―――優希くんとお別れをした次の日、私は祖母と児南島を出発し東京に戻ってきた。翌日は体育祭を控えていて長く滞在する事はできなかったんだ。祖母にとっては大事な故郷なのに、私が記憶を失くして別荘も売却したそうだし、島に帰ることも控えていたと知り一層申し訳ない気持ちになった。今回は久しぶりの帰郷になったにもかかわらず、私の予定に合わせてとんぼ返りになってしまって……。せめて帰りの飛行機は窓側で故郷の風景をじっくり見て欲しいと思ったのだけれど、遠慮されて行きと同じに私が窓側に座らされる。祖母はいつだって私を優先してくれるから気が咎めて、本音を確認せずにはいられなかった。
「おばあちゃん、7年ぶりの故郷の島……楽しめた?」
「うん、良かったわ。東京とは違って島ではのんびりできて」
「……ほんと?」
「ええ、ホテルに泊まって家事を楽してたからね。極楽だったわよん?」
お茶目に戯ける祖母を見て「あはっ」と笑いが吹き出した。どうやっても私ばかりが家族に気遣ってもらって……。これからは心配かけないように、私が祖母にママにも家族皆に恩返しできたらいいと思う。
「おばあちゃんが大切にしてた故郷の海に、私が悪い思い出を残しちゃったみたいで……何か良くする方法はないかなって思ってるんだけど……」
祖母は頬を上げて微笑みながら首を横に振った。
「小さい頃から島のオジイやオバアによく言い聞かされたの……海は命を生み出してくれるからいつも感謝していなさい、たとえ命を奪われても恨まないこと、また新しい命を与えてくださる、って。それが自然の摂理なのよね……」
海と共に生活してきた島の人々の教えだ。生命の誕生は海から、地球上のあらゆる生命の源が海になる……凄まじいエネルギーを持つがゆえ、時に生命体を脅かす事もある。自然の脅威だ。
「……どうして私達だけ、なんで優希くんだけ、こんな目に遭わないといけないのって……悲運に見舞われた事を完全に受け入れたわけじゃないけれど……。優希くんがね、今を大事に生きて、って言ったの。僕の分もちゃんと生きて、って……約束したんだ。優希くんは海に命を奪われたけど、私の命を救ってくれた。だからね、私は医者になってたくさんの命を守りたい……命を繋いでいけるかな?」
「もちろん! 帆香ならできるわ!」
「……へへっ、ありがとう。目の前の事を一つ一つ挑戦して成果を上げていきたいな」
「じゃあまずは……明日の体育祭、頑張らないとね?」
「うん、頑張るっ」
飛行機が羽田空港に到着すると母が迎えに来てくれて、私は児南島でちゃんと目的を果たせた事を報告した。それから私の欠席のせいで騒がせていたクラスチャットでも謝罪をし、全身全霊で体育祭に参加する気持ちを伝えると……思いのほか……皆が優しく私にエールをくれてめちゃくちゃ元気が出た。これが闘志が湧き上がるというもの……沸々と胸が熱くなる実感に……涙が出そうになる。
今まで私が捻くれていたから……。
皆を疑いの目で見てばかりで、自分から壁を作っていたんだ。心を開いてみればクラスの皆とも……バディになれるのかもしれないな……。
本当に悪い態度を取っていたから私は反省しなきゃいけない。それで自分ひとりで頑張るんじゃなくて、皆は良きライバルで協力し合える仲間、そうなれたらいいな……。
心に誓った事と願いを抱いて、私は体育祭に挑んだ―――。
―――競技も午後の部に入りまもなく男女混合リレーのスタートだ。第一走者の私はスタート位置のジャンケンで一番に勝ち抜け、インコースを選んで立つと歓声が聞こえた。「委員ちょー!」なんちゃらって2階スタンドのクラス席から叫び声がしているみたいで、どうやら男子達が盛り上がっているようだ。良いポジション取りができたので応援の皆が喜んでくれたのだろう。残りのジャンケンを待ちながら私がスタートの線を確認していると、今度は「帆香ー!」と聞こえた気がしてスタンドを見渡した。すると、保護者用の観客席でぴょんぴょんしながら両手を振る湊の姿を見つけた。
