翌日の昼休み。
 オフィス近くのカフェの隅、朱里はカフェラテをかき混ぜながら、ひたすらテーブルを見つめていた。

「で? つまり、休日にふたりで映画行って、夜ごはんも食べて、最後に“夜風と星空の下で見つめ合いました”ってこと?」
 向かいに座る美鈴が、わざと芝居がかった口調で言う。
 朱里は慌てて口を押さえた。

「ちょ、ちょっと! 声大きいって!」
「なによ〜、職場の王子様とのデート報告なんて、普通もっとドヤ顔で話すもんでしょ?」
「デートじゃない! ただの、チケットが余ってたから……って……」
「……ふーん?」
 美鈴はにやにやしながらストローをくわえた。
 完全に“わかってる顔”だ。

「で、その“チケットが余ってた”って言葉、信じたの?」
「う……信じたっていうか……別に、そこは重要じゃないし」
「はぁ〜出た出た。朱里の“自分からは踏み込まない病”。」

 美鈴はテーブルに身を乗り出し、朱里の目をまっすぐ見た。

「いい? 朱里。男って、“なんで私なの”って聞かれた瞬間に察するの。
 “この子、俺の気持ちに気づいてない”ってね」
「うぅ……そんなつもりじゃ……」
「つもりじゃなくても伝わらないんだって。
 大嫌い大嫌い言ってても、ちゃんと伝えなきゃ何も始まらないよ?」

 その言葉が胸に刺さった。
 “ちゃんと伝えなきゃ、何も始まらない”。
 ──わかってる。
 けど、怖いのだ。伝えた瞬間に壊れる気がして。

「でも……もし、嵩さんが望月さんを選んだら……」
「朱里」
 美鈴が静かに言葉を切る。
「恋って、勝ち負けじゃないの。
 “自分の気持ちをごまかさない”って、それだけで立派な勝負なのよ。」

 朱里はカップを握りしめた。
 ラテの泡が、もう消えかけている。
 それでも、心の中ではまだ泡立っていた。
 不安と期待と、ほんの少しの勇気が、混ざり合って。

「……ねえ、美鈴」
「なに?」
「私、もう少しだけ頑張ってみる」
「うん、それでいい。それでこそ中谷朱里。」

 美鈴は笑ってウインクをした。
 朱里もつられて笑い返す。
 けれど、その笑顔の裏では、もう次の週末の予定を考え始めていた。