日曜の昼下がり。
朱里はリビングのソファで雑誌をめくっていた。お気に入りのカフェ特集のページで手が止まる。ふと、数日前のことが頭に浮かんだ。あのショッピングモールの帰り、嵩が何気なく口にした一言──。
「望月さんって、なんか頑張り屋だよな」
あの瞬間、笑って流したつもりだった。
けれど、その言葉が棘のように、胸の奥に引っかかっている。
(なんで今さら、彼女の話題なんて……)
彼女──望月瑠奈。嵩と同じ部署で働く後輩。社内では“明るくて可愛い子”として人気がある。朱里も何度か会ったことがあるけど、笑顔が自然で、愛想もいい。
まるで自分の欠点を鏡で見せられるようで、正直、苦手だった。
そのとき、スマホが震えた。
画面には「平田嵩」の名前。
『今、どこ?』
『近くのカフェ寄ってく?』
朱里は迷った。嬉しい気持ちと、少しの不安が入り混じる。
けれど、結局いつも通り「行く」と返してしまう。
──午後3時、カフェ・グレイン。
ドアを開けると、嵩が窓際の席に座っていた。
白シャツに腕時計。コーヒーの香りが似合う男。そんな印象に、朱里の心臓は少し跳ねた。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ」
いつも通りのやりとり。でも、今日は少し違った。
嵩の隣には、資料の束とタブレット。それを見て朱里は眉を寄せる。
「また勉強? この前、資格受かったばっかりじゃん」
「ああ、あれは中小企業診断士。今は財務関係の資格、取ろうかと思って」
「え、また? 仕事忙しいのに?」
朱里の声が、思わず強くなった。
嵩は穏やかに笑って答える。
「瑠奈に言われたんだ。“次は財務に強くなったほうがいいですよ”って」
その名前が出た瞬間、空気がピリッとした。
朱里は思わず、カップを手に取って顔をそむける。
(出た……望月さん……)
「へぇ……優秀な後輩だね」
「まあ、勉強熱心だし、刺激になるよ」
嵩の何気ない言葉が、朱里の中で小さく爆発する。
自分でも分かっている。こんなことで嫉妬するなんて、子どもみたいだ。
でも、嵩の「刺激になる」という言葉が、まるで“彼女が特別”のように聞こえてしまう。
「……そっか。いいね、そういう人が近くにいると」
「どうした? なんか機嫌悪い?」
「別に?」
笑ってごまかす朱里。けれど、心の中では嵐が吹き荒れていた。
(“別に”じゃない……! でも言ったら負けた気がする……)
コーヒーの香りが、やけに苦く感じた。
窓の外では春の光がやわらかく差し込んでいるのに、朱里の胸の中だけが曇っていた。
──恋って、どうしてこんなに不器用なんだろう。
朱里はリビングのソファで雑誌をめくっていた。お気に入りのカフェ特集のページで手が止まる。ふと、数日前のことが頭に浮かんだ。あのショッピングモールの帰り、嵩が何気なく口にした一言──。
「望月さんって、なんか頑張り屋だよな」
あの瞬間、笑って流したつもりだった。
けれど、その言葉が棘のように、胸の奥に引っかかっている。
(なんで今さら、彼女の話題なんて……)
彼女──望月瑠奈。嵩と同じ部署で働く後輩。社内では“明るくて可愛い子”として人気がある。朱里も何度か会ったことがあるけど、笑顔が自然で、愛想もいい。
まるで自分の欠点を鏡で見せられるようで、正直、苦手だった。
そのとき、スマホが震えた。
画面には「平田嵩」の名前。
『今、どこ?』
『近くのカフェ寄ってく?』
朱里は迷った。嬉しい気持ちと、少しの不安が入り混じる。
けれど、結局いつも通り「行く」と返してしまう。
──午後3時、カフェ・グレイン。
ドアを開けると、嵩が窓際の席に座っていた。
白シャツに腕時計。コーヒーの香りが似合う男。そんな印象に、朱里の心臓は少し跳ねた。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ」
いつも通りのやりとり。でも、今日は少し違った。
嵩の隣には、資料の束とタブレット。それを見て朱里は眉を寄せる。
「また勉強? この前、資格受かったばっかりじゃん」
「ああ、あれは中小企業診断士。今は財務関係の資格、取ろうかと思って」
「え、また? 仕事忙しいのに?」
朱里の声が、思わず強くなった。
嵩は穏やかに笑って答える。
「瑠奈に言われたんだ。“次は財務に強くなったほうがいいですよ”って」
その名前が出た瞬間、空気がピリッとした。
朱里は思わず、カップを手に取って顔をそむける。
(出た……望月さん……)
「へぇ……優秀な後輩だね」
「まあ、勉強熱心だし、刺激になるよ」
嵩の何気ない言葉が、朱里の中で小さく爆発する。
自分でも分かっている。こんなことで嫉妬するなんて、子どもみたいだ。
でも、嵩の「刺激になる」という言葉が、まるで“彼女が特別”のように聞こえてしまう。
「……そっか。いいね、そういう人が近くにいると」
「どうした? なんか機嫌悪い?」
「別に?」
笑ってごまかす朱里。けれど、心の中では嵐が吹き荒れていた。
(“別に”じゃない……! でも言ったら負けた気がする……)
コーヒーの香りが、やけに苦く感じた。
窓の外では春の光がやわらかく差し込んでいるのに、朱里の胸の中だけが曇っていた。
──恋って、どうしてこんなに不器用なんだろう。



