ショッピングモールを出ると、夕暮れの光が駐車場のアスファルトを淡く染めていた。
映画を観て、カフェで過ごして、朱里の心は久しぶりに穏やかだった。
──こんな時間がずっと続けばいいのに。

「夕飯、どうする?」
嵩が歩きながら聞いた。
「うーん、もうお腹いっぱいかも。ラテとケーキで満たされた感じ」
「甘いものしか食べてないじゃん」
「いいの、今日はそういう日!」

朱里が笑うと、嵩もつられて口元を緩めた。
二人の距離は近いのに、どこか微妙な空気が漂っている。
まるで、言葉にできない思いが二人の間に透明な膜を作っているようだった。

「なあ、中谷さん」
嵩が立ち止まり、ポケットに手を突っ込んだまま言った。
「今日、誘ってよかった」

「……うん、私も」
朱里はそう返したけれど、心の奥では別の言葉が浮かんでいた。
──“私のこと、どう思ってるの?”
でも、その一言が喉の奥で凍りついて、どうしても出てこなかった。

モールの出口に差しかかると、人混みの向こうに見覚えのある姿が見えた。
──瑠奈。

彼女はスマートフォンを耳に当て、楽しそうに笑っていた。
その隣には、見慣れた背中。
……会社の同僚だ。何度か飲み会で見た顔。

朱里の足が止まる。
「中谷さん?」
嵩が気づいて振り返る。
「どうした?」

「……なんでもない。ちょっと、靴のかかと踏んじゃって」
ごまかすように笑ってみせた。

でも、胸の中はざわついていた。
瑠奈とその同僚の姿が、どうしても気になってしまう。
“偶然なのかな、それとも──”

嵩が歩き出すと、朱里は慌てて並んで歩いた。
手が触れそうな距離。
さっきまで自然に感じられたその距離が、急に遠く思える。

「寒くなってきたな」
嵩がつぶやく。
朱里は頷いて、ポケットの中で自分の手をぎゅっと握った。
本当は、その手で嵩の手をつかみたかった。
でも、できなかった。

モールを出る風が、朱里の髪を揺らす。
夕焼けの中、二人の影は少しずつ離れていく。

──“好き”って言えないまま、今日も終わっていくんだ。

その想いを飲み込んで、朱里は小さく笑った。
「ねえ、また来週も会える?」
「もちろん」
嵩の答えは即答だった。

なのに、その“もちろん”がどうしてか少しだけ遠く聞こえた。