午後の陽射しが、ガラス越しにテーブルへ柔らかく降り注いでいた。

 ショッピングモールの中にあるカフェは、休日の喧騒を少しだけ遮断してくれる。二人席のテーブルを挟んで、朱里と嵩が向かい合っていた。



「……やっぱり、ここのカフェ、混むね」

「休日だからな。待たされたけど、朱里が行きたいって言ったから、しょうがないか」

「なによ、それ。わたしのせいみたいに言わないでよ」

 そう言いながらも、朱里の声にはどこか柔らかい笑みが混じっている。

 大きめのマグカップに入ったカフェラテの泡を、スプーンでくるくると回す。



「……こうして先輩といると、仕事のこと、忘れそうになる」

「おいおい、忘れたら困るだろ。試験勉強もしてるんだろ?」

「うっ……そうだった。言わないでよ、思い出すじゃん」

「ははっ。まあ、頑張ってるのは知ってる。お前、なんだかんだで努力家だし」



 ふいに嵩の声が優しくなった。

 朱里は、スプーンを止めて視線を落とす。

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 どうしてこんな言葉ひとつで、心が揺れるんだろう。



「……ねぇ、先輩」

「ん?」

「わたしさ、“大嫌い”って言い過ぎてるかな」

「は?」

 突然の言葉に、嵩が目を瞬かせる。

「いや、その……つい口癖で言っちゃうけど、本気じゃないんだよ?」

「知ってるよ。お前の“大嫌い”って、“好き”の裏返しみたいなもんだろ」

「ちょ、ちょっと! なに勝手に分析してんの!」

 朱里の顔がみるみる赤くなる。

 嵩は笑いながら、カップを口に運んだ。



「……だったら、俺も言うぞ」

「え?」

「朱里、大嫌い」

「……っ!」

 一瞬、空気が止まる。

 でもその目が、まっすぐ優しい色をしているから、怒れない。

 朱里は唇を尖らせて、ストローをくわえた。



「……やっぱり、今のナシ」

「なんで?」

「だって、死ぬほど“好き”に聞こえたから」



 その一言で、嵩がわずかに口角を上げる。

 距離にすれば、たった10センチ。

 けれど、心の距離はそれ以上に近づいているのを、朱里は感じていた。