モールからの帰り道、朱里はまっすぐ帰る気になれず、駅前のロータリーを歩き回っていた。

手にはまだ、嵩とおそろいで買ったマグカップの袋がぶら下がっている。

──“これ、職場でも使えるね”

そう言って笑った嵩の顔が、頭から離れなかった。



けれど、胸の奥にはずっと小さな棘が刺さっている。

さっき見た瑠奈の笑顔。

あの、何でもないような笑顔が──どうしてこんなに刺さるんだろう。



ポケットの中でスマホが震えた。

画面を見ると、美鈴からのメッセージだった。



> 「デートどうだった?」







朱里は少し迷ってから、短く返した。



> 「楽しかったよ。たぶん」







数秒もしないうちに、美鈴から電話がかかってきた。

「たぶんって何? なんかあったでしょ?」



「……ううん。何もない。ただ、私が勝手に考えすぎてるだけ」

「朱里。あんたさ、また“嫌い”って言って逃げようとしてるでしょ」



図星だった。

朱里は思わず、街灯の下で立ち止まった。

「だって……怖いんだもん。もし、私の気持ちが重かったらどうしようって」



「重いとか軽いとか、そんなの相手が決めることじゃないよ」

電話の向こうで、美鈴の声が少し柔らかくなった。

「ちゃんと気持ち、伝えなよ。言わないと、伝わらないよ?」



朱里は小さくうなずいた。

でも、その勇気がまだ出ない。



そのとき、偶然通りかかった書店の前に貼られたポスターが目に留まった。

《資格取得フェア開催中!》

《中小企業診断士 合格体験記》──そこに、嵩の名前が載っていた。



「……え?」

驚きと同時に、胸が熱くなる。

嵩が勉強していた理由、何も聞けなかった。

なのに、ちゃんと努力してたんだ。



朱里はスマホを見つめ、ゆっくりとメッセージを打った。



> 「今日、ありがとう。楽しかった。また会いたいな」







送信ボタンを押す指が少し震えた。

画面の向こうで、すぐに既読がつく。

けれど、返事は来ない。



風が少し冷たくなって、朱里はカップの袋を抱きしめるように胸に当てた。

──“大嫌い”って何度も言ったのに。

気づいたら、“好き”が溢れて止まらない。



信号が青に変わる。

朱里は深呼吸をして、前を向いた。

その歩幅は、少しだけ強くなっていた。