翌日。
出社した朱里は、デスクに座る前からすでに挙動不審だった。

(落ち着けってば……。
昨日、瑠奈ちゃんとカフェにいた時、あの質問されたからって、動揺しすぎ……。
“平田さんのことどう思ってる?”って……
なんであそこであんなに狼狽えたの私……)

心の中で自分を三回くらい正座させながら、そっと椅子に腰を下ろす。

すると、すかさず美鈴が視界の端にひょいっと顔を出した。

「で、昨日の“女二人ショッピングモール会議”はどうだったの?」

「な、なんで“会議”扱いなの……」

「顔に書いてある。悩んでますって」

(今日一人目……“顔に出てる”って言った人……)

朱里は頬を押さえて、小さくため息をついた。

「瑠奈ちゃんに……聞かれたんだよ。“平田さんのこと、どう思ってる?”って」

「へええ……核心ついてくるじゃん、あの子」

美鈴は朱里のコーヒーカップを奪い、自分の机に置いた。

「で、なんて答えたわけ?」

「“上司だよ?”って」

「それ、テンプレでごまかすやつ」

「わ、わかってるよ……!」

背もたれに沈み込む朱里。
そこへ、今度は低く落ち着いた声が飛んできた。

「中谷さん?」

(ひっ……!!)

反射で椅子ごと回転しそうになるのを必死でこらえる。

「ひ、ひら……平田先輩!」

「そんなに驚かなくても……」

嵩は書類を持ったまま、少し困ったように眉を下げて笑った。
その優しい顔だけで胸の鼓動が一瞬で跳ね上がる。

「この資料、確認お願いできますか。
それと……昨日言った“夕方の件”、会議が終わった頃にまた声をかけます」

「は、はいっ!」

また声が裏返る。

嵩は一瞬だけ目を瞬いたあと、ふっと柔らかく笑った。

「……緊張してる?」

「し、し、してません!」

(してる!!全身でしてる!!!)

「ならよかった。無理な用じゃないから」

その言葉だけで、朱里の予備HPはゼロを割った。

嵩が去ると同時に、美鈴がスライドするように朱里の横へ。

「ねぇ今の、“緊張してる?”絶対わかって言ってるよね?」

「やめてぇぇぇ!!」

「ほらもう、完全に恋愛体力ゼロの人の反応」

「誰が恋愛体力ゼロだぁ!」

「朱里」

「……はい」

美鈴はにこりと笑った。

「夕方、呼ばれるんでしょ。がんばりなよ?」

朱里はうつむきながら、小さく呟いた。

「……なんで私なのかなぁ……」

その声は、誰に向けたものなのか自分でもよくわからない。

ただ一つだけ確かだったのは──
夕方が近づくにつれ、胸の鼓動がどんどん速くなっていくこと。

そして夕方。
会議室のドアが開き、嵩が姿を現す。

「中谷さん。少し、いいですか?」

その瞬間、朱里の脳内は
“業務連絡”と“恋のフラグ”が同時に点滅しはじめた。

(い、いよいよ……!)

──夕方の少しだけ、二人の距離が縮まる時間が始まろうとしていた。