ショッピングモールを出た帰り道、朱里の頭の中はずっとぐるぐるしていた。
 瑠奈の「平田先輩のこと、どう思ってる?」という言葉が、無限ループで再生されている。

 (どう思ってるって……先輩、だし。先輩、なんだけど……)
 足元のタイルを見つめながら、朱里は溜め息をつく。
 ──というか、“先輩”にしては、ちょっと距離が近すぎる気もする。
 映画に行ったり、コーヒーをおごってくれたり、残業を止めてきたり。
 あれ、なんか普通にデートコースっぽくない?

「やだ、私、何考えてるの……」

 つい口に出してしまい、通りすがりの親子に怪訝そうな目で見られた。
 朱里は「違うんです」と心の中で土下座しながら、駅の改札をくぐった。


 翌朝。
 社内の給湯室にて。

「おはようございます」
「あ、おはよう中谷さん。今日ちょっと肌寒いね」
 嵩がマグカップを持って、コーヒーを注いでいる。
 いつも通りの穏やかな笑顔。
 なのに、朱里の頭の中は一瞬でフリーズした。

(やばい。昨日の瑠奈の言葉、思い出しちゃった……!)
(“どう思ってる?”って聞かれて……いや、思ってない!思ってないけど!)

 「思ってないけど!」
 「……え?」
 「!?!?!?い、いえ! あの、その、豆乳ラテにしようか迷ってたんです!」
 「え、あ、そうなんだ。……豆乳派?」
 「そうです!健康志向で!意識高めで!」

 (何このテンション!?)

 朱里は自分の挙動不審さに頭を抱えたい気分だった。
 嵩は首を傾げながら、やわらかく笑う。

「じゃあ今度、豆乳ラテ買っておくよ」
「え、い、いえ、そんな!気を遣わないでください!」
「気を遣うとかじゃなくて、中谷さんが好きそうだから」
「っ……!」

 (バグった。完全に恋心、バグりました)

 朱里は真っ赤になりながら、急いで自分のデスクへ戻った。
 後ろから聞こえた嵩の「おーい、中谷さん、砂糖忘れてるよ?」の声も、
 もはやノイズにしか聞こえない。

 パソコンを開く。
 入力しようとした文字は、「業務報告」でも「顧客対応」でもなく──
 うっかり“すき”の「す」だった。