「あ、皆で応援来てくれたんだ……」
「帆香ぁー、頑張れぇー!!」
可愛い弟の声援を聞き取って、ママもパパもおばあちゃんもおじいちゃんも皆が私に手を振ってくれている光景を眺める。
「わぁ……、ありがとー!!」
私はバトンを落とさないように両手を大きく振り返した。凄くパワーがみなぎってきて心臓はドキドキ高鳴り始める。胸に手を当てて深呼吸をするとクラウチングスタートの姿勢になり集中して耳を澄ました。スターターの合図を待つ……。
「On Your Marks……Set__パアァンッ!」
ピストルの音のあと強く足を蹴り出す―――。
歓声がより一層大きく響く中を、私は力一杯駆け抜ける―――不思議と……体が軽く……走るのがとても気持ち良かった。少し、海の中のいた感覚に似ていた気がした―――。
「ナイス! 委員ちょ!」
「ハイッ!」
私は一番で次の走者にバトンを渡す。そしてまたスタート地点に戻り、私は二巡目の第九走者としても全力疾走する。前を走る人の背中を追いかけ差を縮めてアンカーにバトンを繋げた、結果……。
「あぁ~、っ! やったぁ!!」
アンカーの男子は接戦を制して見事二位でゴールしたのだ。息を切らしながら思わずガッツポーズを掲げた。このリレーの結果が功を奏することとなり――。
「――総合第五位、3年A組! おめでとう!」
「「「 わあー! 」」」
見事五位入賞を果たした。発表の瞬間クラスの列からどっと歓声が湧き上がり、皆のたくさんの手が天に翳された。
「よぉっしゃぁ! 表彰だ~、ってあともう一人……委員長!」
「へ? 私?」
「来て、壇上!」
「え……私でいいの?」
体育委員の男子が前に行こうとして私を呼ぶので、お祭りみたいに賑やかな雰囲気のなか意表を突かれ思わずキョトンとする。
「クラスの代表っしょ!」
「当然だよ!」
周りで男子達が私に声をかけるが、入賞が初めての経験でまだピンとこないでいると、浅野くんが端的に説明をしてくれた。
「あんたの活躍で獲得した点数が一番多いから適任だよ」
「そ、そっか」
「そうね、カモシカのような走りだったね~」
「カモシカ!? それってどうゆう……」
「早くっ、行きなよもう!」
男子達に促され体育委員と一緒に表彰台を駆け上がる。「おめでとう!」と校長先生からトロフィーと賞状をもらって一礼すると、くるっと皆の方を向いて体育委員と顔を合わせてリズムを取った。表彰されたクラスのみビクトリーパフォーマンスをすることができる。
「「 せぇーのっ! バンザーイ!! わぁーっ!! 」」
私は賞状を高々と掲げ勝利をクラスの皆と分かち合う。3Aの列から雄叫びが上がり、ジャンプして大喜びのウェーブが起こっている。なんとも清々しく爽快な気分で私はその光景を見つめた。
あぁ……こんなに嬉しくて胸がいっぱい……ありがとう。
ありがとう―――。
幸福な気持ちを誰に感謝したかったのか、明確には自分でもわからなかったけれど……ありがとう、その気持ちで胸はパンパンになりこぼれ溢れた。心から笑顔の花が咲き誇り、体育祭は幕を閉じたのだった。
―――そして、お祭り騒ぎのあと。授業が再開すると放課後に私を訪ねてきた人物がいた……。
「委員ちょー、1年生が呼んでるよー」
「はい!?」
教室の出入口を見ると廊下にたたずむ蒼大くんがいる。その姿を捉えた瞬間、心臓がドクンと大きく鳴った。彼の私に対する恨みをまだ体が覚えていて緊張したんだ。でも……私はすぐに席を立って彼のもとへ向かっていた。蒼大くんとも話がしたい、ずっと心残りにしていた事だったからだ。廊下に出ると私が呼ばれたのに蒼大くんは仏頂面で目も合わせないので、私は場所を変えたほうがよさそうだと提案してみた。
「……誰にも聞かれない所に移動しよう」
