日曜の午後、朱里は街のカフェの前で立ち止まった。
 大きなガラス越しに見えたのは、テキストとノートを広げて真剣にペンを走らせる嵩の姿。
 周囲のざわめきにも気を取られず、ただ黙々と文字を書き込んでいく横顔。その集中力に、朱里は思わず息をのんだ。

(やっぱり、本気なんだ……中小企業診断士の試験。遊んでる暇なんてないのかも)

 胸の奥にちくりとした痛みが走る。
 ──あのカフェの窓際で、以前は瑠奈と向かい合っていた嵩。
 それを偶然目撃してしまったときの嫉妬の熱が、まだ心のどこかに残っている。

 なのに今、彼はひとり。真剣に未来を見据えて勉強している。
 その姿を目にすると、怒りや嫉妬よりもむしろ、自分の小ささを思い知らされるようだった。

「……バカ。大嫌い」

 口をついて出たのは、やっぱりその言葉。
 でもその声音は、誰にも聞こえないほどかすかで、自分に向けた叱咤にも似ていた。

 立ち去ろうとしたとき、背後から声をかけられる。
「朱里じゃん、なにしてんの?」

 振り返ると、美鈴が買い物袋を抱えて立っていた。朱里は慌てて笑顔を作りながら答える。
「え、べ、別に……ただの散歩!」
「ふーん? あ、あそこにいるの平田さんだよね。すごい集中してる」
「……そう、みたいだね」

 美鈴がにやりと笑った。
「ねえ朱里、もうライバル視してるだけじゃ追いつけないんじゃない? ──もっと自分から仕掛けないと」

 その言葉に、朱里の心臓が大きく跳ねた。