小学六年生で初めて参加したサマーキャンプ。行く先は北海道だ。僕は行ったことのない遥か北の美しい大地に思いをはせ、友達とはしゃいでいた。
あれが食べたいとか、お土産にはこれを買うとか、誰かが持って来たガイドブックをみんなで囲んで期待を膨らませた。
「船乗るってよ! 俺、船とかディズニーランドでしか乗ったことねぇわ」
「私、横浜で乗ったー」
「熊見られるかなぁ」
「いやだ怖い、イルカがいいよ~」
「あれ、見られるのはクジラだろ?」
同じ班のみんなは遊覧する船の話をしていた。
小グループに分かれて、色々な体験を選べるのだけれど、僕たちの班は遊覧船を選んだ。野生動物たちを見られることを楽しみにしていた。
楽しいはずの修学旅行だった。それが、あんなことになるなんて、誰が予想していただろう。
その日は快晴で、風は強かったけれど絶好の遊覧日和だと思った。行程二時間のクルーズの間に、どんな生き物に出会えるのか、どんな秘境を見られるのか、そんなことに胸を躍らせていた。
だけど。
強い風のせいで、静かに進むはずの船は大きく揺れた。風のせいだ。僕は船になんか乗ったことがなかったので、すっかり酔ってしまったのだ。
「ごめん、ちょっと気持ち悪いかも……」
班の仲間に断ってトイレに駆け込む。こみあげてくる吐き気と戦っているとき、大きく船が傾いた。転がった衝撃で、壁に強く体を打ち付ける。
客室の方から悲鳴が聞こえた。バタバタと焦った足音。誰かの怒鳴り声。
僕は体を打ち付けた痛みでなかなか動けなかった。船の揺れは大きく、立ち上がろうとするたびに足がもつれて倒れ込む。
「誰か残っていませんか!? あ!」
恐ろしくてトイレうずくまっていると、誰かの声がした。顔上げようとすると、その人は僕を抱き起してくれる。
「あ、あの、何が起こっているんですか?」
状況が把握できていない僕に、その人は優しく微笑む。
「大丈夫、大丈夫だから。あ、でもこれはつけておいた方がいい、すぐに助けが来るから、何も心配しなくていいよ。君は絶対に助かる」
自分がつけている救命胴衣を僕に着せながら、その人は安心させるように力強くそういった。
「あの、お兄さんの胴衣は!?」
「俺は大丈夫。まだ船の中に残ってるから見回りついでに取ってくる。君は早く甲板に逃げろよ」
「逃げるって? 待ってください、お兄さんは大丈夫なんですか!」
僕はそれから何が起こったのか、あまり覚えていない。覚えているのは、僕を助けてくれたその人が、笑顔で船の中に戻っていく姿と、大きく転覆し始めた船の異様な景色。
あの、僕を安心させるような笑顔が、忘れられない。忘れてはいけない。忘れられるわけがない。
僕たちが乗っていた船はそのまま横に倒れて沈み、投げされた僕は、長い間海の上を漂った。襲い掛かる波は荒く、息をすれば容赦なく海水が口の中に流れ込んできた。苦しい、肺の中を水が満たしていく。息が出来ない。
もう、死ぬかもしれない。
そして同時に思ったのだ、まだ、死にたくないと。消えていく意識の中で、僕は確かにそう思った。強く。
あれが食べたいとか、お土産にはこれを買うとか、誰かが持って来たガイドブックをみんなで囲んで期待を膨らませた。
「船乗るってよ! 俺、船とかディズニーランドでしか乗ったことねぇわ」
「私、横浜で乗ったー」
「熊見られるかなぁ」
「いやだ怖い、イルカがいいよ~」
「あれ、見られるのはクジラだろ?」
同じ班のみんなは遊覧する船の話をしていた。
小グループに分かれて、色々な体験を選べるのだけれど、僕たちの班は遊覧船を選んだ。野生動物たちを見られることを楽しみにしていた。
楽しいはずの修学旅行だった。それが、あんなことになるなんて、誰が予想していただろう。
その日は快晴で、風は強かったけれど絶好の遊覧日和だと思った。行程二時間のクルーズの間に、どんな生き物に出会えるのか、どんな秘境を見られるのか、そんなことに胸を躍らせていた。
だけど。
強い風のせいで、静かに進むはずの船は大きく揺れた。風のせいだ。僕は船になんか乗ったことがなかったので、すっかり酔ってしまったのだ。
「ごめん、ちょっと気持ち悪いかも……」
班の仲間に断ってトイレに駆け込む。こみあげてくる吐き気と戦っているとき、大きく船が傾いた。転がった衝撃で、壁に強く体を打ち付ける。
客室の方から悲鳴が聞こえた。バタバタと焦った足音。誰かの怒鳴り声。
僕は体を打ち付けた痛みでなかなか動けなかった。船の揺れは大きく、立ち上がろうとするたびに足がもつれて倒れ込む。
「誰か残っていませんか!? あ!」
恐ろしくてトイレうずくまっていると、誰かの声がした。顔上げようとすると、その人は僕を抱き起してくれる。
「あ、あの、何が起こっているんですか?」
状況が把握できていない僕に、その人は優しく微笑む。
「大丈夫、大丈夫だから。あ、でもこれはつけておいた方がいい、すぐに助けが来るから、何も心配しなくていいよ。君は絶対に助かる」
自分がつけている救命胴衣を僕に着せながら、その人は安心させるように力強くそういった。
「あの、お兄さんの胴衣は!?」
「俺は大丈夫。まだ船の中に残ってるから見回りついでに取ってくる。君は早く甲板に逃げろよ」
「逃げるって? 待ってください、お兄さんは大丈夫なんですか!」
僕はそれから何が起こったのか、あまり覚えていない。覚えているのは、僕を助けてくれたその人が、笑顔で船の中に戻っていく姿と、大きく転覆し始めた船の異様な景色。
あの、僕を安心させるような笑顔が、忘れられない。忘れてはいけない。忘れられるわけがない。
僕たちが乗っていた船はそのまま横に倒れて沈み、投げされた僕は、長い間海の上を漂った。襲い掛かる波は荒く、息をすれば容赦なく海水が口の中に流れ込んできた。苦しい、肺の中を水が満たしていく。息が出来ない。
もう、死ぬかもしれない。
そして同時に思ったのだ、まだ、死にたくないと。消えていく意識の中で、僕は確かにそう思った。強く。



