平日の夜、朱里は職場近くのダイニングバーに美鈴を呼び出した。

グラスに注がれたジンジャーエールを指先で回しながら、言葉を探すように唇をかむ。



「……ねえ、美鈴。もし親しいと思ってた人が、気づいたら別の人とすごく仲良くしてたら……どう思う?」



美鈴は首をかしげつつも、朱里の真剣な表情にすぐに察した。

「それって、平田先輩と望月さんのこと?」



朱里の肩が小さく跳ねた。図星を突かれたように。

「……うん。こないだ、カフェでふたりが楽しそうにお茶してるのを見ちゃったの。あのときの笑顔……なんか、私じゃ見たことないような顔で」



朱里の声は悔しさと不安でかすかに震えていた。



美鈴は少し黙った後、柔らかく笑った。

「朱里が平田先輩のことを大事に思ってるの、ずっと知ってる。でも、望月さんは距離を詰めるのが上手い人だから……何もしないでいると、本当に取られちゃうかもね」



「……っ」

朱里の胸がずきりと痛む。



「だからこそ、朱里が一歩踏み出すしかないんだよ。平田先輩に“私が隣にいるんだ”って意識させないと」



美鈴の言葉は冷静で的確だった。朱里は小さく頷き、拳を握りしめる。

「……そうだね。このまま黙って見てるだけなんてイヤ。私だって……平田先輩のそばにいたい」



その瞬間、朱里の中で迷いが決意へと変わる。



「具体的にはどうしたらいいかな?」

朱里が問いかけると、美鈴は少し考えてから、いたずらっぽく笑った。



「まずは朱里が“女性として”の一面をちゃんと見せること。仕事だけじゃなく、プライベートでもね。買い物に誘うとか、趣味を共有するとか。望月さんより先に、平田先輩との距離を縮めればいい」



「……なるほど」



朱里はメモを取るように頭の中に刻み込む。瑠奈を意識すればするほど、競争心が燃え上がっていくのを感じた。



「ありがとう、美鈴。私……絶対に負けない」



強く握られた朱里の手。

その瞳の奥には、先輩への尊敬と同時に、はっきりとした“ライバル心”が燃えていた。