翌日の昼休み。
オフィス街の窓際に差し込む光を眺めながら、朱里はスマホを握りしめていた。心臓が早鐘のように鳴っている。

(美鈴に言われた通り……まずは一歩。小さなことでいい。嵩を意識させる……!)

普段なら社内のメンバー数人で食堂に行くのが日課。だが、今日の朱里はタイミングを見計らっていた。

「嵩、今日お昼どうするの?」
コピー機の前でばったり会った瞬間、自然を装いながら声をかける。

嵩は少し驚いたように振り返り、笑った。
「まだ決めてないけど……いつもの食堂かな」

「じゃあ……一緒に、外に行かない? 近くに気になってるパスタのお店があって」

言い切った瞬間、朱里の頬は熱くなる。緊張で声が上ずっていなかったか心配になる。

嵩は一瞬きょとんとしたが、すぐに頬を緩めた。
「いいね。たまには外も悪くない」

その答えに、朱里の胸がふっと軽くなる。
「じゃあ、お昼になったら声かけるね!」

昼下がり、ふたりで訪れたのは小さなイタリアン。
ランチメニューの香りに包まれながら、朱里は思った。

(よかった……これで、少しは嵩と近づけたかな)

パスタをフォークに巻きながら談笑する嵩の横顔。
朱里はその表情を、心に焼き付けるように見つめていた。