休日のショッピングモールは、家族連れとカップルで賑わっていた。
 エスカレーターの上から見下ろすと、人の流れがまるで波のように動いて見える。
 朱里はその中に立ちながら、少しだけ息を吐いた。

 「中谷先輩! こっちです!」

 瑠奈が手を振って駆けてくる。白いブラウスにベージュのスカート。
 その笑顔は相変わらずまぶしくて、まっすぐだ。
 自分とは違う種類の“太陽”みたいだと、朱里はいつも思う。

 「ごめん、待たせた?」
 「いえ、私が早く着きすぎただけです。……あ、カフェ寄っていきません? 朝ごはんまだなんです!」

 カフェ。その単語に、朱里の心がわずかに跳ねた。
 昨日の光景が、ふいにフラッシュバックする。
 窓際の席、嵩の笑顔、あの穏やかな時間。

 「……そうだね、いいかも」

 笑顔を作って答えたけれど、胸の奥がざわつく。
 まるで昨日の“続きを隠してる”みたいで、少し罪悪感があった。




 カフェの店内に入ると、昨日と同じような席が目に入る。
 朱里は一瞬、視線をそらした。
 そんな様子に気づかず、瑠奈はメニューを見ながら無邪気に話す。

 「この前、平田先輩に新しい映画おすすめされちゃって。見に行こうかな〜って!」

 ──その名前に、思わず手が止まった。
 カップを持つ指先が微かに震える。

 「そ、そうなんだ。……何の映画?」

 「“Re:memories”っていう恋愛映画です。朱里さん、知ってます? 平田先輩、意外とロマンチックなんですよね〜」

 “知ってる”。
 ──むしろ、昨日いっしょに観た。
 けれどそれを言えるはずもなく、朱里は笑顔で返す。

 「へぇ……そうなんだ。ちょっと意外かも」

 自分でも驚くくらい、声が上ずっていた。
 瑠奈は何も疑う様子もなく、ストローをくるくると回している。



 「先輩、聞いてもいいですか?」

 瑠奈が急に真顔になる。
 「平田先輩のこと、どう思ってるんですか?」

 心臓が跳ねた。
 それはまるで、彼女に心の奥を覗かれたような感覚だった。

 「え? ど、どうって……先輩、だよ? それ以外、何かある?」

 「うーん……“大嫌い”ってよく言ってる割には、視線、追ってません?」

 図星だった。
 朱里は思わずカフェラテを一気に飲み干した。

 「そ、そんなこと……ないし!」

 「ふふっ、図星だ。先輩って分かりやすいですよね〜」
 瑠奈は笑う。明るく、屈託のない笑顔で。

 だけど、その瞳の奥にほんの少しの探りがあることを、朱里は見逃さなかった。



 カフェを出たあとも、胸のざわめきは収まらなかった。
 昨日の温かい時間が、少しずつ不安に塗り替えられていく。

 (私、何してるんだろ……。隠してるのは、後ろめたいことじゃないはずなのに)

 それでも、“秘密”があるというだけで、彼に正面から向き合えなくなる。
 こじらせた恋は、まだ終わりが見えない。