「よし、決めた」
美鈴はパチンと指を鳴らした。

「え?」
朱里は怪訝そうに首をかしげる。

「朱里、あんたがこのまま“嫌い嫌い”ばっかり言ってたら、嵩先輩は本当に新人ちゃんの方に行っちゃうわよ」

「そ、そんなこと……!」
否定しようとしても、さっきの瑠奈の笑顔を思い出すと、言葉が喉に詰まった。

「だからね、ここからは攻めに転じるの」
美鈴はにやりと笑って、ノートを取り出した。
「作戦名、“逆・大嫌い大作戦”」

「なにそれ……」
朱里は思わず額を押さえる。

「要するにね、“大嫌い”って言う回数を減らして、代わりに“好き”に近い行動を混ぜていくのよ。ツンだけじゃなくデレを仕込む!」

「で、デレ……?」
朱里の耳が一気に赤くなる。

「そう。たとえば――」
美鈴は指を一本立てる。
「その①。差し入れ作戦。コーヒーでもお菓子でもいいから、さりげなく“先輩、これどうぞ”って渡すの」

「む、無理!」
朱里は即答した。

「その②。仕事でフォローしてもらったら、ちゃんと“ありがとうございます”って言う」
「……それくらいなら」

「その③。意地悪言いたくなったら、一回飲み込んで、にっこり微笑む」

「そ、それが一番難しい……」
朱里は頭を抱え込んだ。

「大丈夫よ」
美鈴は肩を軽く叩き、にっこり笑った。
「どうせあんた、不器用なんだから。ちょっとの“デレ”でも相手には充分刺さるわよ」

朱里は唇を噛みしめながら、小さくうなずいた。
「……やってみる」

その声は弱々しかったが、確かに決意を含んでいた。
“嫌い”を武器にしてきた自分が、“好き”に近づくための一歩を踏み出そうとしている。