朱里は午後の会議に出席していたが、頭の中はほとんど上の空だった。
今朝の「大嫌い発言」がずっと胸に刺さっている。隣に座る嵩の横顔を見るたび、胃がきゅっと痛む。

「……中谷さん、意見は?」
突然、上司に話を振られ、朱里は慌てて資料をめくった。
「え、えっと……そ、その件は、再検討が必要かと!」

声が裏返り、場の空気が微妙に揺れる。横目で見ると、嵩が無表情でノートにペンを走らせていた。フォローも、笑みもない。
──それが逆に痛かった。

会議後、朱里は思い切って嵩に声をかけた。
「あ、あの……さっきは……」
「……うん。大丈夫だよ」

短く返されたその声は、冷たくはなかった。でも、どこか壁を作られたような響きがあった。朱里は思わず言葉を詰まらせる。

そこへ瑠奈が軽やかに現れた。
「平田先輩、お疲れさまです! 今度のセミナー、私も参加させてもらえることになりました。よろしくお願いします!」
にこにこと笑う瑠奈の声に、嵩も少し柔らかな表情を見せる。

「そうか、頑張ろうな」

──その笑顔を見て、朱里の胸がずしりと重くなる。
自分には、もうあんな表情を向けてくれない気がして。

「……大嫌い」
気付けば小さく呟いていた。誰にも聞こえないように、唇の内側で。

だが、自分に向けたその言葉は、まるで刃のように心を傷つけていた。

デスクに戻った朱里の耳に、美鈴の低い声が届く。
「朱里。あんた、このままじゃ……自分で自分を追い込むだけよ」

朱里は返事もできず、ただノートに「大嫌い」の文字を書き連ねてしまう。

──それはもはや口癖じゃなく、呪いになりかけていた。