指で方向を示すと私は彼を案内する。階段をのぼって行って4階に上がった所……西校舎に繋がる壁で見えにくい場所。この先に生徒会室があって、ここは優希くんと私の記憶の中で初めて出会った場所だ。
「ここなら人はあまり来ないよ?」
私が蒼大くんに教えてあげると、暫くぎゅっと口を閉じて沈黙したあとに突然頭を勢いよく下げた。
「……っ、すいませんでした!!」
「わっ、びっくりした……」
大きな声に驚いて胸に手を当てる。彼は頭を上げると顰め面をして続けた。
「酷いことして悪かった……反省、してます……」
そっぽを向きながら謝罪の言葉を私にくれる。少し気がほぐれて私も伝えたかったことを話した。
「……あは、もう許してるから大丈夫だよ。私、記憶が全部戻ったの。……私もごめんね、大切なことなのにずっと忘れちゃってて。蒼大くんが傷つくのは当たり前だと思う」
すっかりあの頃の気持ちに戻っていたのか、怖いと思う感覚は完全に消え去っていた。すると、私の態度が気に食わなかったのか蒼大くんはより不機嫌そうな顔をして……。
「……ムカつく」
「えー、なんか変わってない……ふはっ」
「ちっ……」
彼の態度もふてぶてしくて、それが私には懐かしくておかしかった。
あの頃も男の子らしさを理想にした強がりな性格で……その割には純粋なお兄ちゃん子で。悠希くんが大好きってオーラをいつも出してた……。
「……あのね私、天使の優希くんを見送るために、児南島の海に行ってお別れしてきたんだ……」
「っ!?」
蒼大くんは驚いて顔を強張らせた。困惑するかもしれないけれど、優希くんの最後の言葉を伝えてあげたい―――。
「優希くんも皆が大好きだって言ってたよ。それでね、天国に行っても守ってくれるって……何度でも守るって……」
蒼大くんはその言葉を噛み締めるように、自分の中に染み込ませた……そう思う。たぶん、合ってる。だから蒼大くんは胸を張って私に言ったんだ。
「……ったりめぇだよ! 俺の兄ちゃんだからなっ」
「……うん、そうだね」
私が同調すると少し表情をやわらげ、ポケットに手を入れると私に白い物を突き出した。
……手紙?
「これ、やるよ。兄ちゃんの遺品……亡くなる前の日に書いてた……」
「あっ! ……ありがとう」
私はその白い封筒を蒼大くんから受け取った。すごく大切に宝物を両手で持つように、そして愛しく眺めた……[ ほのかちゃんへ ]と書かれた、あの、約束した手紙を。
「じゃあなっ」
「ありがとう、蒼大くん!」
私を呼び出した目的が、謝罪と優希くんの遺品を届けてくれること、だったようだ。用が済んで去ろうとする彼の背中に私は御礼を投げかけたが、無視なのか恥ずかしいのかスタスタと階段を下りていってしまった。私は気になって仕方ない手紙をまじまじと見つめた。あのとき、海で流される直前、優希くんと交わした会話を思い出す―――。
『僕はね……この島に来て夢ができたよ』
『どんな?』
『それは……手紙に書いたから、今は内緒』
『もう手紙書いてくれたの!?』
―――おばあちゃまに親しい人と別れる時は手紙を書くと教えてもらって、優希くんが最初に書いてくれると言った。私達はそれを一通目として東京に戻ってから文通を始める予定だった。それは叶わなかったのだけれど……7年経って優希くんの手紙が私のもとへ届いた。このまえ体育祭で賞状をもらった時より手が震えそうだし、胸はいっぱいどころかはち切れる寸前だ!
そっと、封筒を裏返し、糊付けされていた手紙を開封する―――。中に入っていた一枚の便箋をゆっくり、ゆっくりと開いた―――。
ほのかちゃんへ
児南島の海はとてもきれいでぼくは大好きになりました。みんなでシュノーケリングしたこと、みなとくんと砂遊びをしたこと、アイスをたくさん食べたこと、毎日すごく楽しかったね!
ずっと忘れないと思います。また一緒に、ほのかちゃんとシュノーケリングできたらいいな!
それから、東京でもほのかちゃんとみなとくんに会えたら嬉しいです。僕と蒼大といつまでも仲良しでいてね!
