美鈴の何気ない一言が、朱里の胸にずしりと響いた。
「ライバル視してるだけじゃ追いつけない」──その言葉は、図星だった。

 確かに、今の自分はただ嵩と瑠奈を見比べて、嫉妬して、勝手に落ち込んでいるだけ。
 そんなことをしている間にも、嵩は未来に向かって歩みを進めている。
 ──そして、隣を歩くのは瑠奈かもしれない。

「……やだ」
 小さく漏れた声に、美鈴が首をかしげる。
「え?」
「やだよ。そんなの、絶対に……!」

 気付けば、朱里は拳を握りしめていた。
 美鈴はにやっと笑い、肩を軽く叩く。
「その調子。その気持ちがあるなら、行動あるのみでしょ。わかりやすく仕掛けるんだよ」
「し、仕掛けるって……どういう意味?」
「簡単に言えば――“朱里の存在を意識させる”ってこと」

 美鈴はいたずらっぽくウィンクした。
「ランチや飲み会はもう誘ったんでしょ? じゃあ今度は休日を狙うの。勉強ばっかの彼を引っ張り出して、気分転換させてあげるの」
「き、気分転換……?」
「そう。勉強漬けの男の人ってね、ふとした瞬間に支えてくれる人のこと、すごく特別に感じちゃうものなんだよ」

 朱里は目を見開いた。
 休日に嵩を誘う──それは彼の努力を邪魔することにも思えて、今まで踏み出せなかった。
 でも、美鈴の言葉に、心の中で何かが弾けた。

(私だって……私だって、支えになりたいんだよ。瑠奈なんかに負けてられない!)

 強い決意が、胸の奥に燃え広がる。
 朱里は深呼吸をして、美鈴をまっすぐ見た。
「……わかった。やってみる」
「その意気だよ。朱里なら絶対うまくいくって」

 美鈴の笑顔に励まされながらも、朱里の頬は真っ赤だった。
 その夜、ベッドに潜り込みながらも、頭の中は「嵩をどう誘うか」でいっぱいになっていた。

 スマホを手に取り、メッセージアプリを開く。
 “平田さん、今度の日曜、ちょっと気分転換に出かけませんか?”
 ……そう打ちかけて、朱里は何度も消しては打ち直した。

 気付けば午前二時。
「もー……大嫌い!」
 枕に顔を埋めて転がる朱里の声は、甘く苦い夜に溶けていった。