昼休み。
朱里は社内カフェの端の席で、サラダをつついていた。
食欲はあるはずなのに、フォークがやけに重い。
(噂、広がるの早すぎ……)
視線を上げると、案の定、遠くのテーブルで
“それらしい話題”が小声で交わされているのが見える。
その空気を割るように、トレーが置かれた。
「隣、いいですか?」
顔を上げると、望月瑠奈だった。
「……どうぞ」
断る理由も、断る気力もない。
二人並んで座り、しばらくは無言で食べる。
沈黙を破ったのは、瑠奈のほうだった。
「先輩、噂……聞いてますよね」
主語を言わない。
でも、何の話かは分かる。
「……まあ」
「ですよね」
瑠奈はそれ以上追及せず、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜた。
「私、先輩のこと、ずっと不思議だなって思ってて」
朱里の手が一瞬止まる。
「不思議?」
「はい。好きなのに、嫌いって言えるところ」
胸に、軽く針を刺されたみたいだった。
「……それ、悪口?」
「いえ。むしろ逆です」
瑠奈はまっすぐ朱里を見る。
「本当にどうでもいい人には、そんな言葉すら使わないじゃないですか」
反論しようとして、言葉が出てこない。
図星だった。
「先輩って、感情を“外に出す”のが怖い人ですよね」
朱里は息を吸う。
(また核心)
でも、不思議と腹は立たなかった。
「……後輩に分析されるの、結構きついんだけど」
「すみません。でも、言わないと伝わらないこともあるから」
瑠奈は少しだけ声を落とした。
「平田さん、ちゃんと気持ちを言ってくれる人が好きですよ」
朱里の胸が、ぎゅっと縮む。
怒りが先に来た。
(何それ、分かったふうなこと言わないで)
でも次の瞬間、傷ついた。
(……でも、否定できない)
そして最後に、静かな理解が落ちてくる。
(嵩は、そういう人だ)
朱里はフォークを置いた。
「……それ、嵩本人に言えば?」
瑠奈は首を振る。
「言いません」
即答だった。
「これは、先輩に考えてほしいことだから」
敵意はない。
奪う気もない。
ただ、鏡みたいな言葉。
「私、先輩が決めた答えなら、どれでも受け入れます」
その言い方が、やけに大人びていた。
「逃げてもいいし、向き合ってもいい。 でも……自分の気持ちだけは、誤魔化さないでください」
昼休み終了のチャイムが鳴る。
瑠奈は立ち上がり、最後に一言だけ残した。
「正解は、教えません。 でも、先輩が選んだ答えなら……私は尊敬します」
そう言って、背中を向けた。
朱里は、しばらくその場から動けなかった。
(……敵じゃない)
(でも、甘くもない)
胸の奥で、何かが静かに動き出している。
「大嫌い」って言葉で守ってきた場所が、
少しずつ、崩れていく音がした。
朱里は、まだ答えを持っていない。
けれど──
誤魔化さない、という選択肢だけは、もう手放せなかった。
朱里は社内カフェの端の席で、サラダをつついていた。
食欲はあるはずなのに、フォークがやけに重い。
(噂、広がるの早すぎ……)
視線を上げると、案の定、遠くのテーブルで
“それらしい話題”が小声で交わされているのが見える。
その空気を割るように、トレーが置かれた。
「隣、いいですか?」
顔を上げると、望月瑠奈だった。
「……どうぞ」
断る理由も、断る気力もない。
二人並んで座り、しばらくは無言で食べる。
沈黙を破ったのは、瑠奈のほうだった。
「先輩、噂……聞いてますよね」
主語を言わない。
でも、何の話かは分かる。
「……まあ」
「ですよね」
瑠奈はそれ以上追及せず、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜた。
「私、先輩のこと、ずっと不思議だなって思ってて」
朱里の手が一瞬止まる。
「不思議?」
「はい。好きなのに、嫌いって言えるところ」
胸に、軽く針を刺されたみたいだった。
「……それ、悪口?」
「いえ。むしろ逆です」
瑠奈はまっすぐ朱里を見る。
「本当にどうでもいい人には、そんな言葉すら使わないじゃないですか」
反論しようとして、言葉が出てこない。
図星だった。
「先輩って、感情を“外に出す”のが怖い人ですよね」
朱里は息を吸う。
(また核心)
でも、不思議と腹は立たなかった。
「……後輩に分析されるの、結構きついんだけど」
「すみません。でも、言わないと伝わらないこともあるから」
瑠奈は少しだけ声を落とした。
「平田さん、ちゃんと気持ちを言ってくれる人が好きですよ」
朱里の胸が、ぎゅっと縮む。
怒りが先に来た。
(何それ、分かったふうなこと言わないで)
でも次の瞬間、傷ついた。
(……でも、否定できない)
そして最後に、静かな理解が落ちてくる。
(嵩は、そういう人だ)
朱里はフォークを置いた。
「……それ、嵩本人に言えば?」
瑠奈は首を振る。
「言いません」
即答だった。
「これは、先輩に考えてほしいことだから」
敵意はない。
奪う気もない。
ただ、鏡みたいな言葉。
「私、先輩が決めた答えなら、どれでも受け入れます」
その言い方が、やけに大人びていた。
「逃げてもいいし、向き合ってもいい。 でも……自分の気持ちだけは、誤魔化さないでください」
昼休み終了のチャイムが鳴る。
瑠奈は立ち上がり、最後に一言だけ残した。
「正解は、教えません。 でも、先輩が選んだ答えなら……私は尊敬します」
そう言って、背中を向けた。
朱里は、しばらくその場から動けなかった。
(……敵じゃない)
(でも、甘くもない)
胸の奥で、何かが静かに動き出している。
「大嫌い」って言葉で守ってきた場所が、
少しずつ、崩れていく音がした。
朱里は、まだ答えを持っていない。
けれど──
誤魔化さない、という選択肢だけは、もう手放せなかった。