中学生になっても、高校生になっても、会いたいと思っています。それで大人になったら、ほのかちゃんを僕のおよめさんにしたいです。
ほのかちゃんの笑ってるときがかわいくて好きです。
小嶋 優希 より
―――嬉しくて……本当に嬉しくて。
優希くん、ありがとう……ありがとう。
優希くんの笑顔を思い出し、私もにっこりと手紙に向けてしてみたが……涙があふれて頬を伝っていった。それでも泣きたいとは思わず、ずっと微笑んでいられるのは、大切な人が心にいることを忘れてはいないからだ。
優希くんとの約束、ずっと忘れないからね―――。
私は今を大事に生きて―――夢を叶える。
ごめん、僕が君の手をはなしたせいで。〈終〉
「おばあちゃん、7年ぶりの故郷の島……楽しめた?」
「うん、良かったわ。東京とは違って島ではのんびりできて」
「……ほんと?」
「ええ、ホテルに泊まって家事を楽してたからね。極楽だったわよん?」
お茶目に戯ける祖母を見て「あはっ」と笑いが吹き出した。どうやっても私ばかりが家族に気遣ってもらって……。これからは心配かけないように、私が祖母にママにも家族皆に恩返しできたらいいと思う。
「おばあちゃんが大切にしてた故郷の海に、私が悪い思い出を残しちゃったみたいで……何か良くする方法はないかなって思ってるんだけど……」
祖母は頬を上げて微笑みながら首を横に振った。
「小さい頃から島のオジイやオバアによく言い聞かされたの……海は命を生み出してくれるからいつも感謝していなさい、たとえ命を奪われても恨まないこと、また新しい命を与えてくださる、って。それが自然の摂理なのよね……」
海と共に生活してきた島の人々の教えだ。生命の誕生は海から、地球上のあらゆる生命の源が海になる……凄まじいエネルギーを持つがゆえ、時に生命体を脅かす事もある。自然の脅威だ。
「……どうして私達だけ、なんで優希くんだけ、こんな目に遭わないといけないのって……悲運に見舞われた事を完全に受け入れたわけじゃないけれど……。優希くんがね、今を大事に生きて、って言ったの。僕の分もちゃんと生きて、って……約束したんだ。優希くんは海に命を奪われたけど、私の命を救ってくれた。だからね、私は医者になってたくさんの命を守りたい……命を繋いでいけるかな?」
「もちろん! 帆香ならできるわ!」
「……へへっ、ありがとう。目の前の事を一つ一つ挑戦して成果を上げていきたいな」
「じゃあまずは……明日の体育祭、頑張らないとね?」
「うん、頑張るっ」
飛行機が羽田空港に到着すると母が迎えに来てくれて、私は児南島でちゃんと目的を果たせた事を報告した。それから私の欠席のせいで騒がせていたクラスチャットでも謝罪をし、全身全霊で体育祭に参加する気持ちを伝えると……思いのほか……皆が優しく私にエールをくれてめちゃくちゃ元気が出た。これが闘志が湧き上がるというもの……沸々と胸が熱くなる実感に……涙が出そうになる。
今まで私が捻くれていたから……。
皆を疑いの目で見てばかりで、自分から壁を作っていたんだ。心を開いてみればクラスの皆とも……バディになれるのかもしれないな……。
本当に悪い態度を取っていたから私は反省しなきゃいけない。それで自分ひとりで頑張るんじゃなくて、皆は良きライバルで協力し合える仲間、そうなれたらいいな……。
心に誓った事と願いを抱いて、私は体育祭に挑んだ―――。
―――競技も午後の部に入りまもなく男女混合リレーのスタートだ。第一走者の私はスタート位置のジャンケンで一番に勝ち抜け、インコースを選んで立つと歓声が聞こえた。「委員ちょー!」なんちゃらって2階スタンドのクラス席から叫び声がしているみたいで、どうやら男子達が盛り上がっているようだ。良いポジション取りができたので応援の皆が喜んでくれたのだろう。残りのジャンケンを待ちながら私がスタートの線を確認していると、今度は「帆香ー!」と聞こえた気がしてスタンドを見渡した。すると、保護者用の観客席でぴょんぴょんしながら両手を振る湊の姿を見つけた。
「あ、皆で応援来てくれたんだ……」
「帆香ぁー、頑張れぇー!!」
