週末の午後。
 ショッピングモール併設の映画館前。

 朱里は、上映開始十五分前にすでに到着していた。
 白のブラウスにベージュのスカート。鏡の前で何度もチェックした結果、結局「地味すぎるかも」と思いながらも、結局そのまま来てしまった。

(だって……“デート”なんて言われてないし)
 そう、自分に言い聞かせながら。

「待った?」
 声に振り向くと、嵩が軽く手を上げていた。
 白シャツにグレーのジャケット。ラフなのに、なぜかきちんとして見える。

「ううん、今来たところ」
 定番のセリフを、つい自然に言ってしまう。
(なにそれ、少女漫画か……!)
 自分で心の中でツッコみながら、顔が熱くなる。

 嵩はチケットを見せながら言った。
「せっかくだし、ポップコーンとか買っていこうか」
「う、うん」

 売店の列に並ぶ二人。
 すると嵩が、何気なく聞いてきた。

「朱里、甘いのと塩、どっち派?」
「え? あ、甘いほう」
「俺も。じゃあキャラメルにしようか」
「うん……」

 会話は、何気ない。
 でも、心臓はやけにうるさい。

 上映中。
 ラブストーリーのクライマックスで、ヒロインがヒーローに「あなたが好き」と告げるシーン。
 暗闇の中、朱里はわずかに視線を横に向けた。
 隣にいる嵩の横顔──穏やかな表情で、スクリーンを見つめている。

(この距離、近い……)
 ほんの数センチの隙間。
 けれど、そこが果てしなく遠く感じてしまう。

 映画が終わり、館内の明かりが戻る。
 嵩が小さく笑って言った。
「いい映画だったな。最後、泣いた?」
「えっ!? な、泣いてないし!」
「いや、ちょっと鼻すすってたから」
「……それは、キャラメルポップコーンのせい!」

 嵩が吹き出す。
「なるほど、甘涙だな」
「もう、そういうのやめてよ!」

 朱里はぷいっとそっぽを向いた。
 だけど──その頬は、映画の余韻よりもずっと赤く染まっていた。

 カフェに入ると、嵩がふと真面目な声で言った。
「朱里」
「な、なに?」
「俺……こうやって一緒に過ごす時間、けっこう好きかも」

 心臓が跳ねた。
 けれど──次の瞬間、こじらせスイッチが作動する。

「な、なによそれ……また『好きすぎる』の第二弾?」
「はは、そんな感じかな」
「……もう知らない」

 朱里はストローをくわえながら、わざと視線をそらした。
 けれど──内心では思っていた。

(そんなふうに言われたら、もっと“知らなく”なっちゃうじゃない)

 外のガラス越しに、午後の光が二人を包み込む。
 ふたりの距離は、確実に──スクリーンよりも近づいていた。