駅から徒歩五分。休日のショッピングモールは、思っていた以上に人で溢れていた。

 朱里は人混みの中、隣を歩く平田嵩の横顔をちらちらと見ながら、落ち着かない様子で歩いていた。



「すごい人ですね……」

「うん。みんな同じこと考えてるんだろうね。外暑いし、屋内が一番」



 嵩は笑いながらエスカレーターに乗る。

 朱里も慌ててその隣に並ぶが、距離が近すぎて心臓が痛いほどドキドキした。

 斜め上から見える彼の顎のライン、シャツの襟元からのぞく首筋。

 ──落ち着け、中谷朱里。これはただの休日。仕事仲間との外出。そう、気分転換。



「中谷さん、雑貨とか好きでしたよね?」

「えっ? あ、まあ……」



「ちょっと寄ってみません?」

 そう言って嵩は雑貨屋に足を踏み入れた。



 店内は、淡い香りとBGMで満たされていた。

 ハーバリウム、香水瓶、マグカップ……女子が喜びそうなものばかり並ぶ棚の前で、嵩が立ち止まる。



「これ、中谷さんっぽいかも」

 手に取ったのは、青と白のマーブル模様のマグカップ。



「えっ……なんで私っぽいんですか?」

「なんとなく。冷静そうに見えて、ちゃんと温かい感じがするから」



「なっ……!」

 朱里の頬が一気に赤くなった。心臓の鼓動が耳の奥でうるさいほど響く。

 嵩は気づいているのかいないのか、いつもの調子で棚に視線を戻している。



 ──もう、やめて。そんなこと言われたら、勘違いするじゃない。



「こ、これ買うんですか?」

「うん。会社用のマグ、割っちゃって。これくらいの落ち着いた色ならいいでしょ」

「……そうですね」



 レジで会計を済ませたあと、嵩が小さく笑った。

「でも、ほんとはさ。中谷さんが持ってるの、見てみたかったかも」



「え?!」

「だって、似合いそうだったから」



 ──ずるい。ほんとに、ずるすぎる。



 朱里は返す言葉が見つからず、視線を落とした。

 嵩が少し前を歩くたびに、彼の背中を目で追ってしまう。

 近くて、遠い。掴めそうで掴めない。



 そのとき、不意に“あの言葉”が喉元まで出かかった。

 でも、朱里はぎゅっと拳を握りしめて飲み込んだ。



 ──今ここで「大嫌い」なんて言ったら、きっと壊れる。



 かわりに小さく息をつき、呟く。

「……好きになりたくなんて、ないのに」



 人混みのざわめきの中で、その言葉は誰にも届かず消えていった。