「顔を上げよ。私は別に怒っているわけではないぞ」
「ほ、本当でしょうか?」

 疑っているわけではないが、恐る恐る顔を上げる沙夜。
 そうしたら朔夜はフッと笑う。

「確かに、沙夜のことを知ったのは、小町が助けた時だ。自分も感謝をしていたのは事実だ」
「……はい。分かっております」

 やはり、あくまでも恩返し。朔夜の言葉から直接聞かされると、余計に胸がギュッと締め付けられそうだった。
苦しくて、悲しい。

「……だが、それだけではないぞ?」
「えっ?」

 沙夜は驚いて朔夜の顔を見る。

「きっかけが、それなだけだ。ずっと遠くで見守っていたが、沙夜の心は、いつも清らかで優しい。どんなことがあっても、けして汚れていない、それは我々にとったら眩しいぐらいに貴重な存在だ」
「……朔夜様」

 そうしたら朔夜は沙夜の右頬に優しく触れる。

「お前は美しい。どんな女もお前にかかれば、くすんで見えるだろう。もっと、自信を持て。私を喜ばしてみよ」

 その言葉は甘く、どんな言葉よりも嬉しかった。彼は自分を美しいと言ってくれた。
 それだけではない。沙夜の心の中があたたかくなる。

「……はい。朔夜様」

 沙夜は自分の手を朔夜の手と重ねる。目を閉じて摺り寄せると、朔夜はクスッと笑った。