翌週の月曜。朱里はいつものように職場のデスクでメールを整理していた。
 土曜のデートからまだ二日しか経っていないのに、頭の中はずっと嵩の「好きすぎるんだと思う」の一言でいっぱいだった。
 思い出すたびに頬が熱くなる。
 けれど、その浮かれた気分を一瞬で吹き飛ばす出来事が起こった。

「朱里さーん、この前の研修で一緒だった“高瀬さん”って覚えてます?」
 隣の席の千夏が、にやにやとスマホを見せてきた。
 画面には、嵩と知らない女性が並んで笑っている写真。
 背景は、まさかのカフェ。──朱里たちがよく行く、あのショッピングモール内のカフェだ。

「え……これ、いつの写真?」
「先週末みたいですよ。高瀬さん、SNSで『久々に同期とお茶』って」
「そ、同期……?」
 朱里の声が裏返った。思わずマウスを握る手に力が入る。
 嵩の笑顔。あの穏やかな目。──でも隣の女性のほうに向いてる。

 千夏が朱里の顔をのぞき込みながら、悪戯っぽく笑った。
「もしかして、気になる感じですか?」
「き、気になるわけないでしょ!」
 反射的に声を上げたが、心の中は大渋滞だった。
 ──どうして言ってくれなかったの?
 ──“好きすぎる”って言ったの、あれ、なんだったの?

 昼休み。食堂のテーブルにトレーを置いても、箸が進まない。
 ふとスマホが震えた。嵩からのメッセージだ。

> 【嵩】
午後、時間ある?ちょっと話したいことがあるんだ。



 朱里の心臓が跳ねた。
 “話したいこと”──嫌な予感しかしない。
 週末のあの笑顔が、何かの別れの前触れみたいに思えてしまう。

(落ち着け、朱里。きっと仕事の話かもしれない……たぶん)
 自分に言い聞かせながらも、胸の奥はざわざわしたままだ。

 午後三時。
 会議室のドアを開けると、嵩が一人、窓の外を見ていた。
 柔らかな光が横顔を照らしていて、その表情は穏やか──なのに、どこか遠く感じた。

「朱里、来てくれてありがとう」
「うん……話って?」
 嵩は一呼吸おいて、朱里の方を見た。

「SNS、見た?」
「っ……!」
 図星を突かれ、朱里は一瞬で顔が真っ赤になる。
「べ、別に見たけど! 別に気にしてないし!」
「そうか。じゃあ、よかった」
「……よかったって、何よ」
「誤解されるかと思ってさ。あの人、俺の前の職場の同期なんだ。転職祝いをしたいって言われて、断れなくて」

「……断れなくて?」
「そう。で、朱里が好きなあのカフェ、思い出して行ったんだ」
「……え?」
 朱里の胸の中で、何かがふわっとほどけた。
 嵩は、ゆっくりと続けた。

「席に着いた瞬間、“朱里、ここ座ってたな”って思ってさ。なんか変な感じだった」
「……なにそれ」
「だから言ったろ、“好きすぎる”って。場所まで記憶に残るんだよ」

 朱里はもう、反論する気力もなかった。
 頬を隠しながら、小さくつぶやいた。
「……ほんとにもう、大嫌い」
 でも、その声はどこまでも優しくて、会議室の空気に溶けていった。