土曜の午後。
 朱里は、駅前のショッピングモールにある雑貨店で、プレゼント用の小物を見ていた。
 白いマグカップに、淡いグレーの英文字。
 “Take it slow.”──その言葉が、なんだか最近の自分にぴったりな気がして、指先が止まる。

「朱里?」

 不意に背中越しに名前を呼ばれて、びくっと肩が跳ねた。
 振り向くと、そこにいたのは大学時代の友人・村上祐介。
 ゼミが一緒で、サークルでも何度か顔を合わせていた人だ。

「え、村上くん!? 久しぶり!」
「ほんとに。まさかここで会うとはな」

 懐かしさに自然と笑みがこぼれる。
 祐介は社会人になってから地元の企業に勤めていると話し、仕事の愚痴を冗談まじりに話した。
 朱里もつい笑って返してしまう。
 ──そこに、少し離れた場所から聞き慣れた声がした。

「中谷さん?」

 振り向くと、紙袋を片手にした嵩が立っていた。
 いつもよりラフな服装なのに、妙にきまって見える。
 でも、その表情は……どこか固い。

「あ、平田さん。偶然ですね。いま、大学の友だちと──」
「……そうなんですね」

 短く答えた嵩の声が、少しだけ低く聞こえた。
 祐介が空気を読んで、「また連絡するよ」と笑って去っていく。
 その背中を見送る間も、嵩は何も言わなかった。

「……どうしたんですか?」
「別に。知り合いなら、いいじゃないですか」
「え? なんか、怒ってます?」

 嵩は答えないまま、歩き出した。
 朱里は慌てて後を追いながら、心の中がざわつく。

 ──怒ってる? でも、なんで?
 私、別にやましいことなんてしてないのに。

 隣を歩く嵩の横顔が、どこか知らない人みたいに見えた。
 普段は穏やかな彼が、少しだけ子供っぽく見える。
 けれどその不器用さが、なぜか胸の奥をやさしく締めつけた。

「……平田さん、もしかして、嫉妬してます?」

 冗談めかして笑いながら言ってみた。
 すると、嵩は一瞬だけ視線を逸らし、
「……そんなわけないでしょう」と言いながら、耳のあたりが赤くなった。

 朱里は、思わず口元を押さえた。
 ──その反応、ずるい。