土曜日、僕は温室で奏さんに一連の出来事を報告した。
「朔さんの調査力に感動しました」
淡い黄色のワンピースと着た奏さんは目を輝かせた。大したことをしたわけではないので、僕は少しだけ気まずい。
「でもなんだかもどかしいですね、お互いにまだ思うところがあるんでしょうに」
「だけど、どうしようもないんじゃないかな。これ以上引っ掻き回すのもどうかと思うよ」
僕がなだめようとすると、奏さんは不服そうに眉をひそめる。
「でも、誰が引っ掻き回さないと状況は変わらないと思いませんか? ほら、二つの物質を混ぜるとするでしょう。反応するにはなにか触媒がいるかもしれないですし、溶け合うにはかき回して撹拌層を厚くする必要があるかもしれません」
「変える必要はないよ、二人はそれぞれの人生を歩んでるじゃないか。綺麗に分離している層を混ぜない方がいい」
奏さんも黙り込んでしまう。何かできることなら、僕だって力になりたい。でも、それが本当に必要なのかどうかわからない。亜弓さんがどうしたいのか、先生がどうしたいのか、僕にはわからない。
「そうだ、朔さんは奨学金試験を受けるっていっていましたね」
話題ががらりと変わる。奏さんには時々こういったところがある。頭の回転が僕よりもずっと速いのだろう。話題の切り替えも早い。
「うん、受かればいいけど。正直母さんの稼ぎに頼るわけにはいかないし、僕が進学したのは僕のわがままだから」
「受かりますよ! あぁ、でも勉強しないといけないですよね……しばらく会えなくなるのかなぁ」
嬉しそうに微笑む奏さんを見て、僕は顔が熱を帯びていくのを感じた。来年も、こうやって一緒に穏やかな時間を過ごせたらいいなと思う。
「あ、でも、カフェに行きますから」
「実習も増えるし、バイトの時間も減るかもしれない」
「お休みの日や休憩時間なら会えるかもしれないじゃないですか。合わせます」
「奏さんも二年生になったら忙しくなるよ」
「それって、もう会いたくないってことですか?」
奏さんは不機嫌そうに頬を膨らませた。なんだか小さなフグみたいだ。
「ごめん、意地悪をいった。ちょっと恥ずかしくて。来年からも会えるのを楽しみにしてる」
奏さんは顔をほころばせる。本当に表情が豊かな人だ。いつまでも見ていたくなる。
「少しバイトの時間は減るかもしれない」
「お勉強はお家で?」
「図書館かな、家にいたらラッテをかまいたくなるし。そうだ、ラッテの飼い主探しも難航してるんだった……」
僕は頭を抱えた。先日母にこのまま飼ってもいいかと直談判する前に先手を打たれてしまったのだ。「可愛いのは認めるけれど、約束は守りなさい」といわれた。道理だ。飼い主探しもしなければいけない。
「そうしたら私も図書館に行きます。一緒に勉強しましょう。飼い主探しも、私、なんとかしますから!」
僕が頭を抱えていると、奏さんは両手で握りこぶしを作り、気合を入れるようにガッツポーズになった。
奏さんにはせがまれて何度かラッテの写真を送ったことがある。触れるのは怖いが見るのは大好きなのだとか。
「今度は図書館でも会いましょうね」
奏さんとの約束が増えた。嬉しいと思うが、それどころではない。誰ならばラッテを安心して譲ることが出来るだろうか。学生課には張り紙を断られてしまったし、カフェの方にも知らせはない。
二階堂先生にもう一度相談してみようか……僕はそう考えてから、きっと叱られるだろうなと苦笑した。
「朔さんの調査力に感動しました」
淡い黄色のワンピースと着た奏さんは目を輝かせた。大したことをしたわけではないので、僕は少しだけ気まずい。
「でもなんだかもどかしいですね、お互いにまだ思うところがあるんでしょうに」
「だけど、どうしようもないんじゃないかな。これ以上引っ掻き回すのもどうかと思うよ」
僕がなだめようとすると、奏さんは不服そうに眉をひそめる。
「でも、誰が引っ掻き回さないと状況は変わらないと思いませんか? ほら、二つの物質を混ぜるとするでしょう。反応するにはなにか触媒がいるかもしれないですし、溶け合うにはかき回して撹拌層を厚くする必要があるかもしれません」
「変える必要はないよ、二人はそれぞれの人生を歩んでるじゃないか。綺麗に分離している層を混ぜない方がいい」
奏さんも黙り込んでしまう。何かできることなら、僕だって力になりたい。でも、それが本当に必要なのかどうかわからない。亜弓さんがどうしたいのか、先生がどうしたいのか、僕にはわからない。
「そうだ、朔さんは奨学金試験を受けるっていっていましたね」
話題ががらりと変わる。奏さんには時々こういったところがある。頭の回転が僕よりもずっと速いのだろう。話題の切り替えも早い。
「うん、受かればいいけど。正直母さんの稼ぎに頼るわけにはいかないし、僕が進学したのは僕のわがままだから」
「受かりますよ! あぁ、でも勉強しないといけないですよね……しばらく会えなくなるのかなぁ」
嬉しそうに微笑む奏さんを見て、僕は顔が熱を帯びていくのを感じた。来年も、こうやって一緒に穏やかな時間を過ごせたらいいなと思う。
「あ、でも、カフェに行きますから」
「実習も増えるし、バイトの時間も減るかもしれない」
「お休みの日や休憩時間なら会えるかもしれないじゃないですか。合わせます」
「奏さんも二年生になったら忙しくなるよ」
「それって、もう会いたくないってことですか?」
奏さんは不機嫌そうに頬を膨らませた。なんだか小さなフグみたいだ。
「ごめん、意地悪をいった。ちょっと恥ずかしくて。来年からも会えるのを楽しみにしてる」
奏さんは顔をほころばせる。本当に表情が豊かな人だ。いつまでも見ていたくなる。
「少しバイトの時間は減るかもしれない」
「お勉強はお家で?」
「図書館かな、家にいたらラッテをかまいたくなるし。そうだ、ラッテの飼い主探しも難航してるんだった……」
僕は頭を抱えた。先日母にこのまま飼ってもいいかと直談判する前に先手を打たれてしまったのだ。「可愛いのは認めるけれど、約束は守りなさい」といわれた。道理だ。飼い主探しもしなければいけない。
「そうしたら私も図書館に行きます。一緒に勉強しましょう。飼い主探しも、私、なんとかしますから!」
僕が頭を抱えていると、奏さんは両手で握りこぶしを作り、気合を入れるようにガッツポーズになった。
奏さんにはせがまれて何度かラッテの写真を送ったことがある。触れるのは怖いが見るのは大好きなのだとか。
「今度は図書館でも会いましょうね」
奏さんとの約束が増えた。嬉しいと思うが、それどころではない。誰ならばラッテを安心して譲ることが出来るだろうか。学生課には張り紙を断られてしまったし、カフェの方にも知らせはない。
二階堂先生にもう一度相談してみようか……僕はそう考えてから、きっと叱られるだろうなと苦笑した。



