大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

その日、嵩は定時より少し早く会社を出た。

早く着きたいわけじゃない。

遅れたくなかった。

(待たせる側には、なりたくない)

駅前の喫茶店。

昨日と同じ場所、同じ窓際。

店員に案内され、席に着く。

コーヒーを頼み、スマホを伏せる。

朱里に連絡はしなかった。

(急かすことになる)

待つ、と決めたのは自分だ。

時計を見る。

まだ、十分以上ある。

(……落ち着け)

背もたれに体を預け、深く息を吸う。

転勤。

答え。

選択。

朱里の顔が浮かぶたび、
その全部が一つに結びついて、胸が詰まる。

(正直に言えばいい)
(でも、正直って何だ)

行く。

行かない。

それだけの話じゃない。

(俺は、どうしたい?)

しばらく考えて、苦笑する。

(……まだ、決めきれてない)

それでも、今日話すことは決まっている。

隠さない。

濁さない。

逃げない。

美鈴の言葉が、ふいに浮かぶ。

“待つなら、ちゃんと待ちなさい”

待つことは、
相手に考える時間を渡すこと。

でも同時に、
自分も逃げずに立っていること。

(……立ててるかな)

カップに手を伸ばす。

温度が、現実を引き戻す。

店のドアが開く音がするたび、
無意識に顔を上げてしまう。

(緊張しすぎだ)

スマホが震えた。

朱里から。

《今、向かってます》

短い一文。

それだけで、胸の奥がほどけた。

《ありがとう》
《焦らなくていい》

送信して、またスマホを伏せる。

窓の外。

夕焼けが、ゆっくり色を変えていく。

(言葉は、準備してきたつもりだ)

でも、
朱里の前に座ったら、
全部が書き換わるかもしれない。

それでいい。

(答えは、二人で出す)

店のドアが、また開く。

今度は──
足音が、近づいてくる。

嵩は、顔を上げた。

待つ時間は、
終わろうとしていた。