ショッピングモールのカフェ。

さっきまでの会議室の延長のような空気が、まだ朱里の肩に乗っている。



瑠奈はストローをくわえながら、目を細めた。



「で?平田先輩のこと、“先輩、だよ?”ねぇ。どういう“だよ?”?」



「どういう、って……普通に、上司……」



「その“普通に”が普通じゃないんだよねぇ」



「な、なんでわかるの……」



「先輩、嘘つくと語尾がやわらかくなるの。かわいくなるの。バレるの。」



「それ褒めてないよね?」



「褒めてますよ。とてもかわいい。でも誤魔化しはバレバレです」



(褒められてるのか指摘されてるのか……いやほぼ指摘だ……)



朱里はスプーンをいじりながら視線を泳がせた。

昨日の映画の記憶が、やわらかい光みたいに胸に残っている。



(あれ……なんだったんだろ……

隣にいたのは“上司”なのに、心はすごく……)



「ね、先輩」



「な、なに」



「昨日の帰り道の先輩、めちゃくちゃわかりやすかったよ?」



「わ、わかりやすかった……?」



「うん。“好き”の気配がしました」



ストローを吸う音が、やけに大きく聞こえた。



「ちょっ……なんでそう決めつけるの!?」



「じゃあ違うんですか?」



「……ちが……いや違っ……ちょっと待って……!」



完全に言語崩壊。



瑠奈はにっこり笑う。



「先輩、落ち着いて?

気づいたなら言えばいいだけですよ。

“好きになった気がする”でも、“まだわからない”でも」



朱里は俯き、テーブルの木目を眺めた。



(わからない……でも、昨日の嵩さんの横顔、

今日の朝のやさしい声……)



(私……どうしたいんだろ……)



そのとき。



スマホが震えた。



──平田嵩:

〈明日夕方、会議のあと、少し時間もらえる?〉



心臓が跳ねた。



瑠奈がすかさず覗き込む。



「うわ待って!出た、“名前だけで心拍上昇メッセージ”!」



「ちょっと覗かないで!」



「覗ける距離に置いた先輩が悪いです!」



朱里はスマホを抱えるように持ち、深呼吸した。



(夕方……時間……ってなに?

昨日の続き?それとも仕事?

いや仕事なら“少し時間もらえる?”なんて言い方しない……はず……?)



脳内会議が爆速で開催される。



瑠奈はコーヒーをかき回しながら、妙に冷静に言った。



「ねぇ先輩、それほぼ“デート前の確認”ですよ?」



「なんでそんな断言するの……」



「だって先日映画でしょ?今日はその“余韻の日”でしょ?

そこに“少し時間もらえる?”ですよ?

もうこれ、告白の予備モーションじゃないですか!」



「よ、予備モーション……!?」



「そうです。

“いきなり本編には入らないけど、今日の伏線だけ置いとくね”ってやつですね」



(嵩さんがそんな脚本みたいなことを!?いや、ない……とは言い切れない……)



朱里は机に突っ伏した。



「むり……心臓が……仕事してくれない……」



「じゃあ深呼吸して。はいすーっ……」



「やめて……落ち着かない……」



「じゃあそのテンションのまま行きましょう!

そのほうが、平田先輩たぶん喜びますよ」



「なんでぇぇえええ」



朱里は頭を抱えた。



けれど。



スマホの画面に光る“嵩”の名前を見て、

胸の奥がほんの少し、決意に近い何かであたたかくなる。



(会おう。

──会って、ちゃんと顔を見て話したい)



指先が震える。



朱里はメッセージを打った。



──中谷朱里:

〈はい、大丈夫です〉



送信。



すぐ既読。



そして、



〈よかった。じゃあまた連絡する〉



短い文なのに、体温みたいにやさしい。



瑠奈がニヤニヤしながら肩を小突いた。



「ね?こういうのを“恋の兆候”っていうんですよ」



朱里はカップを両手で包みながら呟いた。



「……もしさ、もし……私……」



「はい?」



「“大嫌い”って100回言ったら、ほんとはこうなるって……

気づかれちゃうのかな……」



「もうほぼ気づかれてると思いますよ?」



「やめてぇぇええええ!!」



ショッピングモールの喧騒の中、朱里の叫びはかき消された。



でも、その頬はほんのり赤く染まっていた。