放せって」
「わりぃ」
「悪いって思ってないでしょ」
「あ、朝比奈?」
 初めて、夕田に対して声を荒げた気がする。それほどまでに俺は怒っていたし、空気を読まない……いや、人の気持ちを考えないこいつにムカついた。
 さすがに今のは度を超えすぎている。
 パッと廊下のほうを見るがすでに夜野くんの姿はなかった。しーんと、夕日が差し込む廊下はほの暗く、静寂が漂っている。
(今、四葉くん傷ついた顔して……)
 俺と目が遭った瞬間、彼の表情は一気に青ざめた。それは、あの日、彼のトラウマを作った女子と再会したときのような表情だった。

◇◇◇

 足が重い。
 学校につき、下駄箱ではあ……とこの世の終わりみたいなため息が出てしまう。
(土日に風邪ひいて、水曜日まで登校できないなんて)
 なんだか踏んだり蹴ったりだ。
 先週の金曜日、夕田の一件後、夜野くんと連絡がつかない。
 最後に夜野くんが送ってきたのは『ごめん』の一言。それから何度もメッセージを送っているのだが、既読がつかず電話も無視された。そういう経緯もあって、俺は自分から夜野くんに連絡を入れられなくなってしまった。もちろん、風邪で寝込んでいたということもある。
(四葉くん大丈夫かな……)
 あの日みてしまった彼の傷ついた表情。俺ももっと彼のことを信じてあげられたらよかったと思ったし、夜野くんが俺を裏切るはずないとあの場で言ってあげられたらよかった。それかもしくは、行かないでと図書室にいるとき引き留めてあげられれば――
 後悔なんていくらでも押し寄せてきて、俺の不安な気持ちをさらに搔き乱していく。
 とにかく今日学校に着いたら夜野くんに話しかけなければと、気持ちを切り替えてきたつもりだ。それでも話すのはちょっと怖い。
(いやいや、でも俺たち恋人だし。ちゃんと話し合えば仲直りくらい――)
「お、おはよ」
 消えるような声で教室に入る。しかし、そこには夜野くんの姿はなく、いつも通り賑わしい朝の光景が広がっていた。
 まだ来ていないだけかもしれない、そう思いながらリュックを自分の席に置こうとすると「朝比奈、そこ違うぞ」と夕田に指摘される。
 俺は思わず、振り返り彼を睨みつけてしまった。
「朝比奈寝不足?」
「違うってどういうこと?」
「お前が休んでる間に席替えあったんだよ。あ、俺の隣な」
 そう言って俺の席を指さした。そこは一番前の席で、教卓にも近い場所だった。最悪だ。
 夕田は絶望している俺をよそに「これからノート映させてくれよ」とさらに最低なことを上塗りしてくる。こっちは一応病み上がりだし、いきなり行われた席替えに驚いているというのに自分の話しかしない。
(俺、性格悪いのかな……)
 これまで友だちだと思って接してきた相手に嫌な感情を抱いてしまう。でも、それだけこれまで我慢してきたんじゃないかという裏返しにもとれ、俺がいかに夜野くんと二人きりの時間に救われていたか身をもって思い知らされる。
「夜野くんは……」
「夜野? 昨日休みだったから来るか分かんねーよ」
「風邪?」
「さあ? でも、お前ら別れたんだろ」
「え?」
 さらに飛び出してきた言葉にトンカチで頭を殴られたような衝撃が走る。
「俺と夜野くんが、別れた?」
「え、ちげえの? そういう噂流れてるけど。あと、夜野のやつちょっと前にコンビニあたりでかわいい女子と二人きりになってるのみたって友だちが言ってたし」
「いつ」
「えーうーん、先週の木曜日?」
 その日は確か夜野くんが用事があると言って二人で帰れなかった日だ。久しぶりに一人で通学路を歩いたから記憶に新しい。
「新しい彼女じゃねって噂。めちゃくちゃ釣り合ってたし。お前らが別れた理由も、夜野がクズで朝比奈がフラれたーって噂だし。朝比奈はなんも悪くなかったんだろ?」
「何それ、知らない」
 全部でっち上げだ。
 俺が休んでいる間にこんな噂が広がっているなんて思わなかった。それも、多分金曜日の一件があってのことだ。
(誰がそんな噂……)
 こんな噂が流れている夜野くんのほうが心配だ。彼は口は悪くてたまに不愛想だけど、優しくて、俺のことちゃんと見てくれるいい人だ。俺の恋人なのに、そんなふうに悪く言って欲しくない。
 夕田は、俺がこっぴどくフラれたと勘違いしているのか「ドンマイ、ドンマイ。朝比奈ならすぐに新しい彼女見つかるって」と肩を叩いている。
(そうだ、メッセージ……ちゃんと聞かなきゃ)
 今日も休みなら連絡手段はメッセージアプリだ。そう思ってスマホを取り出し、既読のついていない彼とのチャットを見る。
 そして"噂"と入れたところで、俺は手が震えて止まってしまった。もし、夜野くんが知らなかったら。こんなことを聞いてまた傷つけてしまったら。
 彼の傷ついた顔が脳裏に焼き付いてはがれなかった。彼の笑っている表情までも上書きされるようで、胸がひどく苦しい。
 聞かないといけないのに聞き出し方が分からない。そして、いくつも送った既読のつかないメッセージを見てさらにダメージが入る。
(俺、フラれたのかな)
 理由があるんだろうと思っても、それを聞く勇気も、聞く気力もなかった。
 あんなに幸せだったのに、本当にジンクス通りになってしまった気がする。この前までクリスマス楽しみだねって言いあっていたのに。あの時間が嘘のようだ。
(嘘、じゃないよね……だって、四葉くんは、嘘が嫌いだから)
 俺は、夕田に言われた席にトボトボと向かい、リュックを下ろし、スマホの電源をオフにした。
 その日、夜野くんは学校に来なかった。