週の半ば。
朱里は、仕事の打ち合わせのたびに自分の失態を思い出していた。

(あの時、“大嫌い”なんて言わなければよかった……!)

会議室で突発的に口にしてしまった一言。
嵩が一瞬だけ見せた、困惑したような表情が頭から離れない。




昼休み。
オフィスの一角で、嵩と瑠奈が並んでランチをしているのが見えた。

「平田先輩、これ、母から送ってきたんです。よかったらどうぞ」
「え、いいんですか? ありがとうございます」

和やかな笑顔のやりとり。
その光景を遠くから見てしまった朱里は、心臓をぎゅっと掴まれた気がした。

(やっぱり……私なんて、必要ないのかもしれない)

無意識に拳を握りしめる。




その日の夕方。
資料の最終チェックを終えた朱里は、思い切って声をかけた。

「あの、平田先輩。……さっきは、ごめんなさい」
「え?」
「会議室で、“大嫌い”って言ったことです。別にそんな意味じゃなくて……」

朱里の声は小さく震えていた。
だが嵩は少しの沈黙のあと、穏やかに笑った。

「……気にしてませんよ」

その笑顔は優しいのに、どこかよそよそしい。
朱里の胸にチクリと刺さる。

「僕、嫌われるようなこと、してしまったのかなって思ったんですけど」
「そ、そんなこと──!」
「でも、中谷さんがそう言うなら……仕方ないですよね」

静かに言う嵩の声に、朱里は息を呑んだ。
必死に否定したいのに、うまく言葉が出てこない。

(違う、違うのに……! 本当は“大好き”なのに……!)

けれど、喉の奥に言葉が詰まり、ただ唇を噛みしめるしかなかった。

「……今日はもう帰りましょう。お疲れさまです」

軽く会釈して先に部屋を出ていく嵩の背中。
その距離が、これまでになく遠く感じられた。

残された朱里は、机の上で拳を握り締めた。

(どうして……どうして私は、いつも肝心な時に“嫌い”しか言えないの……?)

オフィスの窓から見える夜景が滲んで見えた。
朱里の心の中に、深い後悔と不安の影が広がっていく。