大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

嵩の転勤が正式に決まったのは、月曜の朝だった。

総務からの一斉メールが、フロアに小さなざわめきを落とす。

異動対象者の一覧、その中に──嵩の名前があった。

朱里は、画面を見たまま動けなくなった。

(……やっぱり)

予感は、ずっとあった。

最近の引き継ぎの量、不自然なまでに整理されていくデータ。

それでも、本人の口から聞くまでは、認めたくなかった。

昼休み。

給湯室で朱里と美鈴は並んでコーヒーを入れていた。

「嵩、転勤だってね」

美鈴は、驚きも戸惑いもない声で言った。

「……知ってたの?」

「半分はね。人事の動き、見ればわかる」

カップを置きながら、美鈴は朱里を見た。

「で。いつ言うの?」

朱里は唇を噛んだ。

「……何を?」

「決まってるでしょ。気持ち」

その一言は、冷静すぎるほど正確で、朱里の胸に突き刺さった。

「転勤前じゃないと意味ない。
 向こう行ってからじゃ、朱里が一番つらい」

「でも……」

「“迷惑かも”って思ってる?」

朱里は黙った。

美鈴はため息をついて、少しだけ声を落とした。

「親友だから言うけどね。
 言わなかった後悔の方が、ずっと残るよ」

その日の夕方。

嵩は、朱里のデスクの前に立った。

「……朱里さん。今日、少し時間もらえますか」

一瞬、心臓が跳ねる。

「転勤のこと、ちゃんと話しておきたくて」

──逃げ道は、もうなかった。

夜。

会社近くの小さな公園。

街灯の下、二人は並んでベンチに座っていた。

「三週間後です。大阪」

嵩は前を見たまま言った。

「急ですよね。でも、決まった以上……」

朱里は、握った手を見つめたまま、深く息を吸った。

(今しかない)

美鈴の言葉が、背中を押す。

「……嵩さん」

名前を呼んだ声が、思ったより震えていた。

「怖い、って言われるかもしれないけど」

嵩が、ゆっくりこちらを見る。

「私──」

朱里は顔を上げた。

「行かないで、って言えない立場なのはわかってます。
 でも……好きです」

言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった。

「ずっと、嵩さんの隣が安心でした」

沈黙。

嵩は、しばらく何も言わなかった。

そして、静かに息を吐いた。

「……朱里さん」

その声は、いつもより低くて。

「それ、もっと早く聞きたかった」

朱里の目が見開かれる。

「でも」

嵩は、苦笑いを浮かべた。

「今でも、嬉しいです。
 ……正直に言うと、転勤、迷ってた」

夜風が、二人の間を通り抜けた。

物語は、まだ答えの手前で止まっている。