週末の午後。朱里は気分転換にと、市立図書館へ足を運んでいた。
 新しい広告のアイデアを探そうと雑誌コーナーをうろうろしていたのだが、ふと視線の先に、見慣れた後ろ姿があった。

 ──平田先輩?

 半信半疑で近づくと、やはり嵩だった。
 スーツではなくラフなシャツ姿で、テーブルに分厚い参考書とノートを広げている。
 「中小企業診断士」と表紙に大きく印字されたテキスト。細かい文字でびっしりと書き込みがされていて、ページの端は折り目だらけだ。

 嵩は眉間に皺を寄せ、真剣な表情でペンを走らせている。普段の飄々とした先輩からは想像できない集中ぶりに、朱里は思わず立ち止まった。

 (……こんな姿、見たことない)

 心臓が高鳴る。
 「大嫌い!」と口癖のように言い放っていたのに、こんなに真剣に努力している人を前にすると、胸の奥がざわざわと落ち着かない。

 声をかけようか、迷った。
 けれど、もし気づかれて気まずい空気になったら……そう思うと足がすくむ。

 「……何やってんだろ、私」

 自分に小さく突っ込みながら、朱里はそっと背を向け、足早に図書館をあとにした。

 夜になり、美鈴に電話で相談すると、彼女はあっけらかんと笑った。

 「何それ、完全に惚れてるじゃない。努力家の男はモテるからね、あんたも悠長にしてると後輩ちゃんに先越されるよ?」

 「なっ……! ち、ちがっ……」

 強く否定しながらも、朱里の頭から嵩の真剣な横顔はどうしても離れなかった。