可愛い弟の声援を聞き取って、ママもパパもおばあちゃんもおじいちゃんも皆が私に手を振ってくれている光景を眺める。
「わぁ……、ありがとー!!」
私はバトンを落とさないように両手を大きく振り返した。凄くパワーがみなぎってきて心臓はドキドキ高鳴り始める。胸に手を当てて深呼吸をするとクラウチングスタートの姿勢になり集中して耳を澄ました。スターターの合図を待つ……。
「On Your Marks……Set__パアァンッ!」
ピストルの音のあと強く足を蹴り出す―――。
歓声がより一層大きく響く中を、私は力一杯駆け抜ける―――不思議と……体が軽く……走るのがとても気持ち良かった。少し、海の中のいた感覚に似ていた気がした―――。
「ナイス! 委員ちょ!」
「ハイッ!」
私は一番で次の走者にバトンを渡す。そしてまたスタート地点に戻り、私は二巡目の第九走者としても全力疾走する。前を走る人の背中を追いかけ差を縮めてアンカーにバトンを繋げた、結果……。
「あぁ~、っ! やったぁ!!」
アンカーの男子は接戦を制して見事二位でゴールしたのだ。息を切らしながら思わずガッツポーズを掲げた。このリレーの結果が功を奏することとなり――。
「――総合第五位、3年A組! おめでとう!」
「「「 わあー! 」」」
見事五位入賞を果たした。発表の瞬間クラスの列からどっと歓声が湧き上がり、皆のたくさんの手が天に翳された。
「よぉっしゃぁ! 表彰だ~、ってあともう一人……委員長!」
「へ? 私?」
「来て、壇上!」
「え……私でいいの?」
体育委員の男子が前に行こうとして私を呼ぶので、お祭りみたいに賑やかな雰囲気のなか意表を突かれ思わずキョトンとする。
「クラスの代表っしょ!」
「当然だよ!」
周りで男子達が私に声をかけるが、入賞が初めての経験でまだピンとこないでいると、浅野くんが端的に説明をしてくれた。
「あんたの活躍で獲得した点数が一番多いから適任だよ」
「そ、そっか」
「そうね、カモシカのような走りだったね~」
「カモシカ!? それってどうゆう……」
「早くっ、行きなよもう!」
男子達に促され体育委員と一緒に表彰台を駆け上がる。「おめでとう!」と校長先生からトロフィーと賞状をもらって一礼すると、くるっと皆の方を向いて体育委員と顔を合わせてリズムを取った。表彰されたクラスのみビクトリーパフォーマンスをすることができる。
「「 せぇーのっ! バンザーイ!! わぁーっ!! 」」
私は賞状を高々と掲げ勝利をクラスの皆と分かち合う。3Aの列から雄叫びが上がり、ジャンプして大喜びのウェーブが起こっている。なんとも清々しく爽快な気分で私はその光景を見つめた。
あぁ……こんなに嬉しくて胸がいっぱい……ありがとう。
ありがとう―――。
幸福な気持ちを誰に感謝したかったのか、明確には自分でもわからなかったけれど……ありがとう、その気持ちで胸はパンパンになりこぼれ溢れた。心から笑顔の花が咲き誇り、体育祭は幕を閉じたのだった。
―――そして、お祭り騒ぎのあと。授業が再開すると放課後に私を訪ねてきた人物がいた……。
「委員ちょー、1年生が呼んでるよー」
「はい!?」
教室の出入口を見ると廊下にたたずむ蒼大くんがいる。その姿を捉えた瞬間、心臓がドクンと大きく鳴った。彼の私に対する恨みをまだ体が覚えていて緊張したんだ。でも……私はすぐに席を立って彼のもとへ向かっていた。蒼大くんとも話がしたい、ずっと心残りにしていた事だったからだ。廊下に出ると私が呼ばれたのに蒼大くんは仏頂面で目も合わせないので、私は場所を変えたほうがよさそうだと提案してみた。
「……誰にも聞かれない所に移動しよう」
指で方向を示すと私は彼を案内する。階段をのぼって行って4階に上がった所……西校舎に繋がる壁で見えにくい場所。この先に生徒会室があって、ここは優希くんと私の記憶の中で初めて出会った場所だ。
「ここなら人はあまり来ないよ?」
私が蒼大くんに教えてあげると、暫くぎゅっと口を閉じて沈黙したあとに突然頭を勢いよく下げた。
「……っ、すいませんでした!!」
「わっ、びっくりした……」
大きな声に驚いて胸に手を当てる。彼は頭を上げると顰め面をして続けた。
「酷いことして悪かった……反省、してます……」
