大嫌い!って100回言ったら、死ぬほど好きに変わりそうな気持ちに気付いてよ…。

水曜日の夜。
朱里の部屋。
コンビニ袋をテーブルに置いたまま、二人は床に座っていた。
缶コーヒーが一本、開けられないまま転がっている。

「……で?」
美鈴が先に口を開いた。
声はいつも通り、淡々としている。
「平田嵩。
今、どういう立ち位置?」
いきなり核心。

朱里は一瞬、言葉に詰まった。
「……どういう、って」
「“好きです”って言い合った。
でも付き合ってない。
職場では距離を取る。
帰り道は一緒に歩く。
──合ってる?」
全部、当てられている。

「……盗聴されてた?」
「違う。顔に全部書いてある」
朱里は小さく息を吐いた。
「……怖いんだと思う」
「何が?」
「変わること。
今のまま壊れない距離が、なくなるのが」
美鈴は朱里を見たまま、視線を逸らさない。
「それ、逃げてる?」
「……逃げてない、つもり」
「“つもり”は逃げの親戚」
ぐさっと来る。
「美鈴ってさ……もうちょっと優しくできないの?」
「できるよ。
でも、今日はしない」
朱里は苦笑した。
「……だよね」
「朱里。
あんたね、“好き”って言われると、急に自分を後回しにする癖ある」
胸の奥を、正確に撃ち抜かれる。
「相手が大事だから、我慢する。
壊したくないから、言わない。
そのくせ、限界きたら一人で抱えて黙る」
「……」
「それ、優しさじゃない。
自己犠牲中毒」
きっぱり。
朱里は膝を抱えた。
「……じゃあ、どうすればいいの」
「簡単」
「嘘」
「嘘じゃない」
美鈴は缶コーヒーを手に取り、ようやく開けた。
「“怖い”って言いなさい」
「……言ってる」
「足りない」
一口飲んで、続ける。
「“好きだけど怖い”
“進みたいけど不安”
“でも逃げたくない”
それを全部、相手に渡す」
朱里は目を伏せた。
「……重くならない?」
「なる」
「じゃあ──」
「それを“重い”って受け取る男なら、最初からやめときなさい」
一瞬の沈黙。
朱里は、はっとして顔を上げた。
「……美鈴」
「私は親友だから言うけどね」
声は冷静。でも、柔らかい。

「平田嵩は、
“朱里が我慢して平気な顔する未来”より、
“朱里が不安でもちゃんと話す未来”を選ぶタイプ」
どうして、そんなことが分かるのか。
「……なんで、分かるの」
「見てるから」
「仕事として?」
「親友として」
朱里の胸が、きゅっと縮む。

「職場では言わない。
でも今は言う」
美鈴は少しだけ声を落とした。
「朱里。
あんたは、選ばれる側じゃない。
選ぶ側に立っていい」

その一言で、何かがほどけた。
朱里は目を潤ませながら笑った。

「……美鈴ってさ」
「なに」
「慰めないよね」
「慰めると、あんた逃げるでしょ」
図星。

「……親友でよかった」
「知ってる」
あっさり言われて、朱里は吹き出した。

「じゃあさ」
「うん」
「明日、ちゃんと言う」
「何を?」
「怖いって。
でも好きって。
逃げないって」

美鈴は立ち上がり、朱里の頭を軽く叩いた。
「それでいい」
「……それだけ?」
「それ以上は、本人にやらせなさい」

部屋に静けさが戻る。

でも、朱里の胸の中は──
不思議なくらい、まっすぐだった。