土曜の午後。
朱里はカフェの片隅で、カフェラテをかき混ぜながらため息をついた。

向かいの席でケーキを頬張っていたのは、大学時代からの親友・田中美鈴(たなかみれい)
朱里の表情をひと目見ただけで、彼女はあきれ顔になった。

「で、また“平田先輩大嫌い事件”ってわけ?」

「……事件じゃない。ただの事実」

「はいはい。中谷朱里さんの口癖、また出ました〜。“大嫌い”って何回目だと思ってんの?」

「……さあ」

「私のカウントだと、もう余裕で60回は超えてるけど?」

朱里は思わずむせそうになった。
「ちょ、ちょっと、なんで数えてるのよ」

「親友としての義務。でね、60回中59回は顔がにやけてたから。“好きすぎて大嫌い”ってやつでしょ?」

「違う!」
即座に否定したが、耳が熱くなる。

美鈴はストローをくわえて、ニヤリと笑った。
「わかりやすっ。あんたさ、ツンデレっていうより、もはや呪いの儀式だよね。“大嫌い百回唱えたら愛が叶う”とか信じてんの?」

「信じてない!……でも」
言いかけて口をつぐむ。

美鈴は小さく肩をすくめた。
「ほら。そうやって素直になれないから、こじらせ女子って言われんのよ。好きなら好きって言えばいいのに」

朱里はストローを強くかみしめた。
「……だって、そんなの、似合わないでしょ」

「似合う似合わないの問題じゃないでしょ。言わなきゃ伝わんないの。あんたのその“強がりフィルター”が一番の敵なんだって」

美鈴の言葉が胸に刺さる。
だけど朱里は、結局いつものようにそっぽを向いてしまった。

「……いいの。私はこのままで」

「ほんっと頑固。まあ、見てて面白いから応援はするけどさ。こじらせすぎて手遅れになる前に、せめてリハビリくらいはしな?」

美鈴の茶化す声を聞きながら、朱里はカップの底に沈んだ泡を見つめていた。
心の奥では分かっている。
このままじゃダメだって。

それでも、口から出るのはやっぱり同じ言葉だった。

「大嫌い、なんだから」

まるで呪文みたいに。