大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

朱里の言葉が終わったあと、風の音だけが二人の間を通り抜けた。

駅前の喧騒は相変わらずなのに、ここだけ時間が一拍遅れているようだった。

嵩は、すぐに何かを言わなかった。

それが朱里には、ありがたかった。

問い返されるのも、掘り下げられるのも、今は違う。

ただ受け取ってほしかった。

「……怖かった?」

不意に、嵩がそう言った。

責める響きでも、探る声音でもない。

事実をそっと置くみたいな、静かな問い。

朱里は少し考えてから、頷いた。

「うん。今も」

それだけでいい。

付け足さなくても、否定しなくても。

嵩は小さく笑った。

「それ、言ってくれてよかった」

「……え?」

「好きだって言われるより、今はそっちのほうが、ちゃんと届いた」

朱里は、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。

言わなかった言葉まで、見透かされたようで。

でも、不思議と嫌じゃなかった。

「俺さ」

嵩は一歩だけ、朱里に近づく。

触れない距離は保ったまま。

「転勤の話も、将来の話も、答えを出せるほど強くない」
「でも──逃げないでここに来たのは、朱里と同じだ」

朱里は、初めてはっきり思った。

ああ、この人も選んでいるんだ、と。

完璧な答えじゃなくても。

言えないことを抱えたままでも。

「……今日は、これでいい」

朱里がそう言うと、嵩は頷いた。

「うん。今日は、ここまでにしよう」

帰り道は、また並んで歩いた。

会話は少なかったけれど、沈黙は重くなかった。

別れ際、嵩が言う。

「朱里」
「さっきの言葉──大事にする」

朱里は、笑って頷いた。

駅の改札を抜けながら、思う。

伝えなかった言葉は、消えたわけじゃない。

必要なときに、また選び直せばいい。

怖いままでも、前に進める。

それを知った夜だった。