大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

部屋の電気をつけたまま、朱里はソファに座り込んだ。

上着も脱がず、バッグだけ床に置く。
(……聞くって、言っちゃった)

自分で言った言葉なのに、胸がざわつく。
スマホの画面には、嵩からの最後のメッセージ。

《明日、全部話します。逃げないで、聞いてください》

逃げない。

簡単に言ったけれど、
実際は“逃げ道が見えてしまう”夜が一番怖い。

転勤。

はっきり言われたわけじゃない。

でも、分からないほど鈍くはない。

(場所が変わる)
(時間が変わる)
(距離が変わる)

そしてきっと──関係も。

立ち上がって、キッチンで水を一杯飲む。

喉を通る感覚だけが、現実に引き戻してくれる。

(もし、行くって言われたら)
(私は、どうするんだろう)

“ついて行く”なんて、簡単に言えない。

仕事も、生活も、積み上げてきたものがある。

でも。

“行かないで”も、言えない気がした。

(……好きだから)

その事実だけが、逃げ場を塞ぐ。

スマホが震える。
瑠奈でも嵩でもない。

田中美鈴だった。
《起きてる?》

短い文なのに、すべて見抜かれている気がする。

《起きてる》
《眠れない》

既読がつくまで、数秒。

すぐに返事が来た。

《明日だね》
《話、聞く日》

朱里は息を止めた。

《……うん》

少し間があって、次のメッセージ。

《怖い?》

正確すぎて、笑いそうになる。
《怖い》
《すごく》


しばらく返信がない。

その沈黙が、美鈴らしかった。

《逃げたい?》

朱里は、少し考えてから打った。

《逃げたい》
《でも、逃げたら》
《たぶん、一生後悔する》

送信。

また、間が空く。
《じゃあ》
《もう答え出てるね》


シンプルで、冷静で、容赦がない。

でも──救われる。

《聞くって決めたなら》
《途中で優しくしなくていい》
《自分の気持ち、ちゃんと守りな》

画面を見つめて、朱里は小さく頷いた。

(守る、か)

好きだからって、
全部受け入れる必要はない。

怖いなら、怖いって言っていい。

「……うん」

声に出す。

誰もいない部屋で、
自分に言い聞かせるように。

ベッドに横になり、天井を見る。

(明日)
(聞く)

それだけで、胸がいっぱいになる。

でも、不思議と後悔はなかった。

逃げ道を閉じた夜は、

少しだけ、覚悟の形をしていた。

目を閉じる直前、スマホが震える。

嵩からだった。

《今日は、ありがとう》
《ちゃんと聞こうとしてくれて》

朱里は、少し迷ってから返す。

《こちらこそ》
《明日、ちゃんと聞きます》

送信。

そのあと、付け加える。

《怖いけど》
《逃げません》

画面を伏せて、目を閉じる。

明日が来る。

怖くて、避けられなくて、
でも──ちゃんと向き合う日が。