そっぽを向きながら謝罪の言葉を私にくれる。少し気がほぐれて私も伝えたかったことを話した。
「……あは、もう許してるから大丈夫だよ。私、記憶が全部戻ったの。……私もごめんね、大切なことなのにずっと忘れちゃってて。蒼大くんが傷つくのは当たり前だと思う」
すっかりあの頃の気持ちに戻っていたのか、怖いと思う感覚は完全に消え去っていた。すると、私の態度が気に食わなかったのか蒼大くんはより不機嫌そうな顔をして……。
「……ムカつく」
「えー、なんか変わってない……ふはっ」
「ちっ……」
彼の態度もふてぶてしくて、それが私には懐かしくておかしかった。
あの頃も男の子らしさを理想にした強がりな性格で……その割には純粋なお兄ちゃん子で。悠希くんが大好きってオーラをいつも出してた……。
「……あのね私、天使の優希くんを見送るために、児南島の海に行ってお別れしてきたんだ……」
「っ!?」
蒼大くんは驚いて顔を強張らせた。困惑するかもしれないけれど、優希くんの最後の言葉を伝えてあげたい―――。
「優希くんも皆が大好きだって言ってたよ。それでね、天国に行っても守ってくれるって……何度でも守るって……」
蒼大くんはその言葉を噛み締めるように、自分の中に染み込ませた……そう思う。たぶん、合ってる。だから蒼大くんは胸を張って私に言ったんだ。
「……ったりめぇだよ! 俺の兄ちゃんだからなっ」
「……うん、そうだね」
私が同調すると少し表情をやわらげ、ポケットに手を入れると私に白い物を突き出した。
……手紙?
「これ、やるよ。兄ちゃんの遺品……亡くなる前の日に書いてた……」
「あっ! ……ありがとう」
私はその白い封筒を蒼大くんから受け取った。すごく大切に宝物を両手で持つように、そして愛しく眺めた……[ ほのかちゃんへ ]と書かれた、あの、約束した手紙を。
「じゃあなっ」
「ありがとう、蒼大くん!」
私を呼び出した目的が、謝罪と優希くんの遺品を届けてくれること、だったようだ。用が済んで去ろうとする彼の背中に私は御礼を投げかけたが、無視なのか恥ずかしいのかスタスタと階段を下りていってしまった。私は気になって仕方ない手紙をまじまじと見つめた。あのとき、海で流される直前、優希くんと交わした会話を思い出す―――。
『僕はね……この島に来て夢ができたよ』
『どんな?』
『それは……手紙に書いたから、今は内緒』
『もう手紙書いてくれたの!?』
―――おばあちゃまに親しい人と別れる時は手紙を書くと教えてもらって、優希くんが最初に書いてくれると言った。私達はそれを一通目として東京に戻ってから文通を始める予定だった。それは叶わなかったのだけれど……7年経って優希くんの手紙が私のもとへ届いた。このまえ体育祭で賞状をもらった時より手が震えそうだし、胸はいっぱいどころかはち切れる寸前だ!
そっと、封筒を裏返し、糊付けされていた手紙を開封する―――。中に入っていた一枚の便箋をゆっくり、ゆっくりと開いた―――。
ほのかちゃんへ
児南島の海はとてもきれいでぼくは大好きになりました。みんなでシュノーケリングしたこと、みなとくんと砂遊びをしたこと、アイスをたくさん食べたこと、毎日すごく楽しかったね!
ずっと忘れないと思います。また一緒に、ほのかちゃんとシュノーケリングできたらいいな!
それから、東京でもほのかちゃんとみなとくんに会えたら嬉しいです。僕と蒼大といつまでも仲良しでいてね!
中学生になっても、高校生になっても、会いたいと思っています。それで大人になったら、ほのかちゃんを僕のおよめさんにしたいです。
ほのかちゃんの笑ってるときがかわいくて好きです。
小嶋 優希 より
―――嬉しくて……本当に嬉しくて。
優希くん、ありがとう……ありがとう。
優希くんの笑顔を思い出し、私もにっこりと手紙に向けてしてみたが……涙があふれて頬を伝っていった。それでも泣きたいとは思わず、ずっと微笑んでいられるのは、大切な人が心にいることを忘れてはいないからだ。
優希くんとの約束、ずっと忘れないからね―――。
私は今を大事に生きて―――夢を叶える。
ごめん、僕が君の手をはなしたせいで。〈終〉



