休日の午後。嵩は一人、図書館の静かな閲覧室にいた。机の上には分厚い参考書とノートが広がっている。周囲の学生たちは黙々と勉強していたが、嵩の集中力は長く続かず、ふとペンを止めて窓の外を眺めてしまう。

──瑠奈と朱里。
どちらか一方を意識しているつもりはなかったのに、気がつけば二人の姿が頭をよぎる。

「……俺、どうしたいんだろうな」

小さくつぶやいた声は、自分だけに届く。朱里は明るく積極的で、一緒にいると引っ張られるように楽しい時間が流れる。一方で瑠奈は静かで、ふとした瞬間に見せる微笑みが胸に残る。

(どっちも……大事に思ってる。でも、それって……)

自分の気持ちを整理できないまま、嵩はノートに視線を戻した。文字を追うが、意味は頭に入ってこない。

そこへ、不意にスマホが震えた。画面には「朱里」の名前。

「もしもし?」
『先輩、今どこ? ちょっと会えない?』

弾むような朱里の声に、一瞬心が揺れる。断る理由はなかったが、胸の奥に小さなためらいも生まれた。

(……このまま朱里と会えば、また流されてしまうかもしれない)

けれど「今は勉強中だから」と言えなかった。気づけば「わかった、少しなら」と返事していた。

電話を切ったあと、机に置いたままのペンを見つめながら嵩はため息をつく。
──自分の気持ちがまだ定まらない。けれど、時間は待ってくれない。

外の空は薄曇り。光と影の狭間に立たされるように、嵩の胸の中も揺れ続